第9話 石灰石ってなんだろう?
ドットさんの容態も落ち着いてきた。下痢が止まった。
回復に向かっているのだろう。
こんなに嬉しいことはない。
残念なのは、レベッカさんは相変わらずの状態であるということだ。動くと骨が痛いと言って、ベッドで寝たきりの状態である。回復に向かっているのか、悪化しているのかも分からない。
肌は黒ずんでいるし、アカンベーをしてみると、白い。貧血ということなのだろう。
卵とか、完全食と呼ばれる、健康を維持するのに必要な栄養素を含んだものを食べてもらった方がいいのだろうか。
貧血なら鉄分が不足しているのだろうけど、鉄分を多く含んだ食品……ヘム鉄などは、お肉やお魚に入っているけど……当然、それらは高価だ。コゼット家の家計では、お肉を買うことは難しい。
卵もびっくりするくらいに高い値段で売られている。卵一個と、コゼットさん、ロバートさん、セト君、ドットさん、レベッカさん、そして私の、六人が一日に食べる小麦が、同じ値段である。
卵なんてニワトリが毎日産むものだから安いだろうと思ったけど、なんと、この世界のニワトリは毎日卵を産まないらしい。元の世界の人類の品種改良の賜物でということなのだろう。
私の状況はというと、ロバートさんという働き手が増え、ドットさんの容態も落ち着いてきたので、時間的な余裕ができた。
だから、ここ数日で、ドットさんやレベッカさんが寝ている部屋だけでなく、他の部屋やいままで手を付けられなかった場所を掃除している。
「なんだか、こう綺麗だと気持ちがいいね」とコゼットさんも褒めてくれた。
そうなのだ。綺麗だと気持ちがいいのだ。
言葉を換えれば、衛生的だと気持ちが良いのだ。
腐敗したもの、汚物、アンモニア臭、それらは本能的に危険だと分かるのだ。動物なら逃げ出すか近寄らない。でも、人間は、本能を理性で抑えてしまう。いや、理性というか、我慢してしまう。そして、慣れてしまう。非衛生的な環境になれてしまう。
でも、やっぱり、綺麗は気持ちがいいのだ。
衛生的であるということは気持ちがいいのだ。
やっぱり、私のやっていることは間違っていないのかな、と思える。役に立ていると思える。
ひたすら、掃除あるのみ。今日も頑張るぞー!!
そして、掃除していて気付いたのは、
作り方は簡単。
灰と桶に溜まった水を混ぜます。
出来た灰汁を 床に撒けば、ノミやシラミ予防に使える。それに、どうも消臭効果もあるようだ。
それに、灰汁の中に衣服を浸けておけば、頑固な油汚れもとれやすくなる。洗剤代わりに重宝している。
さらに言えば、お鍋の底のコゲ。
洗って落とすのって、大変だ。乾燥させた藁でゴシゴシ拭き取ってもなかなかとれない。
元の世界でも、鍋の底のコゲは厄介だったからこの世界でもそうなのだ。
重曹を入れて、コゲを浮かせて、タワシで擦る。重曹って便利だった。
でも、なんと、どうやら灰汁は、重曹と同じ働きをしているようである。鍋底のコゲもバッチリ浮いてくる。
さらにいえば、灰の細かな砂粒がクレンザーのような役割をしてくれている。油汚れも落としてくれる。
灰汁! まるで万能洗剤だ。
デメリットは、掃除をしたあとに、床とかがザラザラすることだろうか。
だけど、この世界の床なんて、砂だらけ、泥だらけだから、灰のザラザラが気にならない。
あと、長く使っていると手が荒れる、カサカサになるということだろうか。手が荒れていて分かったことがある。つまり、灰汁は、アルカリ性なのだ。そういえば、『灰』って、アラビア語でアルカリって言うんだっけ。
原理的に、洗剤、重曹、クレンザーと同じなのだろう。
まぁ、元の世界の洗剤のように、手荒れ防止の成分などが配合されていないということなのだろう。
私は、灰汁を万能洗剤だと認定した。
弱アルカリ性で、油と中和して汚れを落とす、界面活性剤の機能を有しているということなのだろう。
この勢いで、石鹸を作れないだろうか?
