第5話

 駐車場に出ると、佐藤さんと阿部さんは自分の車にエンジンがかからないか試しているようだ。

 道路には放置された車が溢れているから、動いたとしても運転は難しいかもしれないが。


 俺は近くにいた阿部さんに声を掛けた。


「エンジン、点きそうですか?」


「いえ、無理そうです。本来、車は地磁気ぐらいでは壊れないはずなんですが……。余程ポールシフトの際に発生した磁気が強かったのか、それとも別の要因があるのかもしれません」


 考え込む様子の阿部さん。

 もしかしたら機械類に強いのかもしれない。


「阿部さん、少しお話しが」


「真理亞で結構ですよ。息子もおりますので」


 阿部さんに話しかけようとしたところ、名前呼びを許容してきた。

 阿部という苗字は晴明くん含めて二人いるから仕方ない。


「えっと、では真理亞さん。話というのはステータスのことです」


「存じています。それがあった方が、この先生き残る可能性が高くなれるのでしょう?」


「はい。なので、もし戦闘になった場合、敵を攻撃できるような状況を作るので、可能でしたらお願いしたいんです」


 真理亞さんは少し悩む素ぶりを見せるものの、晴明くんの手を大事そうに握り、すぐに首肯した。


「分かりました。こちらからもお願い致します」


 話が付いたのと同時に、佐藤さんと吉良さんが駆け寄ってくる。


「ダメだ。エンジンがかからないようだ」


「こっちもです。仕方ないので、カートを押しながら歩いて行きましょう。俺のスキルで危険な場所は分かりますので」


「ええ、そうしましょう」


 真理亞さんが頷く。

 丁度スーパーからカートを押して歩いてくる女子高生の吉良さんが見えた。


「では、佐藤さんのアパートを目指しましょうか」


 4人がそれぞれカートを押して進んでいく。

 カラカラと音が鳴るが、今の所危険目視スキルによる赤い色は見えない。


「そういえば、お二人は職業を取得したことでステータスに何か変化はありましたか?」


「戦士を選んだら、筋力と生命力という項目が2上がったかな。それ以外は1だけ上がったよ。あとは戦闘技術とかいくつかスキルが増えたよ。それと、魔法というものが一つ増えた」


「魔法、ですか?」


「うん。ええっと、アドレナルといって、精神力を5消費して発動するみたいだよ。五分の間、筋力上昇0.5・痛覚耐性0.5・呼吸安定0.5・忘我0.5を得るらしい」


 魔法。

 そんなものがあるのか。


「なるほど。戦いになったら使ってみてください」


「ああ、あと僕に敬語は使わなくても大丈夫だよ」


「……、分かった」


 佐藤さんは敬語は要らないとのことなので、了承した。



「あ、私にも敬語は大丈夫ですよ」


 と、女子高生の吉良さんが言う。


「了解。吉良さんは何か変わった?」


「えーっと、私は精神力と魔力が2増えて、残りは1ずつ増えました。あとは手品とか平常心とか収納技術とかみたいなスキルが増えています。……加えて、フォーカスとマジカルシルクハットという魔法が増えています」


 吉良さんは空中を注視するようにして答える。


「その魔法はどういう効果?」


「はい。フォーカスが、うーんと……、精神力を3消費して、自分が直前まで触れていた物に相手の視線を集めることが出来るそうです。マジカルシルクハットは精神力を2消費して不思議なシルクハットを出現させるそうです。シルクハットの効果は使用者の魔力によって変わるそうです。」


