第10話 それってファッションですか?
王都の河の船着き場。
運ばれてきたばかりの品々が船から降ろされている。
上流からは木材が流されて来ている。それを桟橋にいる人たちが、棒の先端にフックを取り付けた手鉤といわれる道具で木材を引っかけ、そして、丸太によって作られたスロープへと運んでいる。
きっと上流には森があり、伐採場となっているのだろう。そして、そこで伐採された木が、消費地である王都へと運ばれてきている。たしかに、河には水が流れているのだから、そのまま木を切って流せば、下流へと辿り着く。
水量も雨の日などでなければ一定だろうから、上流で朝六時に流す、など取り決めをしておけば、王都の近くには八時に流れつく、とか計算ができる。
天候などを見ながら、木材の運送をしているのだろう。途中で引っかかったりするかも知れないけど、最後に小舟か何かで下って来る人が回収しながら降りてくればよい。
よく考えられた運送システムだ。自然の水流を使っているから、エコだし。
それに、王都より上流に船は行かないらしい。王都で積み荷を降ろした船は、下流へと引き返している。
たしかに、上流に登っていく船があれば、木材を避けながらクルーズするのは大変だろう。万が一、衝突でもしたら船体に穴が開くかもしれない。
下流から上流へと登ってくる船は、オールが見える。帆も張っているが、基本的には人力で下流から上流へと登ってくるのだろう。まぁ、流れに逆らっているしね。
私のお目当てである貝塚がある周辺では、女性たちがヘラのようなものを使って、貝をこじ開け、中身を取り出し、そして貝殻は脇へとぽいっと捨てている。
荷物の運搬が男の作業であるなら、貝の中身を取り出すのは女性の仕事なのかもしれない。
主に、ハマグリであるようだが、真珠貝などが混じっていて、中に真珠が入っていたら、ラッキーなのかもしれない。
貝の取り出された中身はすぐさま、建物の中へと運ばれている。建物には煙突があり、黒煙がちょろちょろと出ている。
貝を熱で加工しているのだろうか。
さすがに、刺身とか生食はしないのかもしれない。
さて、王都観光はこれくらいにして、私も貝殻をもらってこよう。
貝塚。
圧巻の光景である。
船着き場から少し離れた場所に穴が掘られ、そこに貝殻が積み上げられている。野球場の大きさとは言わないまでも、相当な量の貝殻が捨てられている。
それだけ、王都の人びとが食べたということだ。
一応、もらっていっても良いか確認をすることにした。
貝から身を取っている人たちの近くで暇そうに立っている男性に私は声をかけた。
「なんだ、今頃来て。もう今日の仕事はないぞ。仕事が欲しいなら朝早くに来い」
話しかけるなり、邪険にされてしまった。
「仕事って?」
「なんだ、仕事探しじゃないのか。ほら、あれだ」
どうやら、貝の身を取るという仕事は、日雇いらしい。私も、ドットさんやレベッカさんが回復したら、ここで雇ってもらってもいいかもしれない。
「あの、あれを少しもらっていってもいいですか?」
今日は仕事を探しに来たのではないから、私は貝塚を指差しながら言う。
「あ? 好きなだけ持ってけ、持ってけ。仕事の邪魔だ」
犬を追い払うようにシッシッとされてしまった。
もしかしたらこの人は、ちゃんとサボらずに貝の身を取っているのか監督する人なのかも知れない。それか、中身を盗まないように監視しているのかもしれない。真珠とかもたまにとれたりするのだろうか?
