第15話 レベッカさんの治療費を稼ぎたい
早朝。コゼットさんの庭で、ロバートさんによる炉の作り方の指導を受けていた。一週間ほどで、貝灰も溜まってきたので、炉の土台を作る作業をしようということになったのだ。
「しっかりとした土台を作っておくと、使い勝手も良くなるし、長持ちするんです」
ロバートさんが、私たちに指示をしながら作っていくのだ。ロバートさんは、テキパキと、そして分かりやすく指示を出してくれて、仕事ができるって感じで格好いい。
使用されるのは、貝殻から作った貝灰、割れて使い勝手の悪くなって捨てられたレンガの破片、廃材、砂、そして水だ。
使われる材料は、ほとんどゴミとして捨てられているようなものであったりする。
廃材は、燃やせば燃料になるから、リサイクル可能だけど、それ以外のものはスラム街の人たちにも見向きもされないゴミである。
あと、セト君の話だと、粘土性のレンガを、スラム街の子供は、拾ってきて城壁に投げてぶつけて砕く、という遊びに使ったりするそうだ。子供はなんでも遊び道具にするのがすごい。
ちなみに、セト君の話では、レンガを城壁に投げつけて遊ぶのも楽しいけれど、その行為を見つけた城壁の衛兵から逃げるのも楽しいということだ。
ドットさんとロバートさんが、庭の土をまず平らになるように整地をしている。そして、平らになった場所にロバートさんが大工道具箱から取り出した糸を整地した周りに張っていく。糸は四角形に張られた。
その場所が土台を作る場所ということだ。糸で目印を付けたということなのだろう。
私もよそ見をしてはいられない。
セト君と私は、使えなくなった粘土性のレンガを細かく砕いていく。できるだけ細かくしてください、というのがロバートさんの注文だ。
岩の上でセト君がハンマーでレンガを砕き、そらにそのレンガを私が石臼でさらに細かく砂のようになるまで粉砕していく。
粘土性のレンガを混ぜて行くことによって、火に対して強くなるらしい。コンクリートを作るさいに、砂利を混ぜるのと原理的に同じことなのだろう。
張られた糸の四角形の底に、平べったい木材を敷いていく。まるでフローリングの床のようだ。そして、側面にも木材を取り付け、正方形の木箱のようなものができる。大きさは、一辺が二メートルで、高さが三十センチほどだ。
「さて、じゃあ、この中にモルタルを流し込んでいきます」
貝灰、レンガ紛、砂、水を混ぜて、一気に四角形の中に流し込む。触れてしまうと皮膚が焼けて指紋とか消えちゃうので注意して作業をしてくださいというロバートさんが注意を促している。
ドロッとした液体となった。
木材で囲まれた中に広がり、満たされていく。
混ぜては流し込み、混ぜては流し込みを繰り返してやっと一杯になる。
「あとは、上の部分も平らにします。ちょっとコツがあるので僕がやりますね」
ロバートさんは真っ直ぐで長い定規のような木の板で表面を平らにしていく。
元の世界で、計量カップで塩や粉類を計る時は、山盛りにすくい、別の計量スプーンのはしなどですりきって計っていた。すりきると、山盛りの塩が計量カップの中で平らになっている。
ロバートさんは、それと同じようなことをして、モルタルの表面を平らにしている。
工事現場の、左官と同じ作業をしているようだ。元の世界では、左官さんはコテを使って壁とかを平らにしていた。道具が違うようだけど、同じようなことをやっているのだろう。
「はい。これで大丈夫です。あとは、二、三日乾かしておけば土台の完成です」とロバートさんが良い仕事したぜ、的な感じで満足そうに言った。
「終わったのかい? 朝ご飯が出来ているよ」
朝ご飯は、小麦粉を水で溶かして平たく焼いた料理と豆を煮込んだスープだった。インド料理のチャパティのような料理。パリッとしていて、素朴な塩味で美味しい。
マメ料理も薄い塩味だ。
ロバートさんだけでなく、ドットさんも病気から回復して働けるようになったので、食卓が少し豪華になった。
豆が浮いているスープから、豆がたっぷり入ったスープにコゼット家の朝食はグレードアップした。
あと、レベッカさんも回復したら、コゼットさんの家の住人みんなが健康になるということだ。
みんなが元気。こんなに嬉しいことはない。
「行ってきます」と朝食を食べ終えたロバートさんとドットさんはそれぞれの仕事場へと出かける。
「行ってらっしゃい」と二人を見送る。
ロバートさんが、仕事に行くときと帰ったときは、私と接吻したいなんて言っていたけどスルーしておいた。そういうのは、恋人か夫婦でやるものよ☆
みんなが仕事に行ったあとは、竃で貝灰を燃やしている間に、私は内職をする。
ボタン付きの服をコゼットさんと作っているのだ。コゼット一家の冬服用として作っている。
ボタンというのはとっても便利である。
