第20話

 普通の人間ではない。

 アクラリムの言ったことを脳内で反芻するが、意識が理解を拒む。


「それは変わり者だとか思考が偏っているだとか、……そういう意味か?」


「いや、文字通りだよ。君は恐らく普通の人間とは異なった生まれ方をしている」


 アクラリムは俺の疑問を否定して話を続ける。


「まあ、現象としてはそんなに珍しいことではないよ。世界自体に意思のような物があり、自らの世界が侵略される予兆を感じ取って“英雄”を生み出すのさ。世界が自分自身を守る為にね」


 世界が英雄を生む……?


「ボクらの世界の連中は他の世界を支配し、滅ぼし、経験値を奪うことで強くなってきた。そんな中でたまにあるんだ。レベル1だった弱小生物が、僅かな期間で使徒すら打ち倒す強者になることが」


 アクラリムは過去を思い返していてるのか、頰に両手を当てて恍惚の表情を浮かべる。

 はっと我に返った吸血鬼(今は人間らしいが)は、こほんと咳払いをして話を続ける。


「……そういう世界に愛されているとしか思えない存在には概ねして共通する点がある。強力な固有スキルを持っていること、変わってしまった世界に対する順応力が異様に高いこと。そして、過去の記憶がないことだ」


 固有スキルなら吉良さんやアーチャーの茂呂さんも持っていたし、順応性は最初からスキルを持っていただけだ。

 ……いや、どうして順応性スキルの熟練度が最初から高かったんだろう。


「固有スキルなら他に持ってる人が居るんじゃないか?」


「まあ、固有スキル自体は召喚が起こった際に強い願望があると手に入ることが多いんだよ。でも、君ほど強力なものではなかった筈だ。……弓使いのおじさんに関しては、ボクも最初は世界が生み出した存在なのかと思ったけどね」


 アーチャー茂呂さんはアクラリムから見ても割と異質な存在らしい。

 しかし、そうなると俺が世界から生まれたということを上手く否定はできない。

 だが、という感情が急速に沸いてくる。

 順応性スキルの影響か。


 そんな、俺の内心の機微を敏感に感じ取ったのか、アクラリムはにこりと笑う。


「そういうとこだよ。まあ、世界から生まれたといっても肉体的には普通の人間と大差ないよ。でもまだ君の存在が上手く世界に定着していないせいで、聡い子には違和感を持たれてしまうだろう。後ろの彼女とかね」


 アクラリムは吉良さんの方を見る。


「凛が……?」


 吉良さんは無言で地面を見詰めている。

 つまりは肯定なのだろう。


「多分ね。きらりんは人間にしてはかなり賢い方だと思うけど、その彼女が昨日みたいに下着姿をうっかり披露なんてすると思うかい?その子は君に違和感を覚え、君が本当に人間であるかを試していたんじゃないかな」


 やはりアクラリムは昨日丸一日俺達のことを見ていたのか。

 タイミングを見計らっていたのか、今までじっと話を聴いていた吉良さんが口を開く。


「確かに、様々な観点から不審な点があったので、私はあなたを試していました。ですが、もしあなたがそこの吸血鬼の仲間であるならば、私はここで殺されている筈です。殺されていないのなら、あなたはあちら側の存在ではない。今はそれで良しとします」


 どうやら吉良さんは吉良さんなりに答えを得たようだ。


「ま、ボクは君を強くするためにお仲間の有らぬ誤解を解いておいた方が良いと思ってね。という訳で、ボクの最後の目的は君ときらりんとのわだかまりを解消することでしたー」


