第20話 気晴らしにクッキーを焼きたいです

 王都の中を歩いて廃材を拾っては桶に入れていく。


 ボタンを作るのに適した木材はどれなのだろうか? そんなことを考える。

 

 廃材と思ってあまり注意をしていなかったけれど、木材もいろいろあることに気がつく。

たとえば、木目である。


 年輪が縁に近いようになっているのもあれば、楕円形になっているのもある。


 木の節がたくさんある木材。


 色だって、黄色い感じの木材から、褐色、赤色、オレンジ色、黒色など、色の濃淡までさまざまである。


 軽く手の甲で叩いてみても、音が違う。カンッという高い音が出る木もあれば、コンと低くて鈍い音が出る木がある。


 木材にも沢山の種類があるのだろう。


 杉の木、桜の木、銀杏の木、松の木、楓、七竈、ポプラ、樫の木、ハナミズキ、栗の木。

 

 元の世界の公園にも、色々な木が植えてあった。


 どの木が、どの木材が、ボタンに適した材質であるのか。


 さっぱり分からない。

 


 試してみるしかないと思って、拾って来た木材を桶の中に一晩付けてみる。衣服は当然、洗濯やら雨に濡れたりする。


 水濡れに強い木材を探すのが目的なのだけれど、しっくりとこない。濡れて割れやすくなったり、水を吸ったあと乾燥すると割れてしまう木材もある。


 ボタンのように薄いと耐久性に難ありである。


 諦めようかな……。


 ため息しかでない。


 所詮は、専門知識のないダメ元聖女の浅知恵であったのだろう。


 もともと、レベッカさんをお医者様に診てもらうためのお金を稼げたらと思ったけれど、レベッカさんは病気から回復したし……。


 それに、ロバートさん、ドットさん、レベッカさんが病気で倒れていたときはコゼット一家の家計は火の車であったけれど、働けるようになってからコゼット家の家計は楽になったようで、夕食にお肉の切れ端が入るようになった。鍋に少しでもお肉が入ると肉の脂や旨みが染み出て、格段に美味しくなる。


 美味しいご飯を食べれる。


 こんなに嬉しいことはない。


 

 だけど……私は稼いでないのよね。コゼットさんの家にお世話になってから、ずっと無銭飲食、無銭宿泊している。好意に甘えさせてもらっている。


 私はそれでいいのだろうか?


 私がお金を稼ぐ方法はかなり限られる。手に職があるわけでもない。王都に運ばれてきた貝の中身を取る仕事でもやろうかな……。


 でも貝の中身を取る仕事は、年配の方たちの仕事であるようだ。


 年齢的に、私が今、一番稼げる仕事というのは……だけど、ロバートさんのこと考えると、気が進まなくなってしまうのだ。


「帰ったよ〜」


 玄関から声がした。レベッカさんの声だ。


「お帰りなさい。今日は早いですね」


「だいぶ仕事が落ち着いてきたからね。そうだ。この前約束したの、何が欲しいんだい? ネックレス? イヤリング?」


 レベッカさんが病気の看病のお礼に錬金工房で金属細工を作ってくれるということだ。


「えっと……実は……抜き型が欲しくて……」


 竃も貝灰を炉で作る分、使えるようになったし、クッキーを焼ければと思っている。この世界は、朝ご飯と夕ご飯の二食だ。昼食を食べる習慣がない。


 私はもう慣れてしまったけれど、セト君はいつもお昼以降、お腹が空いているようで、お腹がぐぅぐぅ鳴っている。成長期なのにお腹が空いて辛いはずだ。



 砂糖や蜂蜜など甘味は高価過ぎて手に入らないけれど、クッキーなら朝に起こした竃の火の余熱で焼くことができる。クッキーなら日持ちもするし、セト君のおやつに丁度良いはずだ。


 抜き型は、必須ではないけれどあった方がよい。クッキーの生地を平らにする麺棒などはあるが、道具としてないのは型抜き器だ。


 こだわりとして、クッキーはお星様の形に焼きたいのだけれど、ナイフで星型に切り取ることができない。どうしても不格好になるし、形にムラができてしまう。


 そもそもバターや砂糖を手に入れることが難しいから、クッキーと呼べないものかもしれない。だからこそ、クッキーを作るのなら、せめて、見た目だけでも、ちゃんと星型のクッキーを焼きたかった。


 ボタンが上手くいかない憂鬱な気分を、お菓子作りで吹っ飛ばしたい。



「『抜き型』? なんだいそりゃ?」


「え? 型抜きに使う道具です。金属の枠を四角だったり円形だったり、星型だったり、木の形だったり、鳥の形に造形しておいて、クッキーの生地とか人参を輪切りにしたの上にそれを置いて、上から押せばその枠の形に切り取ることができるやつです」


