第18話 井戸端ファッションショー 早朝編 二回目
レベッカさんは病気から回復して、翌日からさっそく仕事に復帰するということだ。レベッカさんの職場は王都の外にある錬金工房であるらしい。王都から見て、河の下流で鋳造された金属を加工する細工師らしい。
どんなものを作っているか見せてもらった。
レベッカさんが首に付けたペンダントは、なんとレベッカさんが自ら造ったものらしい。ペンダントは細かい彫り物がしてあるのだけど、それだけでなく、首にかける輪の連なり、つまりチェーンも自作ということだった。レベッカさんは手先が器用なようだ。
それに、そのペンダントは、多少色がくすんで汚れていたけれど、黄金色だった。
すごい!
と聞いたら、違った。
やはりこの世界でも金は貴金属で貴重なものだそうだ。
貴金属ではないけれど、まるで黄金のようで
材料は工房の秘伝ということで詳しく教えてくれなかったけれど、私は、その金属の正体が分かってしまった。
金のような色合いだけど、実は金ではない。
つまり、アレである。元の世界で言えば、五円玉の素材だ。
元の世界の私の国では、通貨の単位が小さいものには硬貨、つまり金属が使われていた。
最小単位が一円で、一円硬貨はアルミニウムで出来ている。
十円玉が、青銅。銅と錫の合金。
五十円玉と百円が、白銅。銅とニッケルの合金。
五百円玉が、ニッケル黄銅。銅、亜鉛、ニッケルの合金である。
そして、五円玉は、銅と亜鉛の合金。黄銅とか真鍮と呼ばれるものである。一見、色だけ見ると、汚れた黄金か! と思ってしまうけど、真鍮は貴金属ではない。
元の世界でいえば、真鍮は金管楽器などにも使われていた。ホルンとかトランペットとか金ぴかの楽器に使われていて、ゴージャスな感じがする合金である。
レベッカさんの錬金工房は、その秘密の金属を錬成しているらしい。黄金のような色合いでありながら、貴金属よりも値段が安いというリーズナブルさ。それに金よりも重量が軽いというのもメリットであるだろう。
上は王族、下は中産階級の人たちまで、王都で人気の工房ということらしい。完全オーダーメイド注文で、レベッカさんは貴族様からご指名で仕事を依頼されるほどの売れっ子であるらしいのだ。
病気の間、面倒を見てくれたお礼に、材料費の実費だけで、私が欲しいものを造ってくれるそうだ。
そんなレベッカさんは、元気になったとさっそく錬金工房へと出勤してしまった。
私も私で、頑張らないと! と刺激を受けてしまった。
早朝の井戸。
井戸端ファッションショーを今日こそ成功させたい。
「井戸の水を汲んだら暑いですねぇ〜汗が噴き出てきました」
「本当よねぇ〜。早く涼しくならないかしら」
「ちょっと暑いので失礼……」
私は、わざとらしいことは百も承知で、チェニックの上にアウターとして着ていたカーディガンを脱ぐ。
そして、わざとらしくカーディガンのボタンを見えるように、井戸を囲んでいるレンガ積みの壁に掛ける。
興味を持ったら、ご自由に触って見てくださいね〜。実際に触ってみて、試着してみてボタンの性能を試して欲しい。
だけど……
みんな、お喋りに夢中で、あまりカーディガンに興味を示してくれない……。
今日の話題は、王都の河の渡し守が、どうやら旅籠で働いている下女にホの字らしいということだ。
花売りの花を、あの堅物の渡し守が買っていたので何事かと思ってこっそり後をつけたら、旅籠の横路地で待っていた下女にその花を贈っていたのを偶然見ちゃったんだって!!
下女のほうも、まんざらでもない様子であったんだって!
花を買っているのを発見して、後をつけている時点で、偶然見ちゃったもなにもないのだけれど……。盛り上がっているのに水をさすほど私は野暮ではないし、恋バナって聞いていて楽しいよね。
「うかうかしてると、ロバートさんとあんた、先を越されちゃうよ?」
あれ? 突然、私に話が振られたぞ? え?
「そうそう! ロバート坊やが買った花は、求婚花だっただろう?」
求婚花だ? 球根? チューリップなどの花の種類ではなかったけれど……。
「昨日だって、夜中に逢い引きしていただろう? 結婚間近なのかい?」
そういうと井戸にいた人たちが、ウンウンと肯く。
球根ではなく、求婚!?