 シルクハットは未知数だが、フォーカスは使い方次第でかなり使えそうな予感がする。


「なるほど。フォーカスは敵の注意を引きたい時に使おう。あ、この道は左の方が安全です」


 現在、佐藤さんの自宅を目指してカートを押しながら歩いている。

 前衛職の佐藤さんが道案内も兼ねて先頭を歩き、俺がその後ろ。

 背後に真理亞さんと吉良さんが一応後方を警戒しながら付いてくる陣形だ。



 結構歩いたが、スキルのおかげでモンスターと遭遇はしていない。


 真理亞さんの息子さんも頑張ってついて来ていたが、疲れた様子だったので途中から俺がおんぶして移動している。

 この状況でも泣かないとは、この子は我慢強い子だな。


 やがて目印であるコンビニのセブンレイブンが見えてきた。

 7羽のカラスがトレードマークの看板は、遠くからでも視認性が良い。



 目的地はすぐそこだが、どうしても無視出来ない要素が浮上した。


 辺り一帯が危険性を知らせる赤の領域で染まっているのだ。

 特に佐藤さんのアパートが有る辺りは非常に濃い赤い色をしている。


「……俺のスキルが、目的地辺りに危険があると報せています」


「な、なんだって!?」


 俺の忠告を受け、佐藤さんが取り乱している。


 どうする。

 たとえどんなに危険だとしても、佐藤さんは行くと言うだろう。


「佐藤さんが行くのなら、俺も行くよ」


 佐藤さんに一人でも行くと言われそうな気がしたので、先んじて釘を刺しておく。



「ありがとう。……僕は、僕も行くよ」


 佐藤さんは腹をくくったらしい。


「では、吉良さんと真理亞さんはどこか安全な場所で──」


「私も、行きます」


 俺がそう言い掛けた所で、吉良さんが声をあげる。


「真理亞さんと晴明くんだけを残していく訳には……」


「私のことはお気になさらず。お役に立てそうにありませんので、息子と共にどこか安全な場所で待機しております」


 真理亞さんは晴明くんを抱き寄せ、覚悟を決めているようだ。


「……分かりました。俺のスキルによると、今のところ一番安全そうなのは、あの雑居ビルの二階です」


「ありがとうございます。ここまで無事に来られた貴方のスキルを信じております。では、皆さんお気を付けて」


「分かりました。皆、行こう」


 佐藤さんと吉良さんは無言で頷く。

 カートは物陰に隠すよう置いておき、すぐさま出発する。




 目的の佐藤さんのアパートのすぐ隣のマンションでは大きな騒動が起きていた。


 マンションには幾人かの人々が立て篭もり、下を目掛けて家電やら植木鉢やらを必死で投げ付けている。

 そのマンションの地上付近は、おびただしい数のモンスターに囲まれていた。


 取り囲んでいるのはゴブリンで、布を使った簡素な投石器を用いて、小石を絶え間なく放ち続けている。

 ゴブリンの強さにはバラつきがあるようで、危険性を示す赤い色にも濃淡のムラがある。

 特にリーダー格と思われるやや体格の良いゴブリンからは危険な気配がする。


 今のところは辛うじてゴブリンの侵入を防いでいるものの、住民からは疲労が窺え、突破は時間の問題に思えた。

 目的の佐藤さんのアパートまで行くにはどうしてもゴブリン達の視界を横切らねばならず、動けない。



 そんな時、マンションを見詰めていたリーダー格と思われるゴブリンが投石器を手に取り、石をセットし回転を加えていく。

 十分な回転が溜まると、狙いを定め、撃ち放つ。


 放たれた石の弾丸は、不用意に頭を上げすぎていた住民の頭を正確に撃ち抜いた。


 途端、おぞましい程の悪寒が背中を走る。

 危険性を知らせる濃い赤色が、急激にそのリーダー格のゴブリンを染め上げていく。


 やがてそのゴブリンの体躯は一回りも二回りも大きくなり、筋肉は引き絞られ、それを覆う皮膚も硬質化していく。


「か、体の色が赤くなった!?」


 隣で見ていた佐藤さんが驚きの声をあげる。

 そう、リーダー格のゴブリンの肌の色が緑から赤に変わったのだ。


 危険目視スキルでも、真っ赤に染まっているように見え、突出して危険であると分かる。


「……あいつは、滅茶苦茶ヤバそうだ」


 赤く変色したゴブリンを見ながらそう伝えると、二人とも予感はしていたらしく、薄らと汗を滲ませながら静かに頷いた。


 脳裏には撤退の二文字がちらつく。


 赤いゴブリンはというと、上から降り注ぐ家具を物ともせずに進んで行き、マンションの壁へと到達する。

 そして拳を振り上げると、全力で壁を殴打した。


 爆発音の如き轟音が辺りに木霊する。

 ビリビリと衝撃がこちらまで伝わり、粉塵が立ち昇る。


 なんて奴だ……。

 まさか、モンスターも経験値を積むと、強くなるというのか。


 煙が晴れると、壁には大きくヒビが入り、壁面のタイルは剥離し、鉄筋まで見えてしまっている。

 赤いゴブリンは鉄筋を力任せに捻り、ひしゃげさせると、強引に穴を広げていく。


 遂にはマンション内部まで繋がる大穴が出来てしまった。


「ガアアアアアアアア!!!」


 赤いゴブリンは雄叫びを上げると、大穴からマンションの内部へと侵攻を始める。

 マンションを取り囲んでいた大量のゴブリン達もそれに続くようにぞろぞろと中へ入っていく。



 辺りに広がっていた赤い色は薄れ、逆にマンションが赤く染まっていく。

 危険な賭けになるが、チャンスかもしれない。

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