第13話
ずぐりと嫌な音を立て、俺の胸部に楔の如く突き刺さった五本の指が奥へ奥へと食い込んでいく。
じわりと血が滲むが、その血はアクラリムの白い指がスポンジの如く吸い込んでいく。
痛みにより、まともに呼吸ができない。
叫んでしまいたかったが声すら出ない。
想像を絶する激痛に、頭が真っ白になる。
思考が霞む。
視界が歪む。
「今、君の心に触れているよ」
指を更に深く食い込ませ、アクラリムの細く美しい指が俺の心臓に触れているのが分かる、分かってしまう。
心臓が身震いするように脈打つ。
アクラリムの五指はそのまま心臓を覆うように、ゆっくりと俺の心の臓を掴んだ。
文字通り、命を握られている。
全身に力が入らない。
強く握りしめていたはずの包丁が、手からこぼれ落ちた。
「君の負けだよ。生殺与奪権はボクが握っている」
「……、…あ…、ぁ…」
振り絞っても、掠れた声しか出ない。
完全なる敗北。
その時、一本の赤い線が、皆がいる後方から浮かび上がる。
アーチャーの茂呂さんが俺を助けるべく矢を放とうとしているらしい。
お願いだ、やめてくれ。
この化け物を怒らせてしまったら、皆が殺されてしまうかもしれない。
「……、……!」
声がでない。
「君達は、この子の覚悟を無駄にするのかい?」
抑揚の無い呟きのような一言だった。
怒気を孕んでいる訳でもなく、殺意が篭っている訳でもないアクラリムの言葉、それ故に場の空気が凍る。
「……少し痛むよ?」
アクラリムの突然の問い掛けを皮切りに、心臓部に激痛が走る。
「────ッ!?!!?」
声にならない叫び、痛覚の許容量を超えた痛みはのたうち回ることすら許されない。
「君に呪いを与えよう『──────』!」
奴が何かを唱えた気がしたが、心臓に煮えたぎった鉄を流し込まれたかのような激痛が、聴覚を遮断する。
心臓が暴れる。
痛い、熱い。
その痛みを伴う熱さは心臓の脈動と血液の流れと共に、全身へと回っていく。
体が激痛に蝕まれる。
耐え難い痛みに、肉体は意識を手放した。
……
「おきてー!」
頬をぺしぺしと叩かれる。
体が怠い。
目を開くのも億劫だ。
すでに痛みはない
が、思考が上手く働かない。
俺は、まだ生きてはいるらしい。
ゆっくりと重い瞼を持ち上げる。
目を開いてすぐに飛び込んできた吸血鬼アクラリムの顔を見て、一気に意識が覚醒する。
「う、うわああああ!?」
声は出る。
体も何とか動く。
目を見開いて咄嗟に距離を取ろうとしたが、叶わない。
少女は仰向けに寝かされた俺の上に馬乗りになっている。
「君に呪いを掛けたよ」
「呪い……?」
馬乗りになられているので、仕方なく首だけ持ち上げて自分の体を確認する。
上着が剥ぎ取られ、上半身には何も身に付けていない状態だった。
「傷が、無い……?」
戦闘で付いた傷が消えている。
胸に刺された五本指の跡も、横一文字に浅く切られた跡も残っていない。
代わりに、左胸の心臓の真上辺りに3桁の数字が赤い字で刻印されている。
「タイムリミットまでに君がボクを殺せなければ君はお終い。そういう呪い。怪我はサービスで治したよ」
左胸に刻まれた数字は、666と書かれている。
恐らくはこの数学がゼロになるまでに俺がこいつを殺せなければ、呪いとやらが発動するのだろう。
「君が強くなって、強敵としてボクの前に立ちはだかることを願っているよ。ちなみに殺すって言ったのは、君に本気で戦って欲しかったからだよ。……弱っちかったら本当に殺してたかもだけど」
最後に恐ろしげなことを呟いたが、とにかく今は見逃してくれるらしい。
そういえば戦い始める前に「もう少し強かったら戦いたかったけど、今じゃあ戦いにならない」とか言っていたな。
話が出来るのなら聴いておきたいことがあった。
「お前らは……一体何なんだ?何故人を襲う?」
「んー、ボクらは別の世界から、この世界を支配……いや、滅ぼすために送られて来たんだ。ボクらの世界のお偉いさんからの命令でね」
世界を滅ぼすため……?
