第8話
「怪我は無かったかい!?」
佐藤さんが心配そうに声を掛けてくる。
「今のところ問題ありません。吉良さん、ありがとう。助かった」
実際あそこでフォーカスが無ければ俺は死んでいたかもしれない。
フォーカスは使い方によってはかなり使える魔法だと思う。
魔法である以上は、ステータスの抗魔の数値が高いとレジストされる可能性はあるかもしれないが。
「いえ、こちらこそお陰様で逃げられました」
「良かった。それじゃあ、急いで真理亞さんの所へ行こう。赤いゴブリンが追っかけてくるかもしれないし」
佐藤さんと吉良さんは首肯する。
「ん?なんだあれ……」
警戒のために周囲を見渡した際、偶然見上げた遥か上空に赤い線が走っているのに気付いた。
今の所こちらに危険性が及ぶようには見えない。
「隕石でも通るのか?」
気にはなるが、今は気にしている場合ではないだろう。
警戒は怠らず、その場を後にする。
幸いにも、真理亞さんの方は何事も無かったようだ。
指定した雑居ビルの2階にて、無事に真理亞さんと合流することができた。
これから拠点となりそうな場所を探しに行くとして、その前に俺のスキルで危険性を調べた方がいいかもしれない。
「出発する前に屋上まで登って、どこが安全かを出来るだけ見てくる。皆はいつでも出られるようにお願い」
そう言い残して屋上へと駆け上がる。
屋上への扉を開けると、涼しげな風が吹き込んだ。
俺は目を凝らして、目ぼしい建物を注視していく。
すると、危険性がある建物はじんわりと赤く染まって見えた。
駅前のマンションは……危険。
大通り沿いのマンション……やや危険、か。
川沿いのマンションは……安全そうだ。
あそこにしよう。
目的の場所までの安全そうなルートを探す。
見たところ、どの道を選んでも接敵してしまいそうだ。
その中でも危険性が低そうな道順を慎重に探していく。
「ホームセンターは危険か。住宅街へ迂回して、川に突き当たるまで歩いて、そこから川沿いに……よし」
危険目視は用途に合わせて見える危険が微妙に変わる。
建物ならば建物、道なら道と見える危険性が変わるのだ。
「あ、そうだ。吉良さんの学校は……、危険、か」
吉良さんはいつか学校を見に行きたいと言っていた。
やや遠くに見える学校をスキルで目視すると、鮮やかな紅い色に塗り潰されていた。
戻って出発しよう。
──その時、空を横断する赤い線がぐにゃりと歪んだのを、誰も気がつくことは無かった。
「戻ったよ」
「目星は付けたのかい?」
佐藤さんがそう尋ねる。
「見た限りで危険性が少なくて立て籠もるのに向いてそうな建物は、川沿いのマンションだけだった」
「ああ、あそこか。塀があって良いかもしれないね」
特に反対意見はないようだ。
赤ゴブリンが近くに居る以上、ここに拠点を構えるのは向かないだろうし、どちらにせよ移動は必須だ。
食料や水を満載したカートを押しながら、移動を開始する。
目的地はここからそう遠くはない。
────同日同時刻・とあるパイロット────
「管制室!おい管制!チッ、ダメか」
男は悪態をつきながら操縦桿を慣れた手付きで操作し、搭乗中の機体を鮮やかに急旋回させる。
「しかし不幸中の幸いとも言うべきか。あらゆる状況から精密機器を保護する特殊コンテナに入れておいたお陰で、他の戦闘機が軒並み故障した中、実験中の最新鋭ステルス戦闘機だけ無事だった。これが無けりゃ──」
雲間から躍り出たモンスター、後にワイバーンと呼ばれる小さな竜のような生き物に素早く空対空ミサイルを直撃させる。
「このトカゲ達は今頃不法入国してただろうさ。……今ので中距離は撃ち尽くしたな。管制の応答が無いが、一旦補給に戻らねぇと」
パイロットは単機にて、遥か海の向こうから飛来してきた翼のある爬虫類、ワイバーンと戦っていた。
「こちら桐生、応答せよ。返事がねぇな。仕方ねぇ、帰投するぞ?」
搭載されていた中距離空対空ミサイルは18発全弾発射済みで、残りは近距離空対空ミサイル4発のみとなっていた。
「しっかし、妙に身体が軽ぃな。体の加速度への耐久性が上がっている?変な生き物を倒してるからか?……ん?」
雲間に、翼が見えた。
「ったく、熱源がねぇと探知しにくいぜ。最後にあと1匹だ」
パイロットは機体を急旋回させ、敵の姿を超人的動体視力で目視する。
目に飛び込んできたのは
「何だありゃ。人、か?いや……、」
雲の陰に隠れていたのは、黒い翼を背にした人型の何かだった。
「──あれは、やばい」
『すごいすごーい!そんなにレベルを急激に上げたのは、世界で君が初めてじゃないかなー?』
脳内に直接響く少女の声。
「なっ」
『でもでも、せっかくそんなに強くなったのに、もったいないねー。いや、強くなり過ぎたからボクを呼び寄せてしまったのかな?』
銀色に輝く髪と、血を垂らしたかのような紅い瞳。
柔らかそうな唇から伸びる鋭い牙。
翼の生えた少女はステルス戦闘機の横に追随するような形で飛行する。
「この、化け物め!……っと言って取り乱すと思ったか?は迷わず撃つぜ」
男は曲芸飛行染みた巧みな舵捌きにより、一瞬だけ射程に入ったターゲットに対して正確にミサイルを発射する。
完全に手動によるミサイルの発射、それは男もまた化け物染みた操縦能力を有していることに他ならない。
『へぇ……』
少女は迫り来るミサイルに対して、あろうことか拳を握りしめると、
殴り飛ばした。
「馬鹿かあいつ」
直後、先端が大きく潰れたミサイルは爆発。
至近距離で爆風が生じる。
現在の巡航速度は音速を優に超えるスーパークルーズ中ゆえ、発生した爆風は一瞬で遥か後方へと置き去りにされた。
が、機体の横には平然とした顔で飛行する少女がいた。
「化け物が。鳥人間コンテストで優勝できるぜこりゃ」
男は、静かに死を覚悟した。
そして、機体の安全装置を解除する。
今の肉体ならば、人間の限界を超えて飛べるだろう。
「ただでは死んではやらないぜぇ、お嬢ちゃん」
『あは、あはははははははははは』
枷を解かれた戦闘機が、黒い翼と共に飛ぶ。
果てなき無窮の空には笑い声が遠くまで木霊していた。
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