第14話

 カーテンの隙間から朝の光が射し込む。


 疲れていたのか、思ったより長く寝てしまったらしい。

 兎にも角にも時間が惜しい。


 用意しておいたリュックサックの中に、必要なものを次々と詰め込んでいく。

 食料は少な目にしておいて現地で集めるか。



 そうだ、出発前に皆に挨拶しておかねば。


 そう考えて部屋を出ると、リュックを背負った吉良さんが立っていた。


「おはようございます。えっと、確かマンションの中を一通り見て回ったんでしたね。その中にキャンプ用品などを置いてあるお部屋はありましたか?」


「おはよう。ああ、少し拝借していった方が良いかもね。でも、結構かさばりそうだったからあまり多くは持っていけないかな」


「行ってみましょう」


 連れてはいかないよ、と念を押そうとしたが、話題を逸らされてしまった。

 何か考えがあるのだろうか。



 該当の部屋へと向かう道すがら、後ろからついて来る吉良さんが話しかけてきた。


「正直なところ私も連れて行って欲しいのは山々ですが、最終的な判断は貴方にお任せしますし、私はあなたの決定に従います。ただ、私はあなたのように他人を容易くは信じられません……」


 一体何の話だろうか?


 部屋のドアを開け、中に入った。

 吉良さんが後ろ手にドアをばたんと閉める音が聞こえた。



「私は、ステータス画面は他人からは見えないのなら、可能な限り秘匿すべきだと考えています。その上で、昨日のあなたの戦いを見て、あなたにならばお教えしても大丈夫だと考えました」


 そう言ったかと思うと、吉良さんは小山のように積まれキャンプ用品の前に立つ。


「これが私の固有スキル、『収納ストレージ』です」


 そう唱えたかと思うと、吉良さんが触れた折り畳み式テントが煙のように消え去った。



「これは……!」


 世界がこうなってしまう直前、ポールシフトが起こるほんの五分前に読んでいたネット小説の中に出てきたスキル。

 もしも世界がこういう状況になった時に、あったら便利だなぁと思い浮かべていたいくつかのスキル。


 これはまさに、その内の一つ。


「アイテム収納の……固有スキル……?」


「はい。そして……『取出テイクアウト』」


 吉良さんの指には手巻き式のゼンマイ懐中時計が摘まれていた。

 そこに示された時間は、今の時間ではない。


「そして、収納されている間の時間は停止しています。これは昨日収納しておきましたが、収納した時刻から時間が一切進んでいませんでした」


 収納中の時間の停止。

 アイテム収納スキルには付いていると滅茶苦茶助かる機能だ。


 レベル上げを放棄してでも、今の内に腐りやすい生鮮食品を収納しに行きたい気持ちが一瞬湧き出た。

 が、何とか衝動を抑え込む。



「確かに、有ったらこの上なく助かるスキルだね。色々な時間を短縮出来て、レべリングの効率も上がるかもしれない……」


 くそ。

 あれだけ偉そうに連れて行かないとかほざいておいて、何を考えているんだ俺は。

 だが、なりふり構っている場合ではないのも確かだ。


 思考が手の平の上で弄ばれ、転がされているようだ。

 この子は……


「あなたに時間が無いのは承知しています。でしたら、手段は選んでいられません、……よね?勿論、私が冒険をしてみたいというのもありますが」


 吉良さんはそう言って悪戯っぽく微笑む。


 小悪魔的笑みを浮かべているこの子は、中々の策士らしい。

 最近の女子高生は想像以上にしたたかだ。


「くっ」


 苦虫を噛み潰したような呻き声を漏らし、暫しの逡巡の後、俺は言った。


「仕方ない、準備をしてきてくれ」


「もう出来てます!」


 吉良さんはくるりと回ると、背中のリュックサックを見せつけて来る。

 そもそも収納スキルがあるのなら、準備などしなくても良いのかもしれんが。


「よし、皆に挨拶してすぐ出るぞ」


「がってん承知です!」


 朗らかな笑みをたたえた吉良さんは、心なしかいつもよりテンションが高く嬉しそうにしている気がする。



 他の人は屋上にいるらしいと教えてもらったので、キャンプ用具を収納し終えた俺達は階段を登り屋上へと向かう。

 アーチャーの茂呂さんが皆に見張りのレクチャーをしているところだった。



「皆、おはよう。唐突で済まないが、俺は……、強くなるために吉良さんとモンスターを狩る旅に出ることにした。たまに立ち寄ることもあると思うが、いつ帰ってくるのかは不定期になる」


