第6話
マンションの横穴に殺到するゴブリンを横目に見ながら、佐藤さんと吉良さんに話しかける。
「佐藤さんのアパートに行くのなら、モンスターの意識がマンションに向いている今しかないと思う。あのマンションの人達は、……残念だけど助けられそうにない」
「……そうだね、行こう。二人を付き合わせてしまってすまない」
佐藤さんはマンションの人達も助けたかったのか、悔しそうにしながらも返事をする。
目的のアパートへ行く為には、数多のゴブリンの視界を横切らねばならず、慎重にタイミングを見計らう。
俺のスキルは敵の索敵範囲も赤く表示してくれるようで、ゴブリンの視線から完全に外れるのを待つ。
ゴブリン達の意識は新しく出来た大穴へと向けられているらしく、段々とゴブリンの視線が横穴に収束していく。
薄っすらとルート上に広がっていた赤色が消え去る。
「今だ」
声のトーンを落として短く伝え、駆け出す。
後に二人が続く。
頼むから、こっちに気付かないでくれ……。
なるべく音を立てないよう気を付けながら走る。
「……よし」
スキルのおかげで無事にゴブリン達のいる所からは死角になる位置まで移動できた。
アパートは全体的に薄い赤色で染まっており、ここにも敵が潜んでいることを示している。
先頭を歩く佐藤さんに物干し竿と包丁で出来た槍を渡し、コンクリートブロックを受け取った。
前衛ならばこちらの方が使いやすいだろう。
先導する佐藤さんは備え付け階段を昇り、やがてとある部屋の前で止まる。
その扉は薄い赤色に染まって見えた。
「ここが僕と家族が住む部屋だよ」
「危険な感じがします。心して入ろう」
佐藤さんが音を立てないよう、ゆっくりとドアノブを回す。
鍵はかかっていなかった。
日が傾き始め、薄暗くなってきた部屋の中。
リビングの中央で女性がうつ伏せに倒れているのが見えた。
その背中には、大きな裂傷が幾重にも走っていた。
「……ッ!」
佐藤さんは名前を呼びそうなるをぐっと飲み込み、忍び足で近づいていく。
倒れる女性の傍らに、刃物を持ったゴブリンが背をこちらに向けて立っていたからだ。
仲間がアパートや辺り一帯を制圧している慢心からか、周囲に注意を払っている気配は無く、ただ倒れる女性を楽しげに見ているだけだ。
油断しているのなら、好機。
佐藤さんはゆっくりと忍び寄ろうとするが、床がみしりと音を立ててしまった。
仲間だと思ったのか、背を向けていたゴブリンが無警戒に振り向く。
佐藤さんは既に駆け出していた。
「『アドレナル』」
戦士職になった時に得た魔法を使用したようだ。
俺もコンクリートブロックを抱えて佐藤さんに追随する。
ゴブリンは慌てて武器を構え直そうとするも、遅い。
佐藤さんの渾身の槍がゴブリンの喉元に突き刺さった。
魔法の影響か、佐藤さんの腕の筋肉はやや膨張し、薄皮の下にはくっきりと青筋が浮かんでいる。
佐藤さんは槍を持つ腕に力を込めて、捻るような動作をする。
ゴブリンの喉の傷は更に広がり、血と空気が漏れ出している。
俺はドドメとばかりにゴブリンの頭蓋にコンクリートブロックを叩きつけた。
断末魔をあげることすら叶わず、ゴブリンは動かなくなった。
危険性を示す赤色は部屋の中から消滅した。
伏兵は居ないようだ。
同時に、体の中で力が湧き上がる感じがした。
レベルが上がったのかもしれない。
「敵はもう居ないようだ」
その言葉を聞くや否や、佐藤さんは倒れる女性へと駆け寄った。
「香織!」
恐らく佐藤さんの妻と思われるその女性は、既に冷たくなっていた。
何かを守るように、うつ伏せの状態で。
その女性の下には、子供がいた。
怪我は無く、無事のようだ。
「梨花……。香織は、梨花を守ったのか……」
佐藤さんは涙を零しながら槍を床に置き、お子さんを優しく抱き上げた。
香織さんが命を懸けて守った命だ。
──しかし、その光景を嘲笑うかのごとく、視界の端がじわりと赤く染まった。
危険を報せる、濃い赤色だった。
視界の赤色は急速に広がっていく。
この濃さは先程の赤いゴブリンか…?
何故気付かれた?
