第2話

 

「はぁ、はぁ」


 荒くなった呼吸を整えるように深く息を吸うと、動かなくなったゴブリンの死体を見下ろした。



 緑色の小鬼のようなその姿は、RPGでおなじみのゴブリンそのものである。

 なんでモンスターが現実世界に?

 この町だけか?世界はどうなっている?


 矢継ぎ早に浮かんでくる疑問。

 だが一番はじめに考えるべきは次の行動はどうするかだ。


(この部屋に立て籠もるか?それともより安全な場所を目指すか?)


 常に最悪を想定して動こう。

 もしモンスターの発生が世界中でなら、保存の効く食べ物の確保が最優先なはず。

 いや、武器の確保が一番か?


 こういう場合、映画ならショッピングモールを要塞化して立て籠もるのが定石だが、あれは銃器が置いてある海外だからこそ意味がある。

 だとすれば、武器も非常食料も置いてありそうな自衛隊の駐屯地辺りだろうか。


 どちらにせよ、俺の二階建てのアパートは要塞化するのは向いてない気がする。

 移動しよう。


「その前に……」


 包丁をタオルで拭いて綺麗にすると、ダクトテープを使って物干し竿の先っちょにぐるぐる巻きにしていく。

 簡単な槍だが、物干し竿や包丁を単品で使うよりは良いだろう。


 思い付きで打撃に耐性のありそうなダウンのジャケットを羽織り、非常用リュックを背負って外に出ることにした。


 外は静かだった。


 追うものも追われる者もどこかに隠れたのか、視界の中に動く影は無い。

 ただあるのは虐殺の痕跡である血の絨毯だけだった。


(死体はどこかへ持ち去られたのか?)


 目立つ大通りを避けて、住宅街を慎重に進む。

 コンビニやスーパーに立ち寄り食料を確保しながら自衛隊の駐屯地を目指そう。

 なんらかの軍隊が駐留していれば別に駐屯地でなくとも構わない。


 幸いにも現れたモンスターは数は多いようだが、そこまで強くはない。

 自衛隊や他国の軍隊ならば問題なく撃退できるだろう。

 それどころか、国民の銃の所有が認められている国ならば、民間の力で撃退できているかもしれない。


 不安が溢れる胸中に、僅かな希望が湧いてきた。



 なるべく住宅の塀に沿って歩いていると、なにかの音声が耳に入る。

 それは、ドアが半開きになった黒塗りの高級車からだった。


 ちらりと中を覗いてみると、モバイル型のテレビが点灯してる。

 地磁気にも対応可能などと書いてある耐衝撃完全防水完備の高級そうなモデルのやつだ。

 モバイル端末は砂嵐混じりにニュースを映しており、荒れ果てたスタジオで額から流血しているアナウンサーが必死に何かを訴えている。




『日本国民の皆さま。落ち着いて、聴いて下さい。アメリカ合衆国が、崩壊いたしました』


 

 アナウンサーが発した信じられないような内容に、俺は愕然とした。


『報道ヘリからの30分前の映像です。どうか、落ち着いてご覧ください』


 その発言の後、画面が切り替わる。


『こちらは映画の撮影でもCGでもありません!巨人です!アメリカの都市を巨人が歩いています!』


 高層ビルを超えるほどの大きさの巨人が闊歩する。

 その体はまるで金属が寄り集まったかのように硬そうな質感をしていた。

 時折頑丈そうなビルがその体にぶつかるも、まるで何も無いかのように悠々と真っ直ぐ進んでいる。


 崩落するビル。

 瓦礫の雨が降り注いだことで、カメラは地面を写す

 そこでは、殺戮が行われていた。


 黒い鎧を身に付けた象より大きい何かが、電信柱のような長さの大剣を振り回し、逃げ惑う市民を肉塊へと変えていく。

 拳銃を所持していた市民や警官らしき人物が弾丸を放つも、黒い鎧は物ともせずに大剣を振るう。

 戦いではなく、虐殺だ。


 俺はただただ唖然とする。


 そこでカメラに異変が起こる。

 空を、無数の何かが飛んでいる。


 あれは──、


「ドラ……ゴン?」


 鯨よりも巨大な赤い竜が、音速を軽く超える速さで飛来する。

 赤い竜は報道ヘリをちらりと一瞥するとすぐに興味を失ったようで、突如真上へと軌道を変える曲芸飛行を披露する。

 が、その風圧の余波だけで報道ヘリはコントロールを失い、付近のビルの屋上へ不時着することとなった。


 それでもカメラを離さないプロ根性を見せるカメラマンが、竜を探して上を見上げて何かに気がつく。


『あれは……?』


 空に。


 遥か高き上空に、巨大な城が浮いている。


 そして、城から発生する黒い靄のようなものが急速に空を黒く染め上げていく。

 同時に、映像が途絶えた。



 映像が切り替わり、額から血を流したアナウンサーが話す。


『信じられないかもしれませんが、この黒い霧のようなものが北アメリカ大陸全土を覆ってしまい、内部とは一切連絡が取れなくてなってしまいました。アメリカ合衆国は崩壊した、と海外の残存するメディアも報じています』



 馬鹿な。

 なんだアレは。


 まさか、

 いや、まさか、

 出現するモンスターの強さはその地域の人間の強さに対応している……?


 日本は銃や刃物の規制が非常に厳しい。

 故に日頃からナイフを持ち歩いているなんて人間も少ないし、ましてや銃を持ち歩いている人間などより少ないだろう。

 言うなれば丸腰に近い。


 対してアメリカは、治安の問題でナイフや銃の個人が所有率が高く、場合によっては携帯している人もいるそうだ。

 更に、世界を敵に回しても戦えるだけの過剰な軍事力がある。

 まさか、あの巨人やドラゴンはそのレベルに合わせた強さ、か?


 だとしたら、日本でも自衛隊の駐屯地やを揃えたヤクザの屋敷なんかには高レベルのモンスターが出現している可能性が……?


 基準が分からないが、強い人間がいるところには強いモンスターが現れていると考えた方が良いかもしれない。

 自衛隊の駐屯地を目指すのは辞めておこう。


 どうやら、これからの行動を見直す必要があるようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る