「『型抜き』? そんな料理法聞いたことないねぇ」


 レベッカさんは『抜き型』にあまりピンとこなかったようだ。私の説明が悪いのだろう。


 単純な構造なので、消し炭で図を描いて私は説明をする。


「なるほど。単純な構造だし、それなら簡単に作れるよ。この星の大きさはこんな感じでいいのかい? 明日、造って持って帰ってくるよ。でも、本当にそんなんでいいのかい?」


 百聞は一見に如かずとはこのことである。図を描いたら、一発でどんなものか伝わった。


 レベッカさんの工房は、元の世界でいう五円玉に使われている金属、真鍮を扱っている。理想はステンレス製だけど、真鍮製の抜き型もあったから問題ないだろう。


「ありがとうございます。それがあればありがたいです」


 私はレベッカさんに丁寧にお礼を言う。


「でも……本当にそんなんでいいのかい? 遠慮は要らないよ?」


「え? いえ、型抜き器で十分です」


「たとえば、指輪とかでもいいんだよ? なんなら、ロバートの分も造ってあげてもいい。お揃いの指輪をはめたりすればいいじゃない」


「そんなの恋人とか夫婦みたいじゃないですか!!!!!!」


 レベッカさんの突然のフリに、びっくりして大きな声を出してしまった。


「なんだ。一応、ペアリングにそういう意味があるってことは知ってたのかい?」


「それは知っていますけど……」


 驚くべき事に、前の世界でもこの世界でも、男性女性も左手の薬指に指輪をはめる習慣がある。左手というのは、多くの人の利き手の逆ということであろう。物を使う際に右手に指輪があると邪魔になる。腕時計を利き腕とは逆の手に付けるのと同じだ。


 薬指に指輪をはめるというのも合理的な理由があるのかもしれない。


 って! そんなことじゃない!


「まぁ、私が横からプレゼントされるより、ロバートから直接プレゼントされたいって気持ちは分かるけどね」


「いえ……そんなことは……」


 嬉しいと思う。というか、すごく嬉しいと思う。


「ロバートのこと、憎からず思っているんだろう?」


 レベッカさんの質問の仕方が狡い。ロバートさんのことを『憎く』なんて思うはずがない……。思えるはずがない。


「ロバートさんは、私なんかよりもっと良い人がいますよ」


 私はダメダメな元聖女だ。前の世界でありふれていた、ボタン一つでさえ、こっちの世界で再現できない。


「私も病気のときにあんたに世話してもらったから分かるけどね、あんなに甲斐甲斐しく世話されたら、男だったらみんなあんたに惚れちまうよ」


 きっと命の危機だったから、吊り橋効果なだけだと思う。


 病気で苦しんでいる人がいるなら、看病するのが当たり前だ。


 それに、抗生物質など治療薬の作り方が私には分からない。青カビが原料だとかなんだか知らないけれど、作ることができたらロバートさんの病気を治療できたかもしれない。


 下痢が続いている脱水症状のドットさんに対しても、生理食塩水を作って点滴をするほうがより安全だった。


 結局、ロバートさんとドットさんの体力が病気に勝ったということだ。私は役に立たない、偽聖女だ。


「私なんてロバートさんに似合いませんよ」と私は自嘲する。


 石鹸を作ろうと思ったら、モルタルを作るようなポンコツだ。ボタンなんて単純なものさえ上手く作ることができない。


「あんたさぁ……」


 レベッカさんがちょっと怒っているような声をあげたときだった。


「ただいま」


 ロバートさんの声がコゼットさんの家に響いた。


「お、お帰りなさい」


「ソフィーさん、ただいま。あれ? レベッカも。今日は早いな」


「私はついでみたいな言い方をするねー」



 ロバートさん……ナチェラルに私を抱きしめないで欲しい……。優しく抱きしめられているけれど、心が苦しくなる。



「戻ったよ」


 コゼットさん、昼から出かけたと思ったら、戻って来たようだ。


 ん?


 誰だろう?


「捨てられていたみたいだから拾って来たよ」


 六歳くらい? セト君よりちょっと小さい男の子。


「はじめまして。これから一緒に生活するレベッカだよ。お名前はなんというのかな?」


「ハンス……」


「ハンス君ね。これからよろしくね」


「僕はロバートだ。こっちはソフィー」


 捨てられていたって……それに拾って来たって……。そんな安易な。誘拐——じゃん。


 呆気に取られている私の代わりにロバートさんが挨拶してくれていた。


「俺はセト! 今日からお前の兄ちゃんだな! 俺の家を案内してやるよ!!」


 セト君は、さっそくハンス君の手を握って家の中を案内して回っている。


 え? 勝手に拾って来ていいの?