「人を襲うのはお偉いさんからそう厳命されているからだよ。元から人を襲う性質のモンスターもいるけどね。知能が低すぎるモンスターはその命令すら忘れて、気ままに過ごしているみたいだけど」
お偉いさんとやらはまだ別の世界にいて、こちらの世界には来ていないのか。
根源を断つのなら、いずれこいつの世界にいるという指導者を倒さねばならないのかもしれない。
でもそれは今の人類には厳しく、果てしなく険しい道のりだろう。
アクラリムの奴は今のところ機嫌が良さそうに見えるが、何がきっかけでまた殺し合いが始まるか分からない。
その腹の内は暴力に彩られた化け物なのだから。
こういうタイプは自分の興味の無いことをつらつら訊ねられると、唐突に機嫌を損ねかねない。
こいつ自身についても聞いておこう。
「……お前はどうして俺を生かした?」
「うーん、ボク個人としては強敵と戦いたいから、強くなりそうな人間が居たら見逃してあげよっかなって。それに血液が主食の吸血鬼にとって、人間は金の卵を産むガチョウなんだ。だから本当はあまり殺したくはないのだけど、今回はお偉いさんからの命令だからね」
こいつらも一枚岩という訳ではないらしい。
というか、こいつ結構お喋りな奴なのでは。
こいつを主軸に据えて質問していけば、もう少し情報が得られるかもしれない。
「お前はその命令に従わなくても大丈夫なのか?」
「ボクの主様と命令してきたお偉いさんは別の人だから、報復されてもそれを跳ね除けられるだけの強さが有れば問題ないよ。主様は現地での判断はボクに一任してくれているしね。ボクの主様は人間のことを…いや、一応上に立つ者の立場があるから、最低限の義理としてボクをこの世界に派遣したみたい。……情報はこれくらいで良いかな?」
こいつ、意図的に話したのか。
目的が分からない。
アクラリムは俺の上から退くと、屈伸運動を行う。
「さて、これで君は“資格”を得た。また会おうね」
短い別れの挨拶と共に、僅かに膝を曲げてしゃがんだ吸血鬼は恐るべき脚力で跳躍し、一瞬で視界から消え去った。
次に会う時はきっと殺し合いになるだろう。
──生きてる。
仰向けの姿勢のまま脱力し、星が現れ始めた空を見上げる。
実感がないが、俺は生き延びることができたらしい。
「大丈夫か!?」
荒げた声を皮切りに仲間たちが駆け寄ってくる。
心労と疲労から眠ってしまいたかったが、仲間の無事を確かめる為に上体を起こした。
「……ああ。なんとか」
「無事で良かったよ」
皆も大丈夫なようだ。
アクラリムに掛けられた呪いのリミットは、奴との力量差を鑑みると圧倒的に少ない。
要するに時間が足りない。
それに、俺は奴にマークされている可能性がある。
いつまた襲われるか分からない以上、皆から離れて一人でレベリングした方が良いかもしれない。
「みんな、俺さ、強くならないといけないみたいだ。だから明日からは一人で動こうと思う」
「それは……」
佐藤さんが不安気な様子で何かを言いかける。
だが、俺の隠密に特化したスキルは身を隠しながら一人で戦うのに向いている。
今現在レベルを上げるのならば一番効率が良いのはソロだ。
「オレァ良いと思うぜ」
坊主頭を掻きながら、茂呂さんが賛成してくれる。
少なくともレベリングは絶対に必要なので、どういう形であれ、ここを出てモンスターを狩りに行くつもりだ。
「たまに食料などを届けに戻ってくるかもしれないが、俺のことは居ない者と思ってくれて構わない。すまないが、正直かなり余裕がない状況だ」
「そうだね。君が決めたことなら、僕らは反対しないよ。とりあえず今日はゆっくり休もう」
佐藤さんも賛同を示してくれる。
確かに、疲れているので早く寝てしまいたかった。
「まぁ、気にせず疲れたら戻ってこいや。帰ってこられる場所があるってのは、ありがてぇもんさ。
有り難い言葉だ。
それに茂呂さんが守ってくれるのなら心強い。
「あの、私も付いて行って大丈夫ですか?」
「いや、結構無茶するつもりだから、やめた方が良いと思うけど……」
吉良さんだけが付いてきたそうにしていたが、やんわりと断っておいた。
まだ諦め切れない様子だが、危険な目にあわせる訳にはいかない。
レベルを……、レベルを上げなければ。
何としてでも生き延びてやる。
「『ステータス』」
休息の為に適当な部屋に入った俺は、ベッドに横たわりながらステータスを確認しておく。
Lv.2
名前:オノ ユウジ
職業:隠者
生命力:11/13
精神力:1/10
筋力:12
魔力:3
敏捷:16
耐久:10(+5)
抗魔:5
◯状態異常
邪薔薇の血呪 貧血(軽)
◯魔法
ハイドアンドシーク(5)
◯スキル
順応性2.1 直感1.5 隠密1.5 不意打ち0.6 潜伏0.7 隠蔽工作0.5 槍術0.8 鈍器0.5 棒術0.4 短剣0.5
◯固有スキル
危険目視
英雄の資格0.5
格上の相手と戦ってもレベルが上がる訳ではないか。
経験値は相手を倒した時のみに入るようだ。
新たに状態異常という項目が出現し、呪いと貧血に掛かっていることを表示している。
あとは使用したスキルのいくつかの数値が伸びているくらいか。
そう思ったが、最後の項目が目に留まる。
英雄の、資格……?
アクラリムが言っていた“資格”とはこのことだろうか。
考えを巡らそうとしたが、眠気で頭が働かない。
今は、寝よう──……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます