第7話 灰かぶり
私は、石灰を求めて王都を歩く。
王都は、円形で、中心が王城、次に貴族、平民、スラム街と城壁の外に行けば行くほど貧しくなる。
ちなみに言うと、円の直径が大きくなればなるほど、円の面積も広がっていく。
つまり、王城に住む人たちがピラミッドの頂点で、スラム街はピラミッドの底辺で、より多くスラム街に住む人たちがいるということだ。
数パーセントの人が断トツ裕福で、底辺で暮らす人が多いというのは、元の世界の途上国などでも見かける現象だった。もしかしたら、自然とそういう社会構造になるような因果関係があるのかもしれない。
そういうわけで、私は王都の中心へと歩く。
それは、補修工事などが行われている可能性が高いからだ。スラム街なんて、『聖女の井戸』のメンテナンスが行われているのが奇跡というか、聖女のご威光で、それ以外のメンテナンスなんて無いに等しい。
道は凸凹。はっきり言って、車輪のあるものが通れない。雨など降ったら、泥濘で車輪がはまって動かなくなるだろう。
それに比べて、王城近辺、そして貴族の居住地の道は立派だ。石畳の道。石が高度な技術で敷き詰められている。石と石の隙間がない。
どうやって平らな石を作ったのだろうかと思うくらい真っ平らな道だ。
馬車などで通っても、ガッタン、ゴットンとはならないのだろう。馬車に座っていてもお尻が痛くならない親切設計な道となっている。
だけど、それは常に、破損と修理のイタチごっこであると私は予想をした。
元の世界のアスファルトの道だって、また工事か、と思うくらいに道路の補修工事をしていた。
それに、植物が伸びる時期などは、アスファルトの隙間などから植物が芽を出していた。アスファルトの小さな隙間でもタンポポは成長し、やがて根っこのちからでアスファルトを押し上げる。
常に人が修理やメンテナンスをしていないと、前の世界のアスファルトだってすぐに砂粒状に砕けて凸凹になる。
世界の道はローマに通じるという諺がある。だけど、当時の道がずっと残っているというわけではない。アッピア街道などは現存していたけれど、ローマ帝国の衰退に伴って整備されずに荒れ果てた道もある。
ローマ帝国はモルタルで道を作っていた。
王都の道も、モルタル製ということで、耐久性はアスファルトより低いだろうし、補修工事をどこかでやっている可能性があると思ったらだ。
工事現場に行けば、石灰を手に入れることができるかもしれない。
……と思っていた時期もありました。
補修工事をしている場所は簡単に見つかった。道の石が割れてしまったのか、土が雨水で流されたのか、石の交換作業をしていた。
石を剥がして、その下に入れている白いドロッとした液体。きっと、コンクリートとかモルタルとか、そう呼ばれるものだと思う。
ということは、石灰を材料にしているはずだ。
石灰をコゼットさんの家の病室に撒けば、ノミ・シラミ対策になる。床とかに撒いて靴底の消毒にも使えるかも知れない。
だけど…………石灰ください、と言って、無料でくれるはずがなかった。
石灰は高価な物だった……らしい。
当然、私はお金なんて持ってない。
じゃあ、どこで採掘できるのかを聞いたら教えてくれた。
そして、手に入れることが難しいということが分かった。
どうやら石灰は、王都から遠い東の山で産出するらしい。そこで採れる石灰石を砕いて、粉砕して、焼いて、粉にして、王都に運んで来て、道路の補修の材料にしているらしい。
あまりに熱心に私が質問するものだから、最後は、「姉ちゃん、不思議なものに興味持つんだなぁ」と、工事を指揮していた偉そうな人に呆れられてしまった。
私は、肩を落としながらコゼットさんの家へと帰る。
コゼットさんの家の人たちを助けることができるかもしれない方法を具体的に考えて行き着いた結論なのだ。
この世界の言語は、地球の言語とは違ったもので、当然、英語とも違う。
コンクリート、英語でConcreteの意味は「具体的な、現実の」だ。コンクリート製、という意味でもあるけれど、具体的な助ける手段を考えて、コンクリートの材料に行き着いた。でも、石灰を手に入れるなんて、完全に非現実的だった。
この世界で英語が分かる人間なんていないだろうから、このやるせない気持ちはこの世界で私にしか、きっと分からないだろう。
石灰。意外と手間がかかっていた……。ちなみに、焼いた後の石灰を消石灰と言うらしい。それと水を混ぜたら、モルタルの材料だって。
材料入手からして困難である。王都から遠い東の山から運んで来ることさえ難しい。
いや、むしろ一般人には真似出来ないから、気前よく教えてくれたのかもしれない。
「姉ちゃん、どこの娼館で働いてるんだい? また遊びに行くぜ」と聞かれたけれど、適当に誤魔化して私はその場を離れる。
お金があれば、消石灰は王都でも買うことができるらしい。
お金かぁ……。
いっそのこと、娼館で働くか?
