第15話

「どこへ行くのかは決まってますか?」


 マンションを出発して5分。

 秋の心地よい風に髪を弄ばれながら、吉良さんが尋ねてきた。


「俺のスキルでモンスターの位置は分かるから、俺達でも何とかなりそうなモンスターのところへ行く。途中使えそうなものがあったら収納をお願い」


 今まではこの力の全てを敵と遭遇しない為に使ってきた。

 だが、この能力の真価は危険を回避することではなく、乗り越えることが出来る危険を選び、少しずつ大きな危険に挑むことができるという点にあるのではないだろうか。


 敵の居場所がわかるということは、避けることもできるし、ことも出来るんだ。


 あえて危険に向かうこと。

 それも可能なのが危険目視スキルの強みでもある。


 それに、危険性によりモンスターの位置が分かるのなら、高効率でレベリングが可能となる。


 索敵と戦闘に使える、考えてみればかなりチートな固有スキルなのかもしれない。



「このまま歩いていくと、反応からしてゴブリンらしきモンスターが1体だけいる。危険性は低いから経験値になってもらおう」


「分かりました。それでは、戦闘の時に使うハンドサインなどを決めておきましょう」


 吉良さんから戦闘で使えそうなハンドサインをピックアップしてもらい、いくつか教えてもらった。

 昔ネットで見て覚えておいた実用的なものだそうだ。


 モンスターへと向かう道すがら、ハンドサインを頭に叩き込んでいく。

 今のように俺達のレベルが低い内は、群れからはぐれた個体を狙って狩ろう。


 今更だが、危険目視スキルのおかげで敵の奇襲を回避できるし、逆に奇襲を仕掛けることで仲間を呼ばれる前に倒せている。

 これはかなり大きな恩恵だと、我ながら思う。

 何かしらの索敵手段を持たないパーティで冒険しようものなら、奇襲をかけられてあっという間に全滅してしまうかもしれないのだから。


 ……


 途中の荒らされたコンビニで食料と飲料の収納を挟みつつ、モンスターが潜むエリアまで来た。

 どうやら、荒れた民家の一つを根城にしているようだ。


 視界は良好。

 該当のゴブリン以外に危険性の反応は見えない。


 一瞬赤ゴブリンに探知されることを懸念したが、あの時は視界が赤く染まっていた。

 恐らくだが、赤ゴブリンの仲間が殺されたことを探知するスキルの有効範囲はそこまで広くはないのかもしれない。


「他に危険はない。行こう」


 俺はナイフを、吉良さんは昨日まで槍のパーツにしていた物干し竿を持つ。

 見たところ玄関ドアが開けたままになっているので、そこから二人で侵入する。


 短い目配をして、なるべく音を立てずに家屋の中に入っていく。


 静かに、されど確実に開戦の口火は切られた。



 標的は二階にいる。

 抜き足差し足、ゆっくり呼吸をしながら階段を踏みしめていく。


 つい昨日、死線を彷徨ったばかりだが、それでも戦いはまだ怖い。

 怖いものは怖いのだ。


 沈黙と共に階段を登り切り、小さく息をつくと目的地はすぐそこだ。

 二階のとある一室の扉の前、モンスターがいると思しき部屋の前で立ち止まった。


 危険目視スキルを用いて、相手の視線がこちら側から離れるタイミングを慎重に探る。



 ……



 今だ。

 後ろの吉良さんに突撃のハンドサインを送ると同時に、ドアを開け放ち部屋の中へと侵入する。


 中にはゴブリンが一体。

 窓から外を警戒していたのか、その手には簡素な投石紐が握られている。

 モンスターは突然の来訪者に驚いたのか、瞠目して間抜け面をしている。


 チャンスだ。

 俺はナイフを突き出してゴブリンへと駆ける。

 ゴブリンはこの状況で投石器は使えないと踏んだのか、手に持つそれを打ち捨て、爪による引っ掻きを繰り出そうとする。


 が、先に仕掛けた者の恩恵か、ゴブリンの攻撃よりも速くナイフが閃く。

 ゴブリンの腕には深い切り傷が刻まれた。


 痛みに怯んだゴブリンに対して、俺の後ろからするりと伸びてきた物干し竿による突きが放たれる。

 吉良さんだ。


 その攻撃をよろけながらも何とか避けたゴブリンへと、ナイフによる追撃を行う。

 突き、刺し、穿つ。


 短い断末魔を伴い、ゴブリンは動かなくなった。



 ……よし、問題なく勝てたようだ。



 緊張が解けたことで、どっと疲労感が押し寄せる。


「お疲れ様です」


「お疲れ様。次も油断なく行こう」


「そうですね。……あっ、このモンスターが持っていた投石器スリング、使えそうじゃないですか?」


 吉良さんが拾いあげたのは、紐と皮布を用いて作られた投石器であった。

 長毛な生き物の毛で編み込まれた紐と、手の平大の鞣された皮で作られており、中々丈夫そうだ。


「前に調べたことがあるのですが、使い方はとても単純です。二本ある内の紐の一本を指に巻き、もう一本の紐は指で摘むように固定します。そうしたら皮のところに石などを置いて振り回し、充分に加速したら紐を摘んでいる指を放すことで慣性により石が飛ぶようになっています」


