第17話

 走れども走れども、危険を報せる赤い領域が背後からじわりと忍び寄ってくる。

 まだ、追われている、か。


 そういえばコボルトは鼻が効く。

 匂い追跡して来ているのかもしれない。


「まだ追跡されてるみたいだ。恐らく犬みたいに匂いを辿っているのかも」


 現在の状況を吉良さんにも伝えておく。


「追い付かれるまでどれくらいの猶予があるかは分かりますか?」


 吉良さんが少し考え込んだ後、そう聞いてきた。

 危険性の赤色具合を見て、顎に手を添えて考える。


「匂いを嗅ぎながらだからそんなに速く走れないみたい。この感じ、……大体5分は大丈夫だと思う」


「では、追い掛けてきた相手が迷うようにここから8の字を書くように走り、またこの場所に戻って来ましょう。あとは走りながら説明します」


 そう言い、走り出した吉良さん。

 俺もくっ付いて追走する。


「またあの場所に戻ったら、収納してあるシートを出すので、そこに飛び乗り、シートの反対側から逃げましょう。シートは再度収納するので、シートがあったところだけ匂いが途切れると思います。それで少し時間が稼げると思うので、その後は川の浅瀬を歩いて匂いを残さないように移動しましょう」


「分かった」


 8の字に走り終え、起点となったところへ戻った。

 なるほど、追う側からすると突然四方向に向かって分散しているように見えるのか。


 吉良さんは大きなシートを取り出すと走ったところには被らないように置き、上に飛び乗った。

 俺も同じように飛び乗り、対面の端から降りる。

 吉良さんは固有スキルでシートを収納すると、川の方へ走り出した。


 ……


 うっ、これは──


 川の反対側に赤い危険領域が大きなドーム型で展開されている。

 多分、例の恐ろしく強い赤ゴブリンの探知範囲を示しているのだと思う。

 あのエリア内でゴブリンを殺すと、探知されて危険だ。


「これは……、川はギリギリ安全だけど、川の向こうは赤ゴブリンの探知エリアになっているみたい。危険エリアに入ったとしても、ゴブリンを殺さなければ大丈夫だと思うけど」


