第11話
俺達は屋上を後にし、マンション内に入る。
「俺が見張っとくから、皆休んでて大丈夫だ」
引き留めようとする佐藤さん達を無理矢理送り出す。
電気は使えないようなので、敵が来たらドアを叩いて報せる手筈になっている。
それぞれ住人が居なくなった最上階の部屋で休んでもらう。
暇つぶしがてら、空き部屋を巡り非常食や武器になりそうな物を探しておく。
俺達が持ってきた食料は、少しでも涼しい場所を探した結果、マンションの地下室に置いておいた。
何事も無く、時は経っていく。
3時間が経過。
そろそろ茂呂さんを起こしに行こうと思っていた矢先、それが起こった。
遥か上空に描かれていた危険性を示す赤い線が突如折れ曲り、急転直下、俺達がいるこのマンションへと軌道を変えたのだ。
赤い線は俺を嘲笑うかのように、マンションの敷地内へと注がれている。
「なっ!?」
冷や汗が噴き出す。
慌てて皆が休む部屋を回り、同行してもらって屋上へと向かう。
屋上へ着くなり、茂呂さんを叩き起こす。
「茂呂さん!危険です!」
「んあ?よく寝た。オレは危険は感じないが──」
と、茂呂さんが零した時、赤い線が収束するのが見えた。
来る。何かが来る。
「『ハイドアンドシーク』!隠密スキルを皆にも有効にするから、俺の体に触れていてくれ!」
皆が不安そうに俺の体に触れる。
刹那、空から何かが猛スピードで墜ちてきた。
圧縮熱により真っ赤に燃え上がった物体が、隕石の如き残像を残しながら、マンションの敷地内へと轟音と共に着弾した。
アスファルトを深々と砕き、大量の粉塵を巻き上げる。
土煙が風に流され、視界が明瞭になっていく。
まだ煙が立ち昇る巨大なクレーターの中心には、黒い翼の少女が立っていた。
「あはっ」
黒い翼の少女が艶やかな声を漏らす。
俺たちは必死で身を隠している為、その顔を窺い知ることはできないが、恐らくは笑っている。
危険性は赤を通り越し、底なしの黒。
彼女の周りは暗黒で塗り潰されていた。
恐らくその強さは、あれ程強敵に思えた赤いゴブリンさえも遥かに凌駕し、比にならないだろう。
絶望の体現者。
見つかれば、殺される。
心音が早鐘のごとく鳴り響く。
「あれれー?おっかしいなー」
遥か下から少女の鈴を転がしたような声が微かに聴こえる。
黒い翼の少女は、建物の一階入り口付近を探しており、俺たちは見つかっては居ないようだ。
このまま屋上に居ればやり過ごせるだろう。
「うーん?ここには居ないのかなぁ……」
「……別の建物を探そっか」
つまらなそうな様子の少女は、すでにマンションには興味を失った様子だ。
危なかった。
あの危険性、見つかれば死は避けられなかっただろう。
あとは息を殺して、黒翼の少女が去るのを待つ。
……
「みぃつけた」
瞬きの間に、目前に赤い瞳が現れた。
戦慄、恐怖、絶望。
死人のように白い肌の少女が、俺の顔を覗き込んでいる。
精緻な造形の人形の如く異様に整った顔は、釣り上がった口角により歪む。
三日月のような笑みを孕んだ口からは、鋭利でギザギザの牙が見え隠れする。
そんな現実離れした美しさの少女が放つ
フリルが沢山あしらわれた黒いゴスロリ風の服を風にたなびかせ、嬉しそうな声音で少女が呟いた。
「ごめんねー、ボクには半端な隠密スキルは効かないんだ。君達が慌てて隠れている様が、とっても可愛くて」
全員、動けない。
汗が滝のように流れる。
「この中で一番強いのは……、体の大きなお兄さん、かな?一緒に遊ぼうよ」
黒翼の少女は茂呂さんに対して、甘い猫なで声で囁いた。
茂呂さんは眉間に皺を寄せ、覚悟を決めたように強く弓を握り締める。
「他の人は邪魔にならないよう、ちょっと寝ててね」
突如赤い線が少女を中心として、放射線状に伸びる。
その行く先は、俺と佐藤さん、吉良さん、真理亞さんの顎部の辺り。
「伏せて!」
叫ぶと同時に、手に持つ槍で赤い線の軌道を阻もうとするも、赤い線は槍の柄を容易く貫通して俺まで届いている。
防げない。
思考するより前に、足の力を抜き、座り込むようにして体勢を低くする。
間を置かず頭上を不可視の何かが通り抜ける。
他の皆も地に伏せるようにして回避に成功したようだ。
「死なない程度にしておいたとはいえ、まさか避けられるなんて……」
「──君、視えてる?」
少女の意識が俺に向いた。
その瞬間、茂呂さんが引き絞った弓矢を放つ。
