第38話

「ガァアアァアアアアアッ!!」


 片眼を穿たれ、激痛に苛まれるオーガが特大の咆哮をあげた。


「あとは任せたよー」


 アクラリムは倒れた際の五体投地の姿勢のまま地面に横たわっている。


 俺は吉良さんから新たな金属棒を受け取り、短く息を吐いて油断なく構えた。


 相対する怪物は己が眼に刺さった槍を引き抜こうとするも、包丁と物干し竿が分離し眼球に包丁のみが刺さったままとなる。

 狙い目だ。


(『再分配』、筋力敏捷耐久4:5:1)


 駆け出す。

 レベルアップの影響か、身体が異様に軽い。


 相手の潰れた視覚を利用し、見えていない側から攻撃を仕掛ける。

 慌てて両腕を交差させて防御の姿勢を取るオーガに対し、構わず武器を振るう。


(『再分配』、筋力耐久8:2)


 金属棒が当たる直前で筋力特化へと切り替え、そのまま相手の腕に打撃を加える。

 ぼこんという鈍い音と共にオーガの両腕がへし折れる。


(威力上がってる?)


 当初は敏捷特化にして一撃離脱をしようとしていたが、予想外の成果に追撃を試みる。

 追加で相手の膝を打ち抜くと、オーガは体勢を大きく崩して倒れ込んだ。


「ァアア!?」


 驚嘆の声を出すオーガの眼窩に突き立つ包丁の柄に向けて、金属棒を力の限り振り下ろす。

 その一撃がトドメとなったらしく、オーガの危険性は雲散霧消した。


 意外なまでにあっさりとオーガを倒せてしまったことに首を傾げながら、念の為に辺りの危険性を調べるが特に敵は居ない。

 急いで倒れ伏すアクラリムの近くに寄り、声を掛ける。


「すまん、もっと早くに隠者の極意を使っていれば……」


「問題ないよ。キミに戦闘経験を積ませるのが最優先だからね。『リジェネレーション』」


 回復魔法を使ったアクラリムは自己の肉体があっという間に完治する。

 戦闘が終わるまで回復魔法を使わなかったのは、いざという時にテレポーテーションで逃げる用の精神力と回復用の精神力を温存する為だろう。


 一息ついたところで戦闘中に感じた違和感を調べようと、ステータスを開いてみる。


「『ステータス』」



 Lv.35

 名前:オノ ユウジ

 職業:英雄

 生命力:120/129

 精神力:97/119

 筋力:422

 魔力:26

 敏捷:26

 耐久:122(+18)

 抗魔:26

 +状態異常 +魔法 +スキル +固有スキル



 ん?

 んん??


「レベル上がり過ぎじゃね!?」


 確かオーガに挑む前はレベル21だったから、えっと、14も上がってるのか。

 英雄の職業はレベル1上がるごとにステータスが5、加えてよく使った項目の値が2上がるので……。

 1体目のオーガを倒してレベル30まで上がって、再分配して、その後レベル35に上がった感じか?

 あんまり自信はないが。


「まー、オーガは普通の人間ならレベル60、個体によってレベル80は必要だからね」


 こ、こいつ……!