求婚花ってなんだろう? 文字通りの意味か。いや……文字通りの意味なら……え?
それに、ロバートさんと昨日、夜の王都を手を繫いで歩いていたことを目撃されているなんて……そして、みんな情報早いっ!
井戸端マスメディアの情報発信能力は侮れないかもしれない。
井戸端ファッションショーでボタンが好評を博したら、ボタンの情報はあっという間に王都に広がるかも知れない……。
ボタン付きカーディガンのアピールをもっとしないと!
先ほど暑いと言って脱いだ、井戸のレンガにかけたカーディガンを私は見つめる。
しばらくしたら、汗が引いて肌寒くなりましたと言ってまた着るつもりだった。脱着衣の利便性アピールだ。
だけど、頬とか身体が井戸で水汲みしていた時よりも熱く感じる。
「あっ! 私、まだやらなきゃいけないことがあるので! お先に失礼します」
私は桶を抱えて逃げ出してしまった。なんだか、恥ずかしくなってしまった。井戸端ファッションショーはまた後日に後回しにする。
コゼットさんの家へと逃げ帰る!
「結婚式の段取りを決めるのかい?」なんて声とキャーみたいな声が井戸の方から聞こえてくるけど、聞こえないフリをして全力で走る。
求婚花……私はプロポーズをされたのだろうか?
いや、きっと求婚花とかいう大層なものではないだろう。きっと、ただの花をロバートさんは贈ってくれたのだ。
あぁ! 私は貴族の末娘で、幼い頃から政略結婚になると言われていたから、この世界のプロポーズの仕方など興味がなかった。
それに、王子と婚約したときも、プロポーズなんてなかった。『聖女に認定する。よって、王子の婚約者とする』という事務的な宣言が国王からあっただけだ。私は、プロポーズ事情に疎いのだ……。
コゼットさんの家に帰ると、ロバートさんが食卓に座っていた。
なんだかロバートさんの顔を見ることができない。
「なんだいソフィー。顔を真っ赤にして……。風邪でも引いたのかい?」
うっ。コゼットさん、妙に鋭い……
ドットさんとレベッカさんはなぜだか優しい笑みで私を見ている。
ただ、セト君だけが不機嫌そうだ。
「おい、ソフィー! またサボっただろ!!!!!」
「さぼってないよ? ほら、ちゃんと水を汲んできたでしょう?」
「ちげーよ! この服のことだ! 壊れたぞ! ボタンってやつが!」
ボタンが壊れる?
本当だった。ボタンが壊れたというより、割れた感じだ。いや、木目に沿って裂けたということだろう。
「え? なんで?」
思わず私は尋ねてしまった。だって、ボタンは糸が解けて外れることはあっても、ボタンが壊れるということは滅多にあるものではない。
「知らねーよ!」とセト君が叫ぶ。
どうせ、セト君が物珍しさで遊んで壊したのだろうと思った。
「新しいの付けてあげるからかして」
セト君から服を受け取り、新しいボタンを縫う。ボタンの縫い付けは朝飯前だ。だけど……他のボタンもなんだか色合いがおかしい……。
ん? ボタンが湿っている? ふやけている?
あぁそうか。ボタンの材質が木材だから洗濯したときとかに水を吸うのだ。それで木材自体が柔らかくなり、割れやすくなるのだ。
そういえば、ボタンの素材って、元の世界ではプラスチックが一般的だったことを思い出す。ウッドボタンもあったけど、どの木材を使っても良いということではなかったのだろう。
ボタンを作れば良いというものではなかった。耐久性も考えなければならない。それに、洗濯しても大丈夫なように防水性も必要だ。
大失敗だ。ボタンとボタンホールだけ作れば良いというものではなかった。
ボタンの素材かぁ……。洗濯したり雨に濡れても良い素材、水に強い木材が必要だ。でも、そんな木材ってなんだろう?
お風呂に使われるヒノキだろうか? お風呂に使われているのだから、水には強いはず……いや、ヒノキってどんな木で、どんな葉っぱの木だろうか? 加工された後のヒノキしか私は見たことない。
ボタンの素材かぁ……思わぬ落とし穴だ。セト君に私は謝罪する。
とても実用に耐えれるボタンではなかったのだ。
プラスチックが作れれば、いいのだけれど……プラスチックって石油製品だってことくらいしかしらない。
詰んだ気がする……。
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