第19話 炉が完成しました

 炉が完成した。


 土台から石を積み上げ、円形の丸い屋根のある炉だ。小さい煙突もある。ピザ専門店のピザ窯くらいの大きさはある。ピザなら同時に四枚は焼ける位の大きさ。個人で持つにはちょっとした設備だろう。


 拾って来た材料で作って、実質無料とは驚きである。


 ロバートさんが、小さな木槌で完成した炉を叩いて音が確認している。最後のチェックだ。


 木槌と乾燥したモルタルが軽くぶつかる音。


 こつ、こつ、こっつん。


 こっつん、こつ、こつ。


 どこかリズミカルで、心地よい音がコゼット家の庭で奏でられている。


 ドットさん、セト君、コゼットさんもその様子をどっか楽しげに見ていた。


「問題ありません。モルタルもしっかりと乾いていますし、十年は使えます」


 ロバートさんの太鼓判もらった。


「さてと、では試しに一回、使ってみましょう」と私は言う。


 貝殻やまきの準備はもう出来ている。炉ができれば、竃を占拠してしまうようなことはない。


「え? 銘を付けないんですか?」


「名前ですか?」


 どうやらこの世界では、目新しいものに名前を付ける風習があるらしい。貝殻という新しい素材で作ったモルタル。そして、それで作った炉。


 名前を付けるべきだと言う。


 あぁ、そういう風習があったのかと今更ながら納得がいった。


 ソフィアの洗濯板とか、ソフィアの遊戯とかソフィアの井戸とかソフィアの農法とか、そんな名前がついたのも、名前を付ける風習があるからだろう。主に、作った人の名前を冠するらしい。


「『ロバートの炉』、なんてどうでしょう?」


 今回、炉の制作にあたって一番の立役者はロバートさんだ。私には炉を作るなんて発想がなかった。


「その名前の炉はもうあるんです。レベッカの錬金工房の金属を溶かす炉は私が造って、その名前を付けてしまったんです」


「そうなんですか……」


 どうやら同じ名前は付けないらしい。


「『ロバートの炉 セカンド』なんてどうでしょう?」


「そんなのダメですよ。やはり、ソフィーさんの名前を付けるべきですよ。貝灰がなければ炉を作ることはできませんでしたから」


 ロバートさんはそんなことを言った。


 恥ずかしい。


「じゃあ、制作に携わった人全員の名前を付けて、『コゼット、ロバート、ドット、セト、ソフィーの炉』なんてどうですか?」


 この炉を作るのに携わった人全員の名前を付ける。良いアイデアだと思った。少し炉の名前が冗長となってしまうけれど、その分、平等である。


「あたしの名前なんていれないでいいよ」


 コゼットさんがいきなり辞退した。


「俺はロバートとソフィーの名前を付けるべきだと思う」


 ドットさんもまさかの辞退。


「俺も嫌だ! 大きくなったら、もっとでっかくてすげーのに俺の名前を付けるんだ!」


 セト君は、将来、大きなものを作ってそれに名前をつけるのか。巨大ロボットとかに憧れる時期だものね〜。ロボットという概念がこの世界にあるかは分からないけれど。


 ここで私まで辞退したら、『ロバートの炉』となって、話が振り出しに戻ってしまう。


「じゃあ、『ロバートとソフィーの炉』ですね。うん、言い名前だ」


 ロバートさんは、炉の土台のモルタル部分にノミと木槌で掘り始めた。彫刻のようなことも、大工であるロバートさんはできるのか。本当にロバートさんは万能だと思う。



 彫り上がった。



『 ロバート

   &

  ソフィー 』

 

 と掘ってある。


「『炉』という文字は掘らないのですか?」と私が尋ねると、『炉』という単語は文字数が多く綴りが長いので省略してもいいそうだ。


 まぁ、『炉』であることは見れば分かるのだし、名前だけでも良いのだろう。


「長持ちしてね〜」と私は、完成した炉に語りかける。みんなで一生懸命作ったので、すぐに壊れてしまったらショックが大きい。


「長持ちするようにですか。それも彫り込んでみましょう」


 私が炉に語りかけているのを聞いて、ロバートさんがさらに彫刻していく。


「できましたよ」



ん?



『 ロバート

   &   永遠に

  ソフィー。    』


 ん? これって?


 ロバートさんは平気そうにしている。まぁ、『永遠に』というのは、それくらい炉が長持ちしまうように、という意味だろう。


 とっても、この彫り込みは、元の世界の相合い傘のようだ。


 私の元の世界には相合い傘という奇妙な魔術がございまして……傘を見立てた落書きの左右に恋人の名前を書いたりする。


 授業中、なぜかノートの隅に相合い傘で自分の名前と片想いの相手の名前を書いてしまったり、夏の砂浜にデートで出かけると、夕陽の中、砂浜に相合い傘を書いてお互いの名前を左右に書き込んだりする……


 いや、相合い傘は、あくまで前の世界の風習であって、ロバートさんはきっとそんなつもりで掘ったということではない……のだろう。


「そ、そういえばロバートさん……この前、贈ってくださった花って……その……」


 井戸端の情報では、あれは求婚花と呼ばれる花であったそうだ……。

「ん? どうしました?」 


 小声過ぎて、ロバートさんは聞こえなかったようだ。


「おい! ソフィー。サボってんじゃない! 貝殻入れてくぞ! たくさんだぞ!」 

 早く炉を試したいセト君は、せっせと薪を炉にくべている。

 

「なんでもありません。炉、使ってみましょう!」


 ロバートさんとドットさんは、仕事があるので、私とセト君で作業を進める。竃では、桶一杯分の貝殻が精一杯だったけど、炉では三十杯以上分が入る。


 炉に火を入れたあとは、私とセト君で、一時間起きくらいに薪を炉に投げ込む。それだけで、どんどん燃焼が進んでいく。空気もちゃんと入って、燃焼も順調であった。


 そして、夕方。すっかり薪は燃え尽きた。


 ロバートさんが帰ってきたし、炉の中の温度も冷めたので炉から貝灰を取り出す。


 屋根を修理するのに十分な量の消石灰ができていた。


 炉は、大成功だった。

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