 そんな疑問を抱えたまま夕食となった。


 コゼット一家の家計が楽になったからお代わりできるように多目に作ってはいたけれど、ハンス君は食べるは食べる。


 ボロキレから見える鎖骨などを見る限り、随分と痩せ細っている。


「たっぷり食べろよ。うちの飯は旨いだろ——」


 ど、どうしてセト君は私が作った夕飯を、あたかも自分が作ったかのように……いや、問題はそこではない……。


 子供誘拐しているよ——餌付けしているよ——!!!!!


「まぁ、みんなで面倒見てあげてよ」


 コゼットさんが言った。


「はい」


「もちろん」


 みんな意気込んでいる。

 

「ソフィーもいいかい?」


「え? えっと?」


 私は状況が飲み込めない。


「ソフィー! またサボる気か!!!!!!」


 セト君が私を指さしながら叫ぶ。こら。人を指差さない。


 だが、しばらくして状況を私は理解した。ロバートさんも、ドットさんも、レベッカさんも、セト君も……そして、私も、王都で拾われたのだ。


 ロバートさん、ドットさん、レベッカさん、そしてセト君は子供のときに拾われて、コゼットさんに育てられた。


 私は……私も行く当てもなく王都をさまよっていて、コゼットさんの家に流れついた。


 私も、言われてみれば拾ってもらったようなものだ。


 コゼットさんは、王都を歩いて身寄りのない捨て子を拾って来ているそうだ。


 そして、一緒に生活して育てている。


 もちろん……大きくなるまで成長してくれる子は少ない……。この世界の生存率の低さを示している。とくに、乳児、幼児、子どもの死亡率が高い。


 だけど、ロバートさん、ドットさん、レベッカさんのように自立して生計を立てられるようになった人もいるし、セト君のように元気で健在な人もいる。


 子供が捨てられる、というのは極限の状況だ。病気で手の施しようがなく、かつ他の家族に伝染する可能性があるとか、どうしても栄養を与えられないとかだ。


 病気か、極度の栄養失調状態で捨てられる。


 母親の栄養が足りてなく、母乳が出ないという状況もそうだろう。粉ミルクなんて便利なものはこの世界にはない。


 元の世界で私の国は、生後一年以内に死ぬ乳児……乳児死亡率はその世界で低い水準で、千人に二人、という水準だ。平均寿命だって、八十歳を超えていた。


 だが、この世界では違う。長寿が当たり前の世界ではない。乳児はシャボン玉のように割れやすい存在なのだ。


 行き場のない私を拾ってくれたのだ。


「ここは、孤児院だったのですね。私を拾ってくれてありがとうございます」


 きっと、私がコゼットさんに拾われて、ここで生活し、今のいままで生きているということは、とてつもなく幸運なことであったのだろう。


「『孤児院』? なんだいそりゃ?」


 どうやら、孤児院という概念がないようだけど、同じことをしている。


「え? 身寄りのない子供を育てる施設でしょうか? 人道的に素晴らしいことだと思います……」


 現に、ロバートさん、ドットさん、レベッカさんは子どもの時に拾われて、成長し、仕事をして生きていけるようになった。セト君だって元気だ。そして、私も救ってくれた。


「なんだい。人道的って。んなぁ騎士様の夢みたいな綺麗なことじゃあないよ。私は旦那も子供も早くに亡くしたからね。それにこんなに年老いた身だ。食わせて貰えなきゃぁ死んじまうだろう? だから働いて食わせてくれる子供達を集めていただけだよ」


 この世界は、年金とかの社会保障がない世界であるだろう。


 自分の子供に世話をしてもらうしかないのだろう。


 コゼットさんは、自分が長く生きるために拾って来たと言うかもしれない。だけど、ロバートさんや、ドットさん、そして、レベッカさんの目は違う。感謝に満ち溢れた目だ。


 セト君だってコゼットさんが大好きだ。


 それに……コゼットさんの背筋は曲がり、手は皺だらけだ。たくさん働いた人の手だ。


 一生懸命働いて、ロバートさんたちを育てた。


 そんな人が、『働いて食わせてくれる子供達を集めていた』なんて、言って、誰が信じられるだろう?


 きっと、コゼットさんのような人が、本当の聖女なのだろう。

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