完全なる死角からの一矢に対して、少女の翼が形を歪に歪め、少女を守るように半球形の膜となって背中を覆う。
矢は半球形と化した黒い翼とかち合うと、金属音のような甲高い音が響いた。
少女は茂呂さんの方には一瞥すらくれず、俺の目をじっと見ている。
少女の瞳が濃い危険色に染まるのを目視した。
「奴の目を見るな!」
そう叫び、俺は視線を少し下げて少女の首の辺りを睨む。
少女は少しむっとしたように頬を膨らませると、一息付いて話し始める。
「むぅ、これも防げるの?それなら一応挨拶をしておこうかな。」
「ボクはこの世界を支配する為に召喚された十三使徒が一柱、始祖の吸血鬼アクラリム・カルンスタイン。以後、お見知り置きを、ってね」
「十三、使徒……?」
「そ。本来は海の向こうのユナイテッドなんとかって国の担当だったんだけど、まさかあんなに短時間で滅んじゃうとはね。この世界で一番手強いって聞いてたから、せっかく使徒の半数が集結してたのにー!」
「……ッ」
「じゃあ自己紹介も済んだことだし、とりあえずしんでみよっか」
今までに無い位の強烈な危険性の視認。
少女の右腕からおぞましい程赤黒い危険領域が、俺の心臓付近目掛けて伸びているのを目視。
咄嗟に、腕を十字にクロスさせ、防御の姿勢を見せる。
いや、無駄だろう。
赤黒い危険領域はその防御した両腕すら無視して俺の心の臓まで到達しているのだから。
が、突如赤黒い危険領域が霧散する。
目の前のアクラリムと名乗った少女が攻撃を辞めたのだ。
「あはは、君、なぁに?どうしてボクが攻撃する場所が分かるの?直感?経験?それとも戦闘センス?」
「いや……、ボクのスキルで直感は無効化するし、さほど経験を積んでいるようには見えないなぁ。ひょっとして、レアスキル?なになに教えて教えて。」
「“ コレ”はどう見える?」
刹那、幾重にも幾重にも重なった赤黒い線が
下から右から左から上から至る所から俺を串刺しにするように、少女の背面から伸びている。
「ッ!?」
唯一の安全地帯は──、
地を蹴り、無我夢中で急加速。
少女の目前、体が触れ合いそうなほど至近距離まで躍り出る。
同時に、アクラリムの背面の翼が形を変え、数百の棘となって数瞬前まで俺が居た場所を串刺しにした。
吐息がかかりそうな程に近い距離。
すぐ後ろは文字通り針のむしろとなっており、動けない。
「くっ……」
移動可能かつ危険でない場所はここしか無かった。
とはいえ、これは死んだか。
少女の氷のように冷たい手のひらが、俺の頬に置かれると、さするように撫でられた。
背筋が冷たくなる。
まさに命を握られている。
「うーん、未来予知、かな?もう少し強かったら戦いたかったけど、今じゃあ戦いにならないなぁ」
少女は若干の思考の後、何かを思い付いたかのように手を叩く。
「そだ、それじゃあ君のこと殺すから、必死で抵抗してよ。ボク、人間が最期の最期にあげる悲鳴が、たまらなく堪らなくたまらなく愛おしいんだ。えへへへ……」
実力差がありすぎて逃げることは不可能だ。
そして、何があろうと俺だけは逃してくれそうにない。
ならば……
「頼みがある」
「へぇ、なぁに」
少なからず興味を持っているようだ。
交渉の余地はある。
「俺のことは殺して良いから、他の奴らは助けてくれないか」
少女は俺の頼みを聴くと、いじわるそうに微笑む。
「ダーメ。ボクにメリット無いし」
「必死で抵抗して欲しいんだろ?見逃してくれないのなら、無抵抗で死ぬ」
「むぅ」
……
少女はしばらく考え込んだ後、吹き出してカラカラと笑う。
「あはは、いいよ。気に入った。気に入ったよ。キミ、莫迦だね。おもしろい。好き、殺す。君の魂の最期の煌めきを見せて」
「仲間を見逃してくれるんだな」
「うん。あ、ほかのみんなは動かないでね?手が滑っちゃうかもだし」
深い闇夜を湛えたかのような翼がぐにゃぐにゃと液状に変化したかと思うと、元の翼の形へと戻っていく。
やっと密着状態から解放された。
バックステップで距離を置く。
「そだそだ、ハンデをあげよう。ボクは今から魔眼は使わない。魔法も使わない。翼も使わない。血も使わない。眷属も使わない。武器も召喚しない。スキルも使わない。解放も使わない。未来を書き換えない。……ただ、
その言葉を皮切りに、アクラリムの危険性が膨れ上がっていく。
──来る。
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