「めちゃくちゃ強敵じゃねーか!」


 心配して損したかもしれない。

 アクラリムの自業自得な気がしてしきた。


「格上が倒せるならレベル上げ放題!下剋上だぜ!」


 ケラケラと笑うアクラリムに俺は心底ゲンナリする。

 確かに再分配のピーキーな性質上、ジャイアントキリングが起こり得る。

 特に俺は危険目視スキルによって相手の攻撃に対する回避率が高いので気兼ねなく攻撃特化とかにしてしまっているから余計にだ。


 それはそれとして。


「もうちょっと、こう、段階を踏んで欲しかったというか……」


「ふふふーふふふふー♪ふふーふんふふふふー♪」


 俺の話が聴こえないアピールをしているのか、アクラリムは鼻歌を歌っている。


「ふふふーふーふふーふ♪う・る・と・ら・ソウッ!」


 鼻歌じゃなくてうろ覚えなだけだった。

 というかこっちの世界の歌とか分かるんだな。


 上機嫌なアクラリムに合わせていたらとてもじゃないが身がもたない。

 日も暮れてきたので今日は休むことにする。


 オーガの死骸を吉良さんが収納し、その場を後にした。


 朝から因縁の赤ゴブリンと戦い、佐藤さんを案内し、先程のオーガとの戦い。

 精神的にもすごく疲れた1日だった。



 ──────────


 夜。


 食事を終えた俺は吉良さんへと話しかける。


「凛は大丈夫だった?」


 俺は精神構造が普通の人とは少し違いそうなので例外として、吉良さんは精神的にキツかったのではないだろうか。


「私は大丈夫ですよ」


 ファッション雑誌の一面から切り出したかのような秋物の服を纏う吉良さんは平気そうな様子で笑う。


 俺の危険目視スキルとアクラリムの気配感知スキルによって安全性が保証されているので、戦闘中じゃない時の吉良さんは普通の服を着ていることが多くなってきた。


「そういえばアクラリムの奴は?」


 夕方頃にやたらテンションの高かったアクラリムの姿が見えない。


「トレイニング?に行くって言ってました」


「そうか、あいつもトレーニングとかするのか」


 心身を休めるのも大切だが、やはり強くなる為には隙間時間を利用して武器の素振りとかした方が良いよな。

 俺も空いた時間で鍛えるか。


 アクラリムの向上心にほんの少し関心していると、アクラリムが奇妙な動きと共に部屋の中に入ってくる。


「ガタンゴトン、ガタンゴトン、次は〜警察署前〜」


 トレイニングって電車ごっこかよ。

 と、内心思ったが、絡まれると面倒なのでスルーした。

 あと、電車ごっこの英訳は絶対トレイニングじゃない。


「お客さん、乗ってくかい?」


「乗らん」


 その接客方式は確実に電車じゃないだろ。


「カーブでドリフトするよー!」


 と、言い残したアクラリム号は部屋を飛び出していく。

 乗らなくて良かった……。


 その日から俺は夜の空き時間に武器の素振りを始めることにした。



 翌朝。


「混沌と秩序と抹茶プリン、アクラリムちゃんだよー!」


 朝の始まりは一風変わったニワトリの鳴き声により目を覚ますのが恒例になりつつある。

 嫌な恒例だ。


「今日もレベル上げか?」


「そだね。強いのを何体かぶっ殺してレベル40にして新しい上級職を解放したいね!」


 昨日の朝まではレベル20だったのに今のレベルは35。

 本来ならば手が届かない格上すらも倒し莫大な経験値を稼げる英雄という職業は非常に強力だった。


 ──────────


 朝食を済ませ、街の中から強敵を探して討伐しにいく。


 発見したオーガが一体ずつだったというのもあるが、『再分配』によるステータスの割り振りと『危険目視』による回避だけでも危うげなく倒せるようになっていた。

 順調にレベルは上がっていき、3体目のオーガを倒してレベル40に到達した。


「『ステータス』」



 Lv.40

 名前:オノ ユウジ

 職業:英雄[新しいジョブを選択してください]

 生命力:154/154

 精神力:144/144

 筋力:263

 魔力:1

 敏捷:263

 耐久:65(+38)

 抗魔:65

 +状態異常 +スキル +固有スキル

 ◯魔法

 ハイドアンドシーク(5)、隠者の極意、乱世英雄


 ステータスを確認すると魔法の欄がほのかに光っていたので見てみると、新たに『乱世英雄らんせのえいゆう』という魔法を覚えていた。


 乱世英雄の効果は使用すると自分のレベルの数値だけ自らの生命力を消費し、1時間に渡り、筋力・魔力・敏捷・耐久・抗魔の5つステータスの元々の数値に自分のレベル分の数値を加算できるらしい。

 特筆すべきは「元々の数値」に加算するので、『再分配』によるステータス変更の対象であるということだ。

 レベル40ならば200の遊動値を得られる。


 効果時間が1時間というのも長くて助かる。

『隠者の極意』は敏捷ステータスを2倍にするという破格のものだったが、効果時間が1分とやや短く、ここぞという時まで温存しがちだった。


 ただ、生命力を削るというのは少し怖いな。

 0になってしまったら当然死ぬのだろうし。


 短く考えをまとめながら、俺はステータスの職業の欄を選択した。

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世界崩壊 〜モンスターが現れた世界で生き残れ〜 三瀬川 渡 @mitsusegawa

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