第10話
皆と別れた地点に着いた。
物陰に隠れていた佐藤さん達が姿を見せる。
「ゴブリンを捕まえてきました。ステータスを使えるようにする為に、このモンスターに槍で傷を付けてみて下さい」
「ええ、分かりました」
真理亞さんは覚悟を決めた面持ちで槍を受け取ると、ぎゅっとにぎり締め、ゴブリンの腕に傷を付ける。
「これでゴブリンにトドメを刺せば、恐らくステータスが使えるようになると思います」
「ありがとうございます。それと、息子もよろしいでしょうか」
息子の晴明くんのステータスも発現させたいようだ。
この過酷な世界で生き残る為には必要と判断したのだろう。
「真理亞さんにお任せします」
「感謝します。……晴明、これを持って。いつもは優しくあるように言っていたけど、世界は変わってしまったの。生き残る為にどうしても必要なことなの」
「うん」
槍を握る手を包み込むように支え、意識の無いゴブリンに切り傷を作る。
佐藤さんの娘さんはまだ眠っている。
もうゴブリンを生かしておく理由はない。
ゴブリンが起きる前に、槍でゴブリンにトドメを刺した。
「……行こう」
見張りが居なくなり、危険性が無くなった道の進行を再開する。
目的地は川沿いのマンションだ。
住宅街を抜け、川沿いの道に出た。
マンションは視界内に入るものの、まだ少し距離がある。
今のところ危険性は視えない。
「真理亞さん、職業は何にするか決めました?」
「迷っています。選択肢は冒険者と聖職者、それに電工職人と無辜の民です」
真理亞さんはステータス表示を見ながら、まだ職業を何にするか悩んでいるようだ。
「恐らくですが冒険者は基本的な能力を持つ職業、聖職者は回復や支援だと思います。
電工職人と無辜の民は分かりません」
「ありがとうございます。それでは、……聖職者を選択します」
職業を選択したことで、神聖で柔らかな雰囲気が真理亞さんを包む。
「……確かに、傷口を塞ぐ魔法を習得したようです。あくまでも消毒と止血程度の効果らしいので、無理はなさらないようにしてください」
「いえ、かなり助かります」
回復出来る人が居るのはありがたい。
今は病院がまともに動いているとは思えないしな。
そうこうしている内に、マンションのすぐそばまで着いた。
しかし、近くに敵が一体居るようだ。
「ちょっと待って。モンスターがいるみたい」
マンションには人の腰丈程の塀があり、その上には高めの柵が設置されている。
柵から川へは然程離れてはおらず、川と柵との間には雑草が生い茂っている。
その雑草が伸びる草むらの中に、赤い反応があった。
ちょうど頭をひょっこりと上げて、柵へと近づいていくゴブリンの姿が見えた。
危険目視によると、消え入りそうな赤。
危険性は低い。
そのゴブリンがマンションを取り囲む柵をよじ登ろうとしている。
「……倒しますか?」
「いや、あれはもう──」
言い終わらない内に、赤い線が一本、屋上から伸びる。
次の瞬間、射られた弓の矢がゴブリンの眉間を正確に射抜いていた。
矢にはワイヤーが繋がれており、動かなくなったゴブリンをするすると手繰り寄せ、屋上まで引っ張っていく。
死体を回収しているようだ。
マンションは赤く染まっていない。
屋上にいるのは恐らく人間、だと思う。
「まず俺が行く」
賭けだ。
俺は自分の危険目視スキルを信じる。
万が一射られても、危険目視スキルなら避けられるかもしれない。
「すいません!俺たちは避難してきました!マンションの中に入ってもよろしいでしょうか……!?」
誤解させないよう両手を上げて近づき、大声で尋ねる。
「おう、好きにしな!」
大きな声で返答が来た。
入っても良いようだ。
「大丈夫みたいだ。行ってみよう」
マンションを囲う柵からの入り口は一つだけだが、横転した車が置かれ、とても狭い。
更にタンスなどの家具により塞がれ、入れないようになっている。
タンスをどかせば、なんとかショッピングカートはギリギリ通れそうだ。
俺と佐藤さんでタンスを退かし、全員敷地内に入ると再度タンスにて蓋をする。
ショッピングカートは入り口のところに置いておき、中に入ることにする。
マンション内は大きな傷がいくつかあり、ここでも大きな戦闘があったと分かる。