王都の服は、貴賤にかかわらず、大雑把に言ってみたら布の一部に頭が通る穴を開ける、という被る服しかない。
あとは、羽織るものしかない。
その素材が麻布であるか、綿織物であるか、毛糸か、シルクのような素材かで金額が異なってくるのだが、どの素材でもボタンというのは応用が可能だ。
それに、季節が巡れば冬となるだろう。
ボタン付きの服が威力を発揮するのは、防寒だ。
頭から被るようなワンピースを何枚も重ね着するのは限界がある。
それに、厚着をしようと羽織っても、胸元が開いているので、冷たい北風など防ぐことができない。だけど、ボタンが付いている服なら、重ね着もできるのだ。
元の世界でも、夏などはTシャツや薄手のワンピースで快適に過ごせる。
だけど、冬服となると、ボタンが付いていない服、とくにアウターはボタンのない服が珍しい。
ジッパーやファスター付きならもっと気密性は高いのだろうけど、ジッパーやファスナーのような複雑な金属で出来ているようなものは、再現出来ないだろう。というか、どうやってファスナーを上げたり下げたりするだけで開いたり閉じたりしていたのか、仕組みをそもそも私は知らない。
実は、ロバートさんにボタンを作ってもらい、それを売って、コゼットさんの家の収入……出来ればレベッカさんをもう一度お医者様に観てもらうためのお金の足しにしようと思ったけど、それは難しい。
だって、そもそも、ボタンだけあっても、その使い方が分からないとただのゴミだ。
ボタンだけを販売しても、使用方法が分からないと意味がない。
ボタンの縫い方から教えなければならないけど、お裁縫教室なんて開くことはできないだろう。
それに、ボタン自体の構造が単純なせいで、一度、ボタンの仕組みさえ知ってしまえば、簡単に真似出来る。
発明って意外と単純なものが多い。
有名なところでいえば、洗濯機の糸くず取り具だろう。
糸くず取り具を洗濯機の中に浮かべると、水の表面に浮いた糸くずが洗濯の水流により自然にこの網の中にすくわれる仕組み。技術的にはとても凄い単純である。
あぁ! どうして思い付かなかったんだ! と思ってしまう。
真似することも簡単だ。類似品とかコピー商品と呼ばれるのを簡単に作れてしまう。
特許権とかがこの世界にはない。ライセンス料を払うという考えもこの世界にはないだろう。
オセロ、まぁこの世界では『ソフィアの遊戯』と呼ばれるものを七歳のときに広めたけれど、ライセンス料とかもらってないし、みんな勝手に真似していった、というような感じだ。それぞれオセロ盤と石を自作してそれぞれ楽しむという感じ。
侍女と私がオセロで遊んで、それを観ていた侍女たちが、休み時間にオセロ盤を自作して遊ぶようになって、屋敷に出入りする人とか、侍女の家で広まって、それがいつの間にか、井戸で水汲みの待ち時間などで遊ばれるようになって、国中に広まった。
七歳の時は、地方貴族でお金に困っていなかったし、『ソフィアの遊戯』によるライセンス収入なんて気にも留めていなかったけれど……ライセンス料はだれの懐に入ったのか?
たぶん、ライセンス料なんて考えがないのだろう。特許なんて概念もないのだろう。
王宮で研究をしていた錬金術師たちも、自分の技術を公開するというよりは、秘匿していた。
例えばである。私が聖女であったとき、各地で話題の錬金術師が王宮にやってきた。まぁ、錬金術師というよりは、マジシャンと呼んだ方がいい人だった。
紫の液体を一瞬で、紫からピンク色、赤色、緑色、黄色などの変えるという錬金術をやっていた。
一族秘伝の錬金術であるそうだった。
色が変わるたびに驚きの声があがっていた。隣で見学していた王子など、目を見開いて驚いていたし、王子の側室たちも猿みたいに、キーキーキャーキャー騒いでいた。
王様も、五年か十年遊んで暮らせるだけの褒美を渡すと公言していた。
でも、元の世界で、そんなので驚くのは小学生くらいだろう。
錬金術……というより、マジックの種は簡単だ。
紫色の液体は、紫キャベツを煮だして作った液体であろう。小学校のときに実験とかであるアレである。
紫キャベツを煮出した液体には、アントシアニンという成分があって、酸性、アルカリ性に反応して色が変わるという性質がある。それを利用した化学反応だ。
それを錬金術と称していたのだ。
小学生の夏休みの自由研究レベルだと思った。
というか、紫キャベツの反応を大道芸として使うよりも、物質が酸性なのかアルカリ性なのかを調べる検査薬として公開すれば、この世界の錬金術も発展するんじゃないかと思った。アンモニアはアルカリ性なのか〜とか分かるようになれば、錬金術の幅も広がるはずだ。
だけど、その錬金術師は、一族秘伝の錬金術ということで、結局、手品のタネを明かさなかった。
