第15話 ホラー映画編5

「私に抱き着いていいのよ!」


私は、えへへと笑いながら、両手をオープンにして、

男の子を積極的に受け入れる姿勢をとった。


さあ! 早く! 飛び込んできなさい!


だが、男の子は「しない」と言って、恥ずかしそうに断る。

なんで私は、こんなに男の子に抱き着いてもらおうと奮闘しているのか。


事の発端は、ホラー映画だった。


私の目から見れば、大して怖くもない映画なのだけど、

男の子の感性から見れば、相当怖い映画らしく、

何度も何度もびくっと肩を頭震わせて、顔を青くしていた。


そんな男の子が、怖い場面になるたびに、

私のことをチラチラ見てくるので、

「いったい何?」と問いかけてみれば、

「抱き着きたいほど怖いけど、恥ずかしいので抱き着けない」

という答えが返ってきた。


自分でもよくわからないけど、

男の子を世話する家政婦としては、

意地でも抱き着かせてみせたくなってきた。


そのために工夫を凝らす。ハードルを低くするために、

「私に抱き着いていいのよ!」

というセリフを、恥をしのんで、わざわざ言ってみたのはいいが、

まずそれだけで抱き着いてくるなんてことはない。


ホラー映画が終わるまでに、なんとか抱き着かせてみたい。

映画はクライマックスな場面がうつしだされている。


なんと、殺人鬼