しかし、不思議と血痕や遺体などは見つからなかった。
屋上の声の主と話をする為、階段を上っていく。
10回建てのマンションだが、エレベーターが使えないので苦労する。
階段を登りきり、屋上への扉を開けた。
屋上の大部分は太陽光パネルが設置されているものの、現在は稼働していないようだ。
太陽光パネルの一角に男の姿を認め、近づいていく。
ソーラーパネルの下で作業する男の周りには生き物の骨が散乱していた。
男は手元の作業を止めず、こちらに声をかけてきた。
「団体様のご到着だな」
先程の声の主と同じ声だ。
男の体格は良く、座り込んでいてもまるで大岩が佇んでいるようだ。
「オレは茂呂って名前のもんだ。アーチャーモロとでも呼んでくれぃ」
茂呂と名乗った男はコンパウンドボウのような弓を傍らに置き、生き物の牙を削って矢尻を作っているようだ。
辺りには大量の小骨が散乱している。
「ご許可を頂き、ありがとうございます。俺たちは拠点となる場所を探していまして……」
「ん、敬語はいらん。別にオレの物でも無いし、空いてる部屋とか好きに使え」
茂呂は坊主頭をぽりぽりと掻きながら、ぶっきらぼうにそう答えた。
強面の人相に関わらず、割と他者に寛容な人らしい。
「茂呂さん、他に生存者は?」
「住人は全員死んでた。俺はモンスターに占領されてたこのマンションを、拠点にしようと奪い返しただけだ」
一人で奪還したのか?
この茂呂という人物、相当凄いぞ。
「それは、……凄いな。その弓が武器なのか」
「ああ、フリースタイルアーチェリーっていう最近流行りのスポーツをやっててな」
近年、形式ばった弓道に反発する形で発展した自由な弓術。
アクロバティックな動きからの射撃やワイヤーを付けたフィッシングなどは動画で見たことある。
サバゲーへの進出やスコープを取り付けた遠距離射撃など、実用性重視で新しい物をどんどん取り入れるのが特徴となっている。
「そういえば、死体や血痕などが見当たりませんでしたが……」
真理亞さんが気になっていたらしい点を指摘する。
「それはこいつらが」
雨水が流れる排水溝の蓋をノックするように叩いた後、先程仕留めたゴブリンの死体を置く。
しばらくして、ぼこぼこと粘性のある赤い液体のようなものが噴き出した。
緩慢な動きでゴブリンの死体に近づくと、ゆっくりと包み込んでいく。
これは恐らく、スライムか?
危険性が希薄で気が付かなかった。
「こいつらが死体や血を溶かして骨だけにしちまった。
んで、今はモンスターの骨や牙を使って使い捨て用の矢を拵えている。
しばらく質の良い矢は手に入らなくなるだろうからな」
これ、もしかしてスライムを手懐けてしまっているのでは。
本人にその自覚が無さそうだが。
「そういえば、茂呂さんは『ステータス』のことは知っているのか?」
「ああ、あの変な数字が載ってるやつだろ。職業は弓使いにしたぜ」
ステータスのことを知っているのか。
話が早くて助かるが、一体何者なのだろう。
「ともあれ、あんた達が来てくれて助かったぜ。このままだと寝ずの番になってただろうからな」
「そういえば一人なのに見張りは大丈夫なのか?」
「ああ、広域索敵とかいう固有スキルで範囲内の敵が分かる。レベルアップごとに索敵範囲が広くなるらしいが、今は大体半径100メートル位だ」
このマンションの敷地内ほどの大きさか。
さっきのゴブリンの侵入に気付いたのは、そのスキルによるものか。
危険目視スキルを持つ俺と交互に見張りをしていれば、一定の安全マージンが確保できるかもしれない。
「俺も見張り向きの固有スキルを持っている。休憩時間をずらして、茂呂さんと俺でなるべく別々に見張るようにしよう」
「構わん。じゃ、すまんが疲れたから俺はちと寝るぜ。3時間だけ仮眠を取るから、時間が来たら起こしてくれや」
「分かった」
茂呂さんは答えると直ぐ様寝袋を引っ張り出していびきをかきはじめた。
中々図太い神経の人だ。
これくらいでないと、これからは生き残れないのかもしれない。
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