この世界では職業として娼婦、男娼が成立している。それに、これは道徳的な問題ではなく、資本の問題だ。
私に今、資本、つまりお金があれば、石灰を仕入れてきて、ノミ・シラミを退治する「魔法の粉」なんて言って売れば良い。簡単に真似されるような代物だから、製法は極秘ということで、作って売れば良い。
でも、仕入れるお金がない。いや、そもそも、ノミ・シラミ退治のニーズがあるかも分からないけどさ。
現状、私が使える資本は……体……しかない。
…………。
いや、自暴自棄はやめよう。
とにかくだ。
手ぶらで帰るのも申し訳無い。でも、石灰を手に入れる手段を私は持ってない。買うお金がない。ぶらぶらと王都を歩く。
私は気付けば、川へと辿り着き、川を眺めていた。
大きな川だ。
王都近くを流れる川。
途方に暮れるときには、やっぱり川を眺めるに限る。
まぁ、川と言っても、汚い。泳いだら病気になるだろう。だって、ウンチとか流れてるもん。それも、王都に生活する人びとの汚水が最終的に流れてくるのがこの川だ。川と言うより、地上を流れる下水という表現の方が適切かもしれない。井戸よりも、飲み水としては危険だろう。
天然の下水設備。
あと、それ以外の用途としては、船着き場があるから、運送網として活用できるのだろう。船が行き来している。
船着き場では、荷が降ろされている。
何かと思ったら中身は貝だった。
海で採れた貝を運んで来て、王都近くで、貝から中身だけを取り出し、貝殻は捨てる。
もしかしたら、この王都は意外と海から近いのかも知れない。海産物を運んで来れるくらい近いのだろう。いや、逆に、貝殻を捨てて中身だけ運ぶと途中で腐ってしまうから、生きたまま貝として運び、船着き場で中身だけとって、王都の胃袋を満たしているのかもしれない。
それにしても、貝殻の量がすごいな。まるで貝塚だ。
きっと、数千年後に、貝塚として、考古学者に発見されるのだろうか。その時には、科学も進歩しているのかな。帆船ではなく、蒸気機関や石油動力の船がこの川を行き来しているのかもしれない。
さて、石灰も手に入らなかったし、どうしようかな。
『灰』は、コゼットさんの家の
ん? 同じ灰だよね?
どうして私は、石灰を手に入れようとしてたんだけっけ?
それは、ノミ・シラミの駆除、また、口蹄疫とかの予防で使われていたことを思い出したからだ。
でも、そもそも、なぜ、石灰が有効なのか?
……考えられるのは、アルカリ性だからだ。水に溶けたら、アルカリ性となる。それが殺菌効果となるのだろう。
じゃあ、竃の灰は? 思ったけど、同じじゃない? 草木灰だって、肥料や防虫や殺菌の効果がある。 竃で燃やす燃料は、木材だ。
BBQで、灰が目に入るとめちゃくちゃ痛いのは、目の水分に灰が溶けてアルカリ性を示すからだ。刺激物となるのだ。
灰汁を蒸発させて残った物質は、カリと呼ばれる。アルカリのカリ、カリウムのカリ。
なんと、コゼットさんの家の竃に、私が探しもとめる答えがあったのか。
意気揚々と帰る私をセト君が待ち構えていた。
「やっぱり、サボっていたんだろー」
コゼットさんの家に帰ると、やっぱり手ぶらで帰ってきた私にセト君が言った。
とりあえず、桶に竃の灰を入れて水で混ぜる。良くかき混ぜて、それを病室の床や壁にぶちまける。
「せっかく掃除したのに、灰で汚すのかよー」
セト君が叫んでいる。セト君は元気が良いなぁ。子供は元気であることが一番だ。
また、布でその水を染み込ませ、ロバートさん、ドットさん、レベッカさんの髪の毛などを拭く。髪の毛に生息しているシラミなどが退治できるかも知れない。
そして、最後に、コゼットさん、セト君、私も、灰を混ぜた水で髪の毛を濡らしたり、布で体を拭いたりする。
ペットや牛に使っていたくらいだから、安全なのだろう。
それにしても、かまどの灰と水を混ぜたものを被る。
まるで、灰かぶり姫みたいだ。おとぎ話では、ガラスの靴がぴったりとはまり、王子様と最後に結ばれるのだったか。うん、ガラスがこの世界にはないっぽいし、所詮はおとぎ話ということだろう。
これで、殺菌作用により、病室はもっと衛生的になったはずだ。おそらく……。
ロバートさん、ドットさん、レベッカさんが早く、元気になりますように。
どうか効果がありますように。
やっぱり、私にできるのは、祈ることだけらしい。
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