第10話 おねしょ編終

「ねぇ、これからお買い物の手伝いをしてもらってもいいかな?」


私は、男の子に呼びかける。

男の子は「え?」という視線を向ける。


どうして、こんなじかんに、おそとにでるの?

おねえさん、あたま、だいじょうぶ?


男の子は、そう言いたげな顔をしていた。

そりゃそうだよね。


今は夜20時。

こんな小さい男の子を連れて回るには、少々不適切な時間帯だ。


「どうしても、近くのお店で買いたいものがあるの。

 夜道は危ないから、

 お姉さんを助けると思って、一緒についてきてくれないかな?」


私は、お願いポーズをとる。

男の子は、しばらく黙っていたけど、「うん」とうなずいた。


「えへ。ありがとう! じゃあ、お外に出るから、

 少しお着替えして出ようか」


私は、男の子を着替えさせると、一緒に外に出た。


闇夜の住宅街に、街灯の明かりがぽつぽつと灯る。

スポットライトのような光が、歩道を照らす。


人通りは少ない。

ときたま、帰宅のサラリーマンとすれちがう。


ここは、市街の中心部から少し離れているものだから、夜は少し寂しい。


「大丈夫? 怖いかな?」


私は、隣を歩いてる男の子に声をかける。


「ちょっと怖い……かも」


男の子は、周囲をきょろきょろと不安そうに見回しながら、

私の洋服のすそを、ずっとつかんでいる。


あーもう、男の子の不安そうな顔、すごくかわいい。

もっと怖がらせていい? 泣かせていい?

暗い場所にひきずりこんでみようか?


ひひひ。ひっひっひ。

私が不審者になってしまいそうだ。抑えろ!


「うふふ。トイレとどっちが怖い?」


「そ、それは……同じくらい……だと思う」


同じくらいなのか。

トイレのほうがまだマシな気がするけど。

距離が圧倒的に短いし。


「同じくらいかぁ。そうかぁ。

 でもね。

 この道のほうがずっと怖いんだよー。

 変な人が出てくるらしいし」


「えっ……」


「変な人は、ひとりで歩くときにしか出てこないよ。

 大丈夫、大丈夫。

 だって、きょうは、君がいるんだもの」


「僕がいるから大丈夫なの?」


「そうだよ。

 君がいるから、私は大丈夫なんだよ。

 変な人が出てきても怖くない」


「僕がいるから怖くない……本当?」


「うふふ、本当だよー」


男の子の目が少しだけ、輝いたような気がした。

涙ではない。「勇気」のようなものが映っていたと思う。


しばらく歩く。


男の子は、いつのまにか、私の服のすそから手を離して

夜の街を楽しみだした、


男の子は、街灯にたかっている蛾を指さす。

「チョウチョがいる」

「あれは蛾(が)だねー」

「ガ?」

「チョウチョの仲間みたいなものだよ」


しばらく歩く。


すると、男の子は、月をじっと見ている。

月が気になるのかな? 子供は、夜はあまりお外に出ないもんね。


「ねぇ。月が見えるねー。きれいだね」

「あれはね、満月って言うの。お母さんから聞いた」

「物知りだねー」


こんな感じで夜の街を練り歩いた。


お店での用事も済ませ、家にたどり着いたときは、

時計は、すでに21時30分を回っていた。


あらら? もうそんな時間?


いつもなら、21時よりも前には帰っているんだけど、

男の子と一緒に歩いてたら、いろんなところで足が止まったので、

ついつい遅くなってしまった。


あまり男の子を夜更かしさせるのもよくないので

さっさと寝かしつけた。


このときから、男の子の行動が少し変わったように思えた。


とりあえず、トイレにはひとりで行けるようになった。

ほぼ100パーの確率で、私と一緒に行くことはなくなった。

ずっと電気をつけることも、ラジオを鳴らすこともしなくなった。


マジで完璧に、夜ひとりでトイレに行けるようになった。

やったね。


……と言いたいところだけど、

私みたいな家政婦のお姉さんとしては、

頼られなくなり、少しだけ寂しい気持ちになった。


私のこと、もう必要なくなったんだな。悲しい。

成長してうれしい反面、なんだか複雑な気持ち……。


こうなったらもう、強引にトイレに一緒についていこうかな?(※犯罪です)

むしろ、私のトイレにつきあってもらおうか!

ぐへへ。

すいません、嘘です。



おねしょ編おわり(次回の編につづく)

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