 おちゃらけた様子でアクラリムはVサインを作る。


「そうか、大体分かった。じゃあな」


 こいつの言いたいことが一区切り付いたらしいし、別れを言って立ち去ることにする。

 まだアクラリムにはトラウマがあるし、一緒にいるのは精神衛生上よくない。

 近くにこいつが居るだけで心臓が凍りつくような思いだ。


「それでそれで、次はどこ行くのー?」


 が、普通に後ろから付いてくるアクラリムがそんな問いを投げかけてくる。


「何故付いてくる」


「君も中々どうしてせっかちさんだね。ボクの一つめの目的は君のトラウマを解消することだぜー?」


 しれっとした様子で、そう答えるアクラリム。

 まさか、こいつ。


「ずっと付いてくるつもりか!?」


「正解!」


 断れる訳もなく、メンバーに怨敵であるはずの吸血鬼が加入してしまった。

 たとえ断ったとしても、こいつは地獄の果てまで追いかけて来るだろう。


 ……


 昼食を済ませ、町の危険性を視る為に屋根の上へと登る。


 ただ昼飯を食べるだけなのに、アクラリムが居るとしっちゃかめっちゃかで大変だった。

 もの欲しそうな顔をしているアクラリムに「食料はやらん」と言ったら、ゴブリンを丸焼きにして食べようとしたのだ。

 流石に少女がゴブリンの丸焼きを食べる絵面を見せつけられるのは食欲が減退するので、止めさせて食料を分けてやった。


 思い出すとため息が出る。

 嘆息しながら民家の屋根の上から町を眺めていると、背後にドス黒い危険性が現れる。


「何しに来た」


 そう言って振り返ると、後ろ手に手を組んだアクラリムが気配を殺して立っていた。


「あ、気付いちゃう?さすがだね」


 悪びれもなく、吸血鬼もどきが笑う。


「っていうか、お前吸血鬼なのに人間の食べ物必要とかどうなってんの」


「今のこの体は完全に人間そのものだからね。それより、次に戦うモンスターを決めているのかな?」


「まあな」


 わざと悪態をつくようにぶっきらぼうに答えるが、アクラリムは特に気にしていないようだ。


「あのさ、ボク思ったんだけど、今の君の戦い方は効率があまり良くないんじゃないかな。きらりんの為だろうけど、安全策に走り過ぎているよ」


 アクラリムの言いたいことは分かる。

「そんなペースじゃボクに追い付けないよ」とでも言いたいのだろう。


「じゃあさ、こうしよっか。ホントは狩りに手を出すつもりは無かったのだけど、君が前線に出ている間、きらりんのことはボクが守ろう」


 唐突にとんでもないことを言い出した。

 確かに、前に出ている間に吉良さんが襲われることを恐れて短時間で殲滅できる数のモンスターしか選んで来なかったが。


「信頼できる訳がない」


「君の固有スキルならきらりんの安全性が分かるだろ?君は君自身のスキルを信用すれば良い」


 確かに危険目視スキルならアクラリムが裏切るかどうか分かる、か……?


「凛と相談させてくれ」


「こんなこともあろうかと、きらりん連れて来てるよ」


 アクラリムがそう言うと、後ろ手に隠していた何かを目前にぶら下げる。


「あう……」


 猫のように首根っこを摘まれてぶら下がる吉良さんがそこにいた。


「え、それ大丈夫?」


「大丈夫です。それより、私はアクラリムさんの意見を支持します。確かに今のペースですと呪いの期限までにアクラリムさんと戦えるレベルになれるか分かりません」


 吉良さんはアクラリムの意見に賛成のようだ。


「吉良さんがそう言うのなら……」


「決まりだねっ!善は急げ、悪もとりあえず急げ、───」


 アクラリムが俺に押し付けるように土木作業用のスコップを渡してくる。

 嫌な予感と共に急速に危険性が肥大化する。


「ちょ、待っ」


「───『テレポーテーション』!」


 ◇ ◇ ◇



 短い浮遊感ののち、気がつくと何かの建物内だった。

 独特な臭気、そこかしこで聴こえる荒い息遣い。



 アクラリム、お前はやっぱり敵だ。




 俺は数多のゴブリンの群れの中に放り込まれていた。

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