第20話 雨のお迎え編4

「うう、うう……」


本を取り上げると、男の子は、そのつぶらな瞳に、清い水のような涙を浮かべる。


しまった。また泣かせてしまった。

どうしよう。


うわ。このままではまずい。

私は、男の子の家政婦とはいえ、学校外部の人間だ。

学校侵入者が、子供を泣かせてしまった、と誤解されてしまう。


通報→逮捕→クビ。

最悪のルートが私の頭の中に流れる。

自業自得とはいえ、それは避けたい。


「じょーだんだよ、じょーだん!」


にっこり笑顔を浮かべて、男の子の頭をなでながら、本を返した。


「ぐすっ……。勝手にとるから、どのページまで読んだか忘れた」


男の子は、涙ぐみながら、本を1ページずつペラペラめくる。


本のページをめくることに集中しているせいか、

そのうち、男の子の涙は引っ込んでいった。


ふぅ。泣き終わってくれたようだ。

ふふふ。でも、いつ見ても泣き顔がかわいい。

もし、この場が図書室や学校でなければ、いつまでも泣き顔を見ていたい……。

はぁはぁ。

はぁはぁ……。

興奮しすぎて、私は少しだけ過呼吸気味になった。

そんな表情は、男の子には見せないように、顔を伏せた。


って、私は何やっているんだ。

そういえば、男の子をお迎えに来たんだっけ。

興奮している場合ではない。


「本を読むのもいいけど、そろそろ帰らないとね?

 ほら、雨ふってるんだから、傘を持ってきたよ」


「……」


「どしたの? ほら、行こうよ」


「……」


「あ、もしかして、私と一緒に帰るのが恥ずかしいかな?」


「うん。友達に何言われるか、わからないから」


男の子は、こくりとうなずいた。

やっぱり。ちょっとショック。

でも、男の子の気持ちも少しわからないではない。


家政婦とはいっても、知りあって間もない女の人だ。

一緒に帰宅するのは、友達の目もあり、たいへん恥ずかしいのだろう。


「友達に見られるのが恥ずかしいと」

「うん」


それにしても、この子にも「友達」がいたのね。

いないと思ってた。おどおどしてるし、人見知りのような気がしたから。

いや、もしかしたら、一方的に友達と思っているだけで、

相手はそう思っていないのかも……。

悲しくなるから、これ以上考えるのはやめておこう。


ただ、友達であっても、友達でなくても、

知らないお姉さんと一緒に歩いてるのを

目撃されるのは、男の子としては、恥ずかしいだろう。


でもね。

きょうは、雨も降ってるんだし、君は傘も持っていないんだし、

こうして迎えに来たのだし、一緒に帰らないとね。


「きょうは、もう帰ろう。

 友達に見られないように、こっそり帰るからさ」


「……」


男の子は、不信の目を向けてくる。

あれ? 信頼されていない?

がーん。ショック。


ショックを受けて硬直している間に、

突如として、男の子が動き出す。


「あっ、どこ行くの。ちょっと待って!」


待てい!


男の子は、そのまま私を振り切ると、

図書室の外へと駆け出していった。


そんなに友達に見られたくないんかい!

意外と強情だな、もう……。

私はあきれてため息をついた。


と同時に、男の子が恥ずかしがる様子を見て、

「かわいい」と感じていた。

もっと恥ずかしがる様子を見てみたい。

うふふ。

男の子を追いかけるのが楽しみになってきたかもしれない。


あとを追いかける。

図書室の外に出るが、男の子の姿はすでにない。

さて、次はどこへ逃げたのやら……。


その後まもなく、私は、男の子の姿を発見することになる。

男の子は、驚くべき行動をとっていた。


つづく

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