 仕組みはシンプルだが、威力は高いそうだ。

 頑丈な鎧を貫通した記録もあるという。


 吉良さんの豊富な知識の量には驚かされる。


 弓矢と違い、そこら辺に落ちている石でも弾として使うことができるのは利点だ。

 勿論、加工してある専用の弾丸の方が命中率や威力が大きいのだろうが。


「吉良さんが使っていいよ」


「ええっと、当てられるか自信有りません」


「使ってる内にきっと上手くなる。俺はスキルで弾道が分かるから、どこに飛ばしても当たらないし、牽制目的で後ろからガンガン飛ばしてくれて問題ない」


「そうですか……それなら使ってみます」


 吉良さんは投石器を指の先に巻いて装備した。

 後衛職の吉良さんには遠距離攻撃の手段があった方がいいだろう。


 ゴブリンが持っていたいくつかの石ころを収納し、その場を離れる。


 さて、次だ。



 ◇ ◇ ◇



「もうちょい右、気持ち下。……良いよ」


 合図と共に吉良さんの投石器から石が放たれる。

 石つぶての弾丸は、危険目視で見た赤い軌跡をなぞるようにして、目標のゴブリンの頭に着弾。

 撃ち抜いた。



 時刻は昼過ぎ。

 あれから更に4体のゴブリンを討伐した。


 途中、俺のレベルは3に、吉良さんのレベルは2に上がっていた。



 そして、今回は吉良さんの投石器を用いて、危険目視スキルで軌道修正しながら獲物を仕留めた。


 これは、使える……!

 危険目視スキルは射出物の軌道が見えるから、サポートすることで精密射撃を行うことができるのだ。



「危険性が消えた。どうやら仕留めたらしい」


「ふぅ、お疲れ様です」


 午前中は倒したゴブリンの所持品などを回収しながら、モンスターの群れは避けて町中を散策してきた。

 ケースバイケースで近接戦を挑むこともあるし、今回のように狙撃だけで済む場合もある。


 どちらにせよ今は群れからはぐれた個体を狙っている為、効率はそこまで良い訳ではないかもしれない。

 あと1レベル上がったら、2体か3体でまとまっているゴブリンを狙うか。


「よし、ごはんにしよっか」


「分かりました」


 念のために目立たない物陰に移動し、壁を背に座り込んで一息つく。

 吉良さんが食料品を取り出している間にステータスを見ておこう。


「『ステータス』」



 Lv.3

 名前:オノ ユウジ

 職業:隠者

 生命力:14/14

 精神力:11/11

 筋力:14

 魔力:4

 敏捷:18(−4)

 耐久:11(+38)

 抗魔:6

 ◯状態異常

 邪薔薇の血呪

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)

 ◯スキル

 順応性2.1 直感1.6 隠密1.7 不意打ち0.9 潜伏0.9 隠蔽工作0.6 槍術0.8 鈍器0.5 棒術0.4 短剣0.9

 ◯固有スキル

 危険目視

 英雄の資格0.5



 茂呂さんから貰った防具のお陰で耐久が大幅に加算されている半面、敏捷値が少し下がっているようだ。

 確かに重みで若干走りにくくはあるかもしれないが、これから筋力のステータスが向上していけば問題ないだろう。



 俺は面倒なので防具は付けっ放しだが、吉良さんは戦闘時以外は収納スキルにより防具をしまい込んでいる。

 体に触れていれば収納可能で、取り出す時も体に触れる形ならばある程度融通が効くらしい。

 それを利用し、吉良さんは瞬時に防具の着脱が可能になっているようだ。


 正直羨ましい。


 俺の固有スキルの効果により不意打ちを食らうことが無いのだから、防具を仕舞うのは有りだろう。



 ちなみに昨日ハイドアンドシークで消耗していた精神力が全回復している。

 精神力は睡眠や休息によって回復するらしい。



「用意が出来ましたー」


 昼食の用意が出来たようだ。

 ステータスの表示を消して、吉良さんが用意してくれた卓に着く。



 もっともっと、強くならねば。

 と、誓いながら。

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