石鹸の材料は……
天然素材で石鹸を作るというオーガニック教室に参加したことがある。そのとき、石鹸の材料は……苛性ソーダ、オリーブ油、水だった。
油は、この世界でも使われているから手に入れられる。問題は苛性ソーダだ。どうやって手に入れるのだろうか。混ぜる際に、目に入ったら危険だからゴーグルを着用していた。
あと、強いアルカリ性、苛性なので、鉄やアルミに触れさせると腐食すると注意事項を聞いた気がする。もちろん、濡れた手で触っても危険ということだ。劇薬。
竃の灰は、そこまで強いアルカリということではないのだろう。『苛性』があるとまでは言えない。
竃の灰では無理っぽいか〜。う〜ん、やっぱり、石灰とかじゃないと無理なのかな。でも、石灰石があるのは王都から離れた山だと工事の人が言っていたし……。
何かで代用できないだろうか?
そもそも、石灰ってなんだろう? けっこう、ありふれたものだった気がする。
元の世界で、私が住んでいた国は、島国で日本という名前の国だった。資源が乏しい国だった。だけど、国産の石灰石がホームセンターに売っていた。鉄鉱石とか石油とかは輸入に頼っていたけど、なぜか石灰石の国内自給率は百パーセントだった。
テストのひっかけ問題としても、好んで使われていた。資源がない、とだけ暗記していると、石灰石も輸入していると思って、間違った回答をしてしまう。
なんでだっけ?
元の世界では、鍾乳洞とかも各地にあって、観光名所となっていた。
鍾乳石は、長い年月をかけて水に含まれる石灰が水滴とともに固まったとか、ガイドさんが説明していた。
なんだったっけ?
『鍾乳洞は、数千万年をかけて石灰石が地下水によって浸食された地形なのです』
ガイドさんがそんなことを言っていた。
問題は、どうして、石灰石だらけの場所ということだ。地下水で浸食される……浸食されてつくして、跡形も残っていないのは何故だろう?
けっこう鍾乳洞の中って、地下水がじゃんじゃん流れていたような……。岩石などに比べて石灰は雨水弱くて削られやすいから、逆に水の通り道になったと聞いた気がする。
『数千万年をかけて浸食された』ってことは、数千万年前にはなんだった? なんで石灰石が集まる地層が出来たのか。
地層……あっ。堆積して、地層になって、それが数億年以上かけて盛り上がって……つまり隆起してきて……。
あぁ、昔は海で長い年月をかけて隆起して……あっ、思い出した。
それで島国で周りが、昔海だった場所が多いから、元の世界の私の国は、石灰石の産出が多かったのだ。
珊瑚礁や貝などの死骸が固まったのが石灰石だ。そうだ、要は、サンゴとか貝殻などが固まったものだ。
いやいや、ネットがあれば一発で調べられるのに、思い出すのに時間がかかってしまった。相当思考が回り道した。
要は、石灰は、サンゴとか貝殻の化石だ。
ん? 貝殻なら、王都の船着き場の川辺にたくさん捨ててあったけど……。あれも使えるのでは?
貝殻の中身だけが必要で貝殻は捨てて、まるで貝塚のようになっていた。
石灰がサンゴや貝殻の死骸なら、貝殻も成分としては同じか似ているのではないだろうか?
ふふふ。もしかしたら、石灰が無料で手に入るかもしれない。
ふふふ。
「おいソフィー。なに一人で笑ってんだよ。また、変なことでも思い付いたんだろ!」
セト君に一人で笑っているところを見られてしまった。
「掃除もだいぶ終わったし、ちょっと私、出かけてくるね」
「またサボりか——」
セト君、私をサボり認定するの、好きなようだ。
「行ってきます〜」
私は、桶を持っていく。最初は実験ということで、桶一杯分くらいの貝殻を拾ってくればよいだろう。
無料……。なんて素敵な言葉なのだろうか。
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