もしかしたら、仲間の生死を探知するようなスキルを持っているのかもしれない。
「……佐藤さん、水を差してしまい申し訳無いが、危険が迫っている。恐らくあの赤いゴブリンだ」
「……!」
佐藤さんと吉良さんが息を呑む。
今の内にステータスを確認しておこう。
「『ステータス』」
Lv.2
名前:オノ ユウジ
職業:隠者
生命力:13/13
精神力:10/10
筋力:12
魔力:3
敏捷:16
耐久:10(+5)
抗魔:5
◯魔法
ハイドアンドシーク(5)
◯スキル
順応性2.1 直感1.5 隠密1.4 不意打ち0.6 潜伏0.6 隠蔽工作0.5 槍術0.5 鈍器0.5 棒術0.4 短剣0.3
◯固有スキル
危険目視
レベルが上がり、新しく魔法が増えている。
俺は魔法の項目を注視した。
『ハイドアンドシーク』:精神力5消費。
隠密系スキル使用時、自身の隠密系スキルの効果の対象をパーティーメンバーにも有効にする。
有効にしたい対象に触れておかねばならず、魔力の強さによって効力と効果時間が変化する。
つまり、俺のスキルの効果範囲を、俺だけじゃなくて仲間にも有効にするということか。
仲間と敵を倒したからか、レベルアップによるものか。
魔法の出現条件は分からないが、とにかく今はありがたい。
今の精神力ならば2回使用できる。
使った方が良いと、直感が告げる。
「俺の隠密系スキルを二人にも有効にする魔法を得た。俺に触れている人にだけ有効らしい。すぐに此処から離れるので、佐藤さんは梨花ちゃんと、……香織さんを連れて早く──」
「いや、良いんだ。香織の遺体を連れて行ったら逃げ切れないかもしれない。なるべく見つかりにくいところに隠してくるから、後で落ち着いたら、その、お願いするよ」
「分かった」
佐藤さんの願いを了承する。
それを聞いて安心した様子の佐藤さんは、遺体を大切そうに押入れに寝かせ、開かないようにストッパーを噛ませていく。
見つからないという保証は無いが、今は見つからないよう祈るしかないだろう。
「……香織、梨花を守ってくれて、ありがとうな。ちゃんと迎えに来て、お墓立てるからな……」
佐藤さんのそんな呟きが耳に入った。
必ずまたここに来よう。
そう誓った。
俺は床に置かれていた槍を手に取る。
佐藤さんはこれから梨花ちゃんを抱っこして移動するだろうから、これは俺が持とう。
吉良さんは棒を持っているから、コンクリブロックはここに置いていく。
玄関で佐藤さんを待つとするか。
キッチンを通る時、調味料を一つだけくすねる。
梨花ちゃんを抱っこした佐藤さんが玄関に戻ってきた。
抱きかかえられた梨花ちゃんは、ショックのせいか疲れのせいかは分からないが眠っているようだ。
「『ハイドアンドシーク』」
新しく得た魔法を使用し、隠密スキルを発動させる。
この魔法は触れている仲間にだけ有効らしい。
佐藤さんは梨花ちゃんを抱いているので、そっと佐藤さんの背中に手を乗せた。
吉良さんは後ろからちょこんと肩に片手を乗せる。
仲間の気配が少し薄くなったように感じる。
その時、視界内に急速に赤色が渦巻いていくのが見えた。
ベランダ側がどす黒い赤に染め上げられる。
「……不味い、ベランダから来る」
極力声のトーンを落として告げ、玄関のドアから外にでる。
次いで、轟音。
爆発音の如き大きな音が鳴動すると共に、衝撃がビリビリと伝わる。
まさか、隣のマンションから飛び移って来やがったのか。
赤いゴブリンは部屋の内部で俺たちを探している気配がある。
隠密スキルを使っていなかったらやばかったかもしれない。
他の部屋ではなく、この部屋に迷わず突っ込んできたということは、相手のおおよその位置を探知できるスキルを持っているのか?
それとも仲間の死んだ位置を把握するスキルか?
とにかく逃げなければ。
俺は佐藤さんの背を押し、出発する。
気配を希釈。
ゆっくり、ゆっくりと音を立てずに歩く。
階段を一段一段降り、2階から1階へと降りる。
ここら辺に潜伏するか?
いや、この辺りはもう、全体的に
マンション側からのゴブリンの視線は気にせず、来た道を引き返していく。
歩く速度を小走りに変え、セブンレイブンを目指す。
赤い。赤い。赤い。
俺は気付いてしまった。
俺達三人の身体には、赤い線が幾重にも走っている。
恐らく佐藤さんが抱える梨花ちゃんにも。
これは、これから攻撃を受けるということか?
このままでは、
……死ぬかもしれない。
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