第8話 おねしょ編6

男の子は、きょうは、お漏らしをしなかった。

やはり、寝る前のトイレは正義である。


それとも、私が隣にいる、安心感からだろうか?

理由はわからない。全部かもしれない。

何はともあれ、男の子は、お漏らしすることがなくなった。


お漏らしがなくなったね! 万々歳!


というわけにもいかなかった。

なぜかって?


男の子が、まだまだ緊張しているからだ。

ベッドの上で毎晩びくびくしている。

この数日間ずっとそう。

このまま緊張が続くと、男の子の体にはよくないだろうと思った。


夜21時。

男の子は、ベッドの上で、そわそわしている。

不安そうに私を見ている。


私が、いつものように「トイレに行こう」と声をかける。


「あの、ね……」


男の子は何か言いたそうにしている。

……どうしたんだろ?

大丈夫かな?

何を言おうとしているのかな?


男の子は少し沈黙する。

私は、男の子が何か言うまで、じっと待ってみた。


こういうとき、すぐに強引にトイレに連れていくのはよくない。


寝る前のトイレは習慣になっている。

ついつい、その習慣を優先にしがち。

実は、男の子のほうは、寝る前のトイレが嫌なのかもしれない。


理由はわからないけど……。

お姉さんと一緒じゃ嫌なのかもしれない……。

そうだったらどうしよう!? ショックだなぁ。

でも、本当にそうなのか、よく確認してみたい。


「なにかな? 言ってごらん」


私は、笑顔で、男の子に接する。


「おトイレは、本当はひとりで行きたいの。

 家政婦さんと一緒じゃなくて……」


がーん。

私の想像したとおりだった。

私と一緒におトイレに行くのは、嫌だったのだ。


内心ショックを隠せないけど、私は平静を装った。


「お、お、おトイレは……。

 わ、私と、一緒に行かなくていいってこと?

 わ、私は、べ、別にOKだよー。そそそれでもも」


少しは装え!

思いっきり動揺していた。


男の子は、戸惑いの視線を向けてきた。

私の動揺ぶりに、あわてた様子だった。


「あ、あの、家政婦さん……? 怒った?」


「怒ってないよ」


怒っていない。

落ち込んでいるのだ。


どっちかといえば、衝撃的で落ち込んだ気分だ。

1日経てば回復するレベル落ち込み度だけれども。


「怒ってるよね。ごめんなさい……うう……」


男の子は、困り顔になった。

わーい、男の子の困り顔だ、ご褒美だ。


私は、男の子の、困り顔や泣き顔が見るのが好きなのだ。

小動物みたいでかわいいからだ。


正直、さっきの落ち込みがどこかへ飛んで行った。

脳内がハッピーになった。


「うう……う……ごめんなさい……」


もっと、もっとだ。

その涙が私の心を喜ばせる。舐めたい。


さて、私の脳内が、そろそろやばい領域に入りつつあったので、

自制することにした。男の子に声をかける。


「お姉さんは怒ってないよ。ちょっとびっくりしただけ。

 本当はひとりで行きたいんだよね? おトイレ。

 でも、怖くて言い出せなかった……そういうことだよね」


「うん……。

 その、だって、毎晩、家政婦さんとおトイレに行ってるなんて

 みんなに知られたら、からかわれるから」


なーんだ。

そういうことか。私と一緒に行くのが嫌なわけじゃないんだね。

ほっと胸をなでおろす。


「僕、本当はトイレにひとりで行きたい……。

 でも、夜のトイレは暗くて怖いから……」


「私と一緒に行きたい?」


「うん」


男の子は、トイレに行くときの恐怖と、友達にバレたときの恥を、

両方のてんびんにかけて、ああでもない、こうでもない、

とずっと悩んでいたようだった。


なるほど、毎晩緊張した様子だったのは、そういうことだったのか。


本当は、ひとりで行けるようになりたいんだね。

どうやったら、この男の子は、ひとりで、

夜のトイレに行けるようになるのだろうか……。


私はいろいろ考えたすえに、ある行動をとることにした。



つづく

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