第36話
数十分で周囲一帯のゴブリンの殲滅が完了した。
念の為危険目視スキルにより念入りに確認するが、ゴブリンの気配は無し。
それにしても吉良さんのガンドという魔法はかなり使えそうに思えた。
弱いゴブリンとはいえ、直撃した相手は危険性がごっそりと削られていたのを見るに、生命力を根こそぎ刈り取っていたのだろう。
恐らくは相手の魔力抵抗が低ければ低い程生命力を削れるのだと思われた。
技の出も速く、危険目視スキルが無ければステータスを敏捷特化にしないと避けるのが難しそうだ。
「安全が確保できたし、一旦佐藤さん達がいるマンションに戻ろうか」
「そうですね。その方が良いと思います」
モンスターが現れた日、サラリーマンの佐藤さん達とここへ来て亡くなった奥さんのことを弔えないまま赤ゴブリンから逃げてきたんだもんな。
あれだけ強かった赤ゴブリンを倒せる日がこんなに早く来るとは思ってもみなかった。
「ねーねー、キミの足の速さを活かしてさぁ、おんぶしてよおんぶ!」
アクラリムがそんなことを言い出したが、確かに今の俺の脚力ならば2人を抱えて行った方が速そうだ。
吉良さんの方はどう考えてるのだろうかと思い、吉良さんの方をちらりと見る。
「アクラリムさんがおんぶということは……私は、……抱っこということですか?」
抱っことおんぶ、うーん。
「前と後ろに抱えたり背負ったりしたら走りにくそうだな。両肩で抱える形の方が走りやすいかも」
右肩と左肩に2人を抱えて走れば足の動きが阻害されなそうだし。
「荷物扱い……」
吉良さんは何故か遠い目をしていた。
筋力と敏捷に4:4で振り分けてある今の筋力値と敏捷値は共に98。
素の人間の大体10倍だが、そのまま10倍の速さで走れる訳では無いらしい。
とはいえかなり速い速度で走れる。
2人を両肩に抱えながらでも、車で走るのと大差がないように感じる。
走行中は道路のひび割れや細かな凹凸すらはっきりと見えることから、敏捷値は素早く動く能力よりも動体視力の恩恵の方が強いのかもしれない。
ものの数分程でマンションへと辿り着いたので、一時停止する。
屋上の方を見れば、アーチャーの茂呂さんの坊主頭が見えた。
「おう!お前らか。何か知らんが敵かと思っちまったぜ!」
そういえば茂呂さんは広域索敵みたいな固有スキル有るんだっけか。
多分人間体のアクラリムが微妙に引っかかってしまったのだろう。
「無事で帰って来れて良かったねぇ」
そう言いながら佐藤さん達が出迎えてくれた。
「ええ、良かったです。今回戻ってきたのはお話がありまして……」
そうして俺は佐藤さんのアパート付近に巣食っていたゴブリンを粗方倒したことを伝える。
「なるほど……。それじゃあ、もう一度あの場所へお願いできるかな?」
「勿論です」
「ところでその子は?」
不味い。
佐藤さんがアクラリムを見ながら聞いてきた。
「天が呼ぶ!地が呼ぶ!チカラこぶ!アク──」
素早くアクラリムの口を手で塞ぐ。
「この子は何かショックなことがあったらしく記憶が混乱してるみたいで……。それなりに戦えるので一緒に行動しています」
口を抑えた手のひらをべろべろと舐めてくるアクラリムにアイアンクローを決めながら、なんとか誤魔化す。
「それは大変だったね。娘も連れて行って大丈夫だろうか」
「はい。大丈夫です」
必要になりそうな道具を持ち、佐藤さんとその娘さんを連れてすぐに出発することにした。
目的地までは最短距離で突き進む。
今ならばゴブリンが何体か出てきたとしてももはや敵ではないだろう。
娘さんを背負う佐藤さんのスペースに合わせ、着実に進んでいく。
目的地までは一時間程で辿り着き、佐藤さんは待ちきれないとばかりに扉を開けて中へと入っていった。
押入れの中に横たえられていた佐藤さんの奥さんの遺体は服と骨だけになっている。
恐らくはスライムがどこからか侵入して肉を溶かし、骨だけにしてしまったのだろう。
佐藤さんは指輪の付いた手の骨の上に掌を重ね、堪えきれず嗚咽を漏らす。
今はそっとしておいてあげるべきだ。
外に出て、吉良さんとアクラリムと一緒に今後のことを話し合う。
「この後、佐藤さんをマンションまで送り届けた後はどうする?」
「当面は強くなることを最優先にした方が良さそうですよね」
「じゃあさじゃあさー、近くの強い奴ら順番にぶっ殺していこうよ!」
蛮族か?