 ふと、ふんふんと腕を組んで聞いていたアーチャー茂呂さんが何かを差し出してきた。


「そう来ると思ったぜ。これはオレからの餞別だ。持ってけ」


「これは」


 茂呂さんが差し出してきたのは、大きな刃渡りのナイフと防刃ベスト、金属のプレートが内蔵された手袋、膝や肘につけるプロテクターだった。

 これは、助かる。


「いいのか?ありがとう。助かるよ」


「嬢ちゃんの分もあるぜ」


 吉良さんが付いていくことも見越してか、もう1セット準備されていた。

 本当に用意周到というか、この人はこんなになってしまった世界で全力で生き抜こうとしていたんだな。


「これは茂呂さんの元々の持ち物なのか?」


「いや。怪物が現れた時、駅前の雑居ビル地下のミリタリショップの近くに居たんでな。持てる分だけしか持って来なかったが、まだ使える物があるかもしれねぇ」


 ミリタリショップか。

 覚えておこう。



「そういえば、食料は2週間くらいは保ちますよね?」


「いや、それが……」


 言葉を濁し、言い淀む佐藤さん。

 何か有ったのか?


「それが……、3ヶ月分位は保ちそうなんだよね。食料ってあんなに持ってきたんだっけ?」


 地下の食料置き場の食料が増えているらしい。


 吉良さんの方を見ると、明後日の方向を見て知らん振りをしていた。

 昨日、スーパーマーケットにてステータスを発現した時点で、既に収納スキルを使って食料品を溜め込んでいたらしい。


 それを今日の朝、地下の食料置き場に日持ちしそうな物だけ置いてきたのだろう。

 常温で保存出来ない食品などは収納したままだと思うが。


「ああ、ええっと、昨日マンションを探索した時に、食料を沢山備蓄していた部屋があったので食料を移しておきました」


「そうだったのか。ありがとう」


 俺の返答に対して、佐藤さんは合点がいったという様子で感謝の言葉を述べる。

 吉良さんの収納スキルは果たして最大でどのくらいの量を収納しておけるのだろうか…。


 まあ、今は置いておいて。



「では、少しでもレベルを上げたいので、俺達は出発する。茂呂さん、留守をお願いします」


「ああ。オレ達もオレ達でレベルってのを上げるようにしとくさ」


「分かった。赤ゴブリンみたいな規格外のモンスターもいるかもしれないから、気を付けて」


 茂呂さんは白い歯を見せてにかりと笑った。


「佐藤さん、お気をつけて。俺、強くなるので、赤ゴブリンを倒せるようになったら、──あの場所に行きましょう」


「ああ。君達がいつでも戻って来られるよう、この場所は守るよ。怪物も頑張って倒すし、そうだ、あの吸血鬼がアスファルトを砕いたところに野菜でも植えて待ってるよ」


 遠くを見つめるように、佐藤は言った。

 きっと奥さんのことを思い浮かべているのだろう。


「真理亞さん、お気を付けて」


「ありがとうございます。私は屋上の太陽光発電が復旧できないか調べてみます。軽く拝見したところ、パワコンが駄目になっているようなので難しいかもしれませんが…」


 真理亞さんは顎に指を当てて考え込んでいる。

 電気が使えるようになれば有難いが、現状難しいそうだ。


「じゃあ、皆んなどうか無事で」


 俺と吉良さんは皆んなにぺこりと一礼してから、屋上を後にした。



 地上に降り、砕けて散乱するアスファルトと瓦礫を踏み分けながら早足で歩いていく。


 絶対に強くなってやる。

 どんな困難にも、立ち向かえるように。

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