まぁ、許可をもらったことだし、私は貝殻桶一杯に貝殻を詰める。
コゼットさんの家でさっそく実験だ。
「ソフィーお帰り」
セト君は、コゼットさんと一緒に裁縫をしていたようだ。針と糸で布を縫う。その基本原理は、変わらない。
ミシンとかで高速化されてるか、手作業かの違いだ。
「ただいま〜」
「す、すごいじゃないか! それ、貝だろ! そんなに沢山、どうしたんだよ! すごいじゃん!」
セト君が興奮している。
「今晩は、ご馳走なのか!!!!!!!!」
どうやら貝はご馳走の部類に入るらしい。
セト君は貝が好きなのか。貝は、肝臓に良い食べ物っていうもんね。セト君、大きくなったら、大酒飲みかぁ〜。
セト君を期待させては申し訳ないので、貝殻を一個、桶から取ってよく見せる。
「って、これ! 中身入ってないじゃないか!」
「うん、貝殻だけなんだ〜」
「やっぱり、サボってたんだろ!!!!!!!!」
サボってはいないのだ。私は、今、掃除に夢中なのだ。石灰を使ってもっと綺麗にしたいのだ。
早速作業をしよう。
まず、素焼きの鍋で、貝殻を加熱する……と思ったのだけど、計画通りの苛性ソーダが出来てしまうと、鍋と反応してしまうのではないだろうか?
鍋をダメにして使えなくしてしまうのは申し訳ない。
成功したとしても、石鹸が少しできるだけ。
失敗したら鍋に穴が開くかもしれない。
さすがに、コゼットさんも怒るだろう……。
ちょうど、竃の灰を使い終わったところなので、そのまま竃で木と一緒に焼くことにした。どっちも灰になるのだから良いだろう。
残り火に空気を送り、木に火をつける。十分に熱してきたところで、上から貝殻を投入。
このまま燃え尽きるまで空気を送り込んでおけば、夕飯で竃を使う頃には燃え尽きているだろう。
貝殻を燃やしている熱は、井戸水の煮沸消毒に使う。熱いお湯は、いくらあっても足りないの。安全な水は多ければ多いほどよい。
温くすれば、ドットさんやレベッカさんを始め、私たちの飲み水。また、熱いお湯は、シーツなどの消毒にも使える。
でも、竃でずっと火を見つめているわけにもいかないので、コゼットさんの手伝いをすることにした。
コゼットさんの裁縫のお手伝いだ。
ミシンがあればあっという間だけど、手で縫うには、返し縫いにも時間がかかる。
コゼットさんは、セト君の新しい帯を作っているのだ。セト君が成長して、肩幅と腰回りが大きくなって服のサイズが合わなくなったのだ。
子供が成長する。
こんなに嬉しいことはない。
帯に布を継ぎ足して長くし、千切れないように丈夫に縫い付ける。
現代人ならば、たとえば、太ってしまって腹回りが大きくなり、ベルトの長さが足りなくなったら、新しく買い換えるけど、こちらの世界では布を継ぎ足して長くするのだ。パッチワークのようなものだろうか。
それにしても、世界が違えば、ファッションも違うのだろうか。
この世界では、女性の服は、大枠で括ると、ワンピースしかない。ドレスも、シルクなど素材は違うけど、頭から被る。
ちなみに、男性も、ワンピースだ。もっと言うと、Tシャツの裾が、足首近くまであるTシャツだ。やっぱりそれだとダボッとするから、腰帯を着ける。
つまり……この世界の服って、布に、頭が通るだけの穴をあけ、そして袖を通せるように両腕の所に穴を開ける。そして、それではダボッとして動きずらいから、腰帯を巻く、というような代物なのだ。
縫い合わされているかもしれないが、一枚布で仕上がっている。男性女性の服、すべて大雑把に言えばワンピースということだ。
服の着方は、頭から被る、という選択肢しかない。
えっと……。
もしかしたら、この世界の流行なのかも知れない。
だけど、毎回、頭から被って服を着るのは面倒だ。そう、何かが足りないのだ。
そう……ボタンがないのだ。ファスナーなどは、構造的に難しいかもしれない。だけど、ボタンがないのだ。
「あの、ボタンってないんですか? あると、着るの便利ですよ???」
「ん? なんだいそりゃあ???」
コゼットさんが首を傾げている。
まさかのまさかだけど、『ボタン』が発明されていないのだろうか? 構造的に作るのはとって簡単だ。布の部分も、切れ目をいれて、破けないように返し縫いをして丈夫にすれば良い。それだけで、服は被って着る、という以外の選択肢が生まれる。
嘘〜。だって、円形の小さな木や金属やプラスチックに、小さな糸を通せる穴を開けるだけだよ。ボタンって……。単純な構造だ。
それに、体との密着性を高めて、防寒性にすも優れている。だって、ワンピースって、温かくなってきた春とか夏とかに着るでしょう?