「強い奴って銃とか効かないような連中だろ?勝てるのか?」
「確実に勝てる勝負だけしてたら強くなれないぜぇー?」
それはそうか。
最終的には自分より強い相手と戦わなきゃならないからな。
「強いモンスターって強い人間や強い武器があるところに出現したんだっけか」
銃を携帯していることが多い警察とか自衛隊の基地とかには相応に強いモンスターが現れたはずだ。
後で高いところにでも登って危険目視スキルで強いモンスターを探すか。
「事前準備はしっかりとしておきたいですね」
と、吉良さん。
そうだな。
心構えと戦略の準備はしておきたい。
その後、遺骨を抱えた佐藤さんを送り届け、皆に別れを告げる。
当面の目標だった赤ゴブリンが倒せたので次にいつここへ戻るかは分からない。
吉良さんとアクラリムを両肩で抱えながら、佐藤さん達を置いてきたマンションの屋上から街を見回した時に発見した強敵の元へと走る。
「……んで、町の警察署に向かってる訳だけど、どんなモンスターなんだ?」
「気配感知によると……多分オーガだね。筋力と耐久に優れた肉体を持ち、魔法も駆使する怪物だよ」
魔法も使ってくるのか。
今まで戦ってきたモンスターは肉弾戦一辺倒だったから厄介だな。
警察署を根城にしているってことは拳銃では倒せなかったのだろう。
肉体の耐久力がかなり高そうだ。
「そろそろ近いから降りてくれ」
「はい」
しゃがんで2人を降ろし、吉良さんに武器と防具を出してもらう。
危険目視スキルによると濃い赤の反応が2つ。
「2体居るな」
「居るね。一体はボクが足止めしとくから、キミときらりんでもう一体を倒してよ」
「分かった」
気配を殺して建物内へと侵入する。
相手は建物内で1番広い吹き抜けの空間に陣取っているようだ。
危険目視スキルを用いて相手の索敵範囲を確認しながらギリギリまで接近する。
荒れに荒れた室内の中、2体の鬼のような怪物が退屈そうに寝っ転がっている。
巨体に思えたオークより更に一回り大きな巨躯は体長5メートルはあるだろうか。
全身を分厚い脂肪で覆われていたオークと違うのは、オーガは全身が筋肉の塊のような印象を受けた。
体表を覆う表皮も硬質そうな見た目であり、生半可な攻撃では通らないかもしれない。
吉良さんから重金属の塊を出して貰いそれを握りしめる。
吉良さんも投石器に刺激物の入ったカプセルをセットして構える。
(『再分配』、筋力耐久9:1。『ステータス』)
なるべく静かに口の中だけで声を発する。
ステータス値を筋力に集中し、用いられる腕力の反動に備えて耐久にも1割程割り振っておく。
Lv.21
名前:オノ ユウジ
職業:英雄
生命力:54/54
精神力:44/44
筋力:216
魔力:1
敏捷:1
耐久:25(+38)
抗魔:1
+状態異常 +魔法 +スキル +固有スキル
ステータスの値が筋力に偏っているのを確認し、吉良さんとアイコンタクトを交わす。
……やるぞ。
金属塊を握りしめ、振りかぶる。
100kgはくだらないであろう金属塊が程よい重さに感じる。
自分の投擲に対する危険性を強く意識することで、危険目視スキルによって投擲の軌道が描かれる。
良し、当てられるな。
限界まで引き絞った膂力を解き放つ。
金属塊は凄まじい速さでオーガの片割れの頭部に直撃し、鈍く大きな音を立てて着弾した。
(『再分配』、筋力敏捷耐久抗魔4:4:1:1!)
俺とアクラリムが物陰から躍り出て、吉良さんは投擲物を用いた牽制を行う。
超硬合金の金属棒を振りかぶりながら肉薄する。
完全なる不意打ちにより、立ち上がろうとしていた手近なオーガの頭部を力の限り殴打する。
カアアアンという甲高い金属音のような音を響かせ、金属棒が弾かれる。
硬い、硬過ぎる……。
「おいおいおい、本当に勝てるのかよこれ……」
不意打ちだというのに、相手のあまりの硬さに手が痺れている。
筋力に極振りして最初に投擲した金属塊は相手の頭に多少のダメージを与えていたようだが、金属棒による攻撃は手応えがあまりない。
(くそ、筋力が足りねぇのか?)
吉良さんによる催涙性のカプセルを用いた目潰しもほとんど効果が見られない。
スキルによる耐性だろうか。
ハンドサインを送り、投擲から攻撃魔法のガンドに切り替えてもらう。
「おっにさんコチラ♪ここまでおいで♪」
もう一体のオーガはアクラリムが上手く引き付けているようで、俺は目前の相手に集中する。
「ァアアァアアアッ!!」
オーガは歯並びの悪い牙が並ぶ大口を開いて、咆哮する。
既に臨戦態勢の敵を前に、俺は息を吐きながら武器を握り直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます