第22話
建物から出ることで、初めて自分がどこに居たかを理解する。
どうやらあのゴブリン達は人が居なくなった廃ビルを根城にしていたらしい。
ここは駅前の雑居ビルが立ち並ぶエリアだろうか。
駅前は確かモンスターが沢山居たような覚えがあるが、周りに危険性は見えなかった。
圧倒的上位者であるアクラリムの気配を敏感に感じ取って逃げ出したのかもしれない。
一先ず吉良さんとアクラリムのとこに向かおう。
あいつのドス黒い危険性は嫌でも視界に入ってくるから場所はすぐに分かる。
道路を挟んだ向こうのビルの屋上に二人は居ると思われる。
階段を上がる道すがらステータスを確認しておこう。
「『ステータス』」
Lv.10
名前:オノ ユウジ
職業:隠者
生命力:24/26
精神力:19/19
筋力:24
魔力:11
敏捷:30
耐久:19(+38)
抗魔:13
◯状態異常
邪薔薇の血呪
◯魔法
ハイドアンドシーク(5)
◯スキル
順応性2.1 直感1.7 隠密2.0 不意打ち1.5 潜伏1.4 隠蔽工作0.9 槍術0.8 鈍器0.5 棒術0.4 短剣1.6 見切り1.0 格闘0.6 逃走0.7 疲労回復0.5 強襲0.7 音消し0.6 精神安定0.6 戦闘技術0.6 思考加速0.5 威圧0.5 投擲0.6 一騎当千0.1
◯固有スキル
危険目視
英雄の資格0.6
レベル10。
この短時間で4レベルの上昇か。
体感時間では長く感じたが、時間にしたら1時間ほどだろうか。
1時間で約50体強。
前までの安全な方法だと移動も含めて1時間で倒せるのは精々5〜6体だったので、効率は約10倍に近いか。
まあ、危険度は10倍では済まないだろうが。
あれこれ考えている内に屋上にたどり着いた。
太陽の光が降り注ぐ中、アクラリムが吉良さんの背後から抱き着いて猫のようにじゃれている。
「何やってるんだ」
「ち、違うんです!」
「きらりんを守る為、仕方がなかった……」
慌てる吉良さんに対して、アクラリムはなぜか満足げであった。
「それよかアクラリム、お前なんて事しやがる」
「太陽の似合う吸血鬼、アクラリムちゃんだよー」
「誤魔化すな。あんな沢山居る中に放り込むなら、前もって言っとけ」
「戦場では状況が目まぐるしく変わる事もざらだからね。突発的危機にも即座に対応できるようにならないと」
そう言われると反論し難い。
上手く躱されてしまったような気がする。
「とりあえず回復するね」
アクラリムがそう言って指パッチンをすると、俺の体中に有った切り傷が煙のように消えてしまった。
「んじゃ、次いってみよー」
アクラリムは息つく暇もなく次を始めるつもりのようで、思わず乾いた笑いが出る。
だがまあ、レベルアップもしたし、何とかなるだろう。
◇ ◇ ◇
それから30体程の群れの中に一回と、40体程の群れの中に二回、60体程の群れの中に一回叩き込まれた。
ひどいスパルタ教育だったが、レベルアップの恩恵によりなんとか生還することができた。
流石にレベルも上がりにくくなってきたのか、全て倒してやっとレベル16になったところだ。
空は暗く、もう完全に日が沈んでいる。
「ゴブリンでは上がりにくくなってきたし、今日はもう休んでいいよ」
アクラリムからレベル上げ終了の通告を受け、手近なビルの中に入りぐったりと座り込む。
肉体的ダメージはアクラリムが治すが、精神的な疲労はどうしようもない。
「これ、水です」
「ありがとう」
吉良さんが出してくれた水を喉に流し込む。
「そういえば」
部屋の中の机に座って足をパタパタ動かしていたアクラリムが思い出したように言葉を発する。
「今日はきらりんとずっと一緒にいて思ったんだけど、彼女は守られる程弱くもないと思うよ」
そうなのか?
職業とステータス的に前衛向きではないから後衛として扱っていたが。
多分筋力と敏捷は俺の半分くらいの数値なんじゃ無いだろうか。
「きらりんと一度手合わせでもして、互いに実力をきちんと把握しておいた方が良いよ」
「凛がやると言うなら俺は構わないが」
「わ、私じゃ無理ですよ」
手をぶんぶん振って否定する吉良さんに対して、アクラリムが顔を近づけて耳元で囁く。
「……英雄くんの隣に立ち続けたいなら、力を示さねばならないだろう。でなきゃいつか置いていかれちゃうぜ?」
「!」
別にそんなことはないが。
「……分かりました。アクラリムさん、集めたいものがあるので手伝ってもらえませんか?」
「いーよ!」
アクラリムは太陽のような輝く笑みを浮かべると、吉良さんを抱えて何処かへ飛び去った。
それにしてもアクラリムが吉良さんをあれだけ評価するというのは意外だった。
本当に一対一で戦えるのだろうか。
確かに吉良さんのフォーカスの魔法には何度も助けられたが、タイマンではそこまで強力な魔法ではないし、あれは味方が居てこそ真価を発揮する。
と、なると固有スキルだろうか。
吉良さんは地頭が良さそうだし、本気で『収納/取出』の固有スキルを使ってこられたら厄介かもしれない。
しかし、そこまで戦闘に使えるという印象は無かったと思う。
このまま戦う流れになりそうだし、吉良さんの収納スキルについて出来ることと出来ないことを確認しておくか。
確かあの収納の固有スキルにはいくつかの制約があった。
まず、収納する時も取出す時も吉良さんが直に触れていなければならないという点。
離れた空中に重い物を取出して相手を潰すとかは出来ないのだ。
あとは、取り出す予定の場所に邪魔になる物体が有ると取り出せない。
空気や液体、小さな塵などは取り出す際に弾かれるので問題ないが、壁に囲まれた部屋の中では大きなものは取り出せなかったりする。
拳大の石ころとかが取り出す予定の位置にあると取り出せなくなるので、物を投げることで吉良さんの取り出しを妨害することは出来るかもしれない。
加えて、物体を貫通するように物を取り出せない訳だから、相手の体を貫くような配置で槍を取り出すとかは出来ないのだ。
取り出す時は相手の体を避ける配置で取り出さなければなならない。
そういえば、どれくらいの大きさの物まで収納できるのかは未確認だったな。
今自分が知っていることはこれくらいか。
吉良さん達が戻ってくるまで、少し休もう。
◇ ◇ ◇
小一時間ほどで二人は戻ってきた。
予め言っていた通り、俺と模擬戦をやるそうなので廃ビルの屋上へと足を運ぶ。
「ケガをしないよう、ナイフの代わりにおもちゃのナイフを持ってきたよ。もし怪我をしてもボクが治してあげるから全力で楽しんでね」
アクラリムから刃の無いおもちゃのナイフを受け取り、装備する。
「君のスキル構成は暗殺特化だからね。真正面からの戦いならきらりんにも勝機はあるよ」
確かに、潜伏と不意打ちに特化した今のスタイルでは、真正面からの戦闘に向かないのは俺の方かもしれない。
屋上はテニスコート一面分くらいの平たいスペースが有った。
俺と吉良さんは10メートル程離れた位置に立ち、開始の合図を待つ。
吉良さんを「敵」として認識することで、危険目視スキルによりじわりと赤く染まっていく。
危険性は濃い赤。
モンスターであれば、かなりの強敵に相当する。
「確かに、強い。勝てるかどうかは五分五分かも」
「相変わらず便利なスキルだ。二人とも、準備は良いかい?」
アクラリムの問いに、俺と吉良さんは頷く。
視界が全体的に赤く染まる。
こういう時は大概、逃げた方が良いケースが多い。
これは、負けるかもしれない。
今の敏捷性なら、一瞬で詰められる距離。
吉良さんが『取出』を行えたとしても、一つが限度だろう。
「いざ、尋常に……勝負!」
アクラリムの合図。
コクリートの床を全力で蹴り、速攻を仕掛ける。
吉良さんの周りを薄っすらと赤い危険領域が展開される。
何らかの障害物か。
「『取出』」
吉良さんの固有スキルの発動と同時に、おもちゃのナイフを突き出した俺が間合いに到達。
が、阻まれる。
僅かに届かない。
檻だ……!
猛獣でも入れておくような、頑丈そうな鉄格子が現れ、吉良さんを守っている。
まずい。
胸をよぎる嫌な予感に歯噛みする。
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