つまり、この世界は新しい技術を公開してみんなが使えるようにする。そしてみんなが使えるようにする代わりに、特許使用料やライセンス使用料を払う、なんて世界ではないのだ。
技術は出来るだけ秘匿して、独占する。
逆に言えば、秘匿できなかったら、誰にでも無料で使われてしまうのだ。だから、錬金術は、門外不出。弟子にすら伝えないで失伝することだってある。
だから、ボタンの技術をお金にするにしても、良く考えなければならない。もともと、前の世界で誰かが発見したもので、私がこの世界でお金儲けがしたい訳ではなく、レベッカさんの病気を治療する、お医者様に観てもらうためのお金を稼ぎたいのだ。
ボタン付きの服を売ればいい……だけど、それでは問屋が卸さない、というか、問屋すらこの世界にはない。
ボタン付きの服を作っても売れないだろう。なぜなら、服は自分で縫って作るものだからだ。布すら自分で織るのが一般的だ。
コゼットさんも自分で糸を作り、そして布を作って、それで服を作っている。
元の世界での昔話を思い出せば簡単に分かる。元の世界では昔はそうだったのだろう。
昔話のお婆ちゃんが、糸車を回しているという話はざらにある。
眠り姫の物語だって、眠った原因は糸を作る紡錘の針が手に刺さったからだ。王様は、国中の紡ぎ車を焼き捨てたが無駄だった。それだけ沢山、紡ぎ車が普及していたということだ。そして昔話で語られるだけ身近な道具であるということだ。
七夕は? 織り姫と彦星だ。
鶴の恩返しという昔話。そもそも、なぜ機織りの道具が家にあった? それが当たり前にある道具だから、語り継ぐ上で違和感がなかったのだ。
服は買う物ではなくて、服は自分で作るもの。それが、この世界だ。
服を買うなんてことをするのは、王族や貴族など限られた人たちだけだ。
そういう王室御用達の服屋にボタンを持ち込む? いや、だめだ。私の顔が割れている可能性がある。
私も聖女だった頃には、王族や貴族用の服を着ていた。当然、寸法を測る。王室御用達の服屋と顔を合わせている。トラブルが起こる可能性がある。そういう場所は出来るだけ避けたい……。
ボタンだけ販売するのでは、使い方をまず普及させて、ボタン穴の縫い方を教えないと売れない。だが、教えたら簡単に真似されて、売れないだろう。
ボタン付きの服を売るとしても、上流階級相手の商売になってしまうし、それは避けたい。
無理か。レベッカさんの治療費を捻出したいところだけど……ボタンでは無理か……。元の世界の誰かが発明したものだし、他人のふんどしで相撲をとっても仕方がないか……。
「はいよ。これで一丁上がりだね」
机の向かい側でボタン縫いをしていたコゼットさんが縫い上がったものを机に置いた。ボタン縫いは簡単だから、コゼットさんはアッと言う間にマスターしてしまった。
でも……え? コゼットさん……何を?
何を思ったのかコゼットさんは、細長い布に、ボタンだけ縫い付けている。いや、ちゃんと一直線上にボタンを縫っているから正しいボタンの位置には縫い付けてあるのだけれど……。
ボタンって服の胸元、服の前方に縫い付けていくのが当たり前だけど……。
「なんだい。なにか不味かったのかい? あとはこれを服の切れ目に縫い付ければいいのだろう?」
あぁ……そうか!
「コゼットさん! それです!!!!」
そうだ!
別に、ボタン付きの服を販売する必要なんてない。
ボタンを縫った細い布と、ボタンホールを縫った細い布をセットで売ればいいのだ!
こっちの世界の人は簡単に裁縫出来ちゃうから、服に、別の布を縫い付けることは苦にならないだろう。朝飯前だ。
ボタンを売るか、ボタン付きの服を売るか……それは、元の世界の狭い発想だ。
ボタンとボタンホールの部分だけを売る。ボタンとボタンホールの部分だけを売ればいいのだ。
ボタン自体は簡単に真似出来ても、ボタンホールの大きさには、多少のノウハウが必要だ。小さい穴だったらボタンが通らないし、大きすぎるとボタンが外れやすい。
それに、ボタンホールは、布の切れ目だから、そこから破けやすい。破けにくいようにボタンホールを糸で縫う必要がある。
ボタンホールを、ブランケットステッチで縫う。
コゼットさんでも知らなかった縫い方だ。それに、縫い方って、縫ったあとではどうやって縫ったのかを調べるのは苦労する。
いつまでも縫い方を秘匿できるほど甘くないだろう。だけど……ボタンとボタンホールのノウハウをコピーするまでには、時間がかかる。ボタンだけだったら簡単に真似されるけど、セット売りなら、多少は時間が稼げる。
レベッカさんの治療費が稼げるかもしれない!
「コゼットさん、それをたくさん作ってください! 私も、ボタンホールを大量に縫います!」
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