通気性に優れているけど、冬は寒いでしょ〜〜〜〜〜!!! そういえば、王宮で暮らしていたときも、ワンピースかドレスだった。ドレスは背中の部分を侍女が紐で結ぶ、ひとりでは着れない仕様のものだった。
冬でも、部屋に暖炉があったから、温かかったけど。
「ただいま〜」
ちょうど、竃の中を火鉢でかき混ぜていたら、ロバートさんが帰ってきた。
「お疲れ様でした」と私たちは答える。
「いや〜良いですね。家に帰ると、ソフィーさんが笑顔で迎えてくれる。なんだか、それだけで仕事の疲れが吹き飛ぶような気がしますよ」
ロバートさんはキラキラの笑顔でそう言った。
「えっ、本当ですか?」
「ソフィーさん、本当ですよ」
ん? ロバートさんの顔が紅い。
もしや、また病気の再発? 病み上がりで働いてしまったから、再発したのだろうか?
私は心配になり、ロバートさんの顔を両手で掴み、ロバートさんの額に自分の額を当てる。
燃えさかる火の近くで火鉢を回したから、私の手は温かい。熱を測るには向かないと思ったから、自分の額でロバートさんが病気の再発していないか熱を測ろうと思ったのだ。
温まった手で、病人の熱を測ろうとしても、うまく測ることはできない。当たり前だ。
「熱は、無いよ——」
なんと、病気が再発していないことを告げようとした私の唇を、ロバートさんの唇が塞いだ!
「な、な、な、何するんですか!」
まるでキスされたみたいだ。旦那様が仕事から帰って来て、熱い抱擁を交わして、その後にキスをするラブラブな蜜月の新婚みたいだ。
「いや、仕事から帰った私を、熱い接吻で迎えてくれたのかと思って……」
そのまんまかい!!!!!!!!
「そういうのは、恋人か奥さんとしてください」
そんなの、役立たずの聖女だと王宮から追い出され、このコゼット長屋で居候させてもらっている私に言うことではない。
「じゃあ、俺の恋人……いえ、妻になってください。俺が熱にうなされ、意識朦朧としているなか、目を開ければいつもあなたが傍にいてくれた。俺は、あなたがいたから、生きられた。あなたは、俺にとって聖女さまだ!!!!!!!!」
ロバートさんは、そう言って私の手を両手で握る。
いやいや、きっと、あれだ。吊り橋理論というやつだろう。生きるか死ぬかの瀬戸際。ドキドキの環境だ。そんななかで、私が介護なんかしていたものだから、吊り橋理論で、生き死にの緊張感、ドキドキを恋と勘違いしているのだろう。
それよりもだ。
重要なのはボタンだ。特に、ボタンがある服と、頭から被るワンピースでは、寝ている病気の人にとっては、大きな違いがある。
寝たきりのドットさんや、レベッカさんの脱着衣で、服を脱がせるのに、頭からしか脱がせられない。着るのにも、頭からしか着せられない、だと、もの凄い労力がかかる。
負担もかかる。
特に、全身が痛いレベッカさんの服を交換しようとすると、ワンピースだと非常に時間がかかる。だが、ボタン式なら、一度、服を背中まで通してしまえば、あとは胸元でボタンを付ければよい。
「ロバートさんは、さっき、疲れが吹き飛んだっておっしゃいましたよね?」
「え、えぇ」とロバートさんが答える。
「ソフィー、まさかのスルーかよ!!!!!」とセト君が何か訳の分からないことを言っている。
「木材で、作って欲しいものがあるんです」と私はロバートさんに言った。
ロバートさんは大工だ。木を加工して、ボタンを作るなんて朝飯前だろう。
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