「気を付けて川の浅瀬を歩きましょう」


 脱いだ靴と靴下を手に持って川の浅い所を歩いていく。

 吉良さんは脱いだものを収納して裸足で付いてくる。


 赤ゴブリンの探知エリアとコボルトの群れから離れるように川を下っていく。

 すると前方に2つ、いや3つの微弱な危険が視えた。


 僅かにだけ赤い人型の危険性、恐らく人間だ。

 ちょっとだけ赤いから友好的ではないかもしれないが、それでも赤ゴブリンやコボルトの群れに比べればマシだ。


 接近する反応。

 危険性を見るに、俺と吉良さんの方が圧倒的に強さは上のようだ。


「前から三人の人が歩いてくる。多分人間だけど、ちょっとだけ友好的ではないみたい」


「どうしますか?」


「もう匂いは大丈夫だろうし、陸に上がって靴を履いておこう。危険性は然程高くないから、話してみようと思う」


「分かりました」


 この先が危険だということを教えておいてあげた方が良いだろう。

 川から上がり、橋の下で足を拭いて靴を履く。



 ジャージがびしょ濡れだ。

 吉良さんに着替えを出してもらった。


「ありがとう、吉良さんも着替えるよね。少し席を外してるね」


「いえ、収納スキルを使えば服を着たまま早着替えができるので問題ありません。ふふ、見ててください!『収納』『取出』!」


 吉良さんが着ていた服が消え、一瞬だけ下着姿があらわになる。

 白く綺麗な肌が目に焼きつく。

 そして、取り出された服が吉良さんにすっぽり収まった。


 ……


「ちょ、ちょっと待って!服が一瞬完全に消えたよ!ごめん、そうなると思ってなくてめっちゃガン見してしまった……」


 吉良さんは頬を染めながら、


「う、迂闊でした……」


 と呟いた。


 収納と取出には若干のタイムラグがあるのを失念していたようだ。

 ありがとうございます。



 気まずいようなそうでもないような空気が流れたので、無理矢理話題を切り替える。


「さて、気を引き締めよう」


「そ、そうですね。情報交換のチャンスですよ」


 吉良さんはまだちょっと耳が紅く染まっているが、キリッと表情を引き締めた。

 いざという時に逃げやすいルートは確保しておき、近付いてくる3人を待ち伏せる。



 やがて姿が見えたのは高校生くらいの男子二人と女子一人の三人組だった。

 男二人が金属バットを持ち、女の子が掃除用具のデッキブラシのようなものを担いで周りを警戒しながら歩いている。


 遠距離用の武器は持っていなさそう。


 まだ20メートルくらいの距離があるが、物陰から身を乗り出して声をかける。


「こんにちは。この先は厄介なモンスターがいるので引き返した方が良いですよ」


 潜伏スキルが発動してしまっていたのか、完全にノーマークだったようで三人組は死ぬほど驚いている。

 女子一人を庇うように男子二人が前に立つ。


「う、お!めぐみ、勝率は!?この男はどれくらい強い!?」


「う、うん!『ウィンレイト』!」


 めぐみと呼ばれた女の子が魔法を使用したようだ。

 危険性は見えなかったので何もしなかった。


「ひっ、嘘……、この人、めちゃくちゃ強い!三人掛りでも多分勝てない!」


 ウィンレイト、勝率を調べる魔法だろうか。

 流石に三人同時に相手したら勝てるか分からないが、敏捷は俺の方が高そうだしヒットアンドアウェイ戦法ならいけるかなって程度だけど。


 兎に角、女の子のその台詞を聞いた途端に戦う気が無くなったのか、危険性が雲散霧消した。


「ちょっと情報交換とかしたいんだけど、大丈夫ですか?」


 俺はなるべく敵意が無いことを示す為、両手を広げてアピールする。


「は、はい!大丈夫です!」


 相手に戦う意思が無さそうなので、吉良さんを呼び出す。


「吉良さん、出てきても大丈夫みたいだよ」


「はい」


 物干し竿を持った吉良さんが物陰から姿を見せた。

 吉良さんは三人組をまじまじと見つめる。


「その制服、もしかして友島高校の……?私もなの」


 吉良さんの一言に、三人がほっとして弛緩する。

 同じ学校ということで安心したらしい。


「そっす。俺たちは今学校を拠点に活動して動いてます。結構人が避難してきているので、生徒会長の指示で無事な人は極力食料や医療品、生活必需品を集めているんです」


「そうなんだ」


 話を聞いているうちに、三人組は1年生で吉良さんは2年生らしいことがわかった。

 結構怪我人が多く、医療品も足りていないらしい。

 ステータスシステムのことは割と知られており、探索に出ている人はほとんどがステータスを発現している人だそうだ。


 他にも町の役場にも人が大勢避難しているが、警察署や病院はモンスターにより占拠されているらしい。

 とりわけ警察署を占拠したモンスターはかなり手強いという噂だそうだ。


「吉良さん、医療品とか最低限だけ残してあげちゃおう」


「そうですね。隠してあるのを取ってくるので、ちょっと待ってて下さい」


 俺は危険目視スキルのおかげで怪我することが極端に少ないので、余裕のある物資はあげてしまおう。

 吉良さんは近くに隠してあった、という体にして三人が持てるだけの必需品を大きなリュック3つに詰めて持ってきた。


「あ、ありがとうございます!2人のことは生徒会にも話しておくので、来ることがあったら歓迎されると思います!」


「この先は顔が犬のモンスターが沢山集まってて危険だから今は引き返した方がいいよ。あと、赤いゴブリンを見掛けたら絶対に逃げるように。赤ゴブリンの近くでゴブリンを殺すと探知されるみたいだから気を付けて」


「分かりました!助かりました!」


 三人組はお礼を言うと立ち去った。



「そういえば、吉良さん学校見に行きたいんだっけ?今から行く?」


「いえ、大丈夫です。あの子が無事だと分かったので。レベリングを優先しましょう」


 もしかして、生徒会長をやっている人と友達なのかな。

 安心したのか、吉良さんの表情が以前よりも少し柔らかくなった気がする。


 引き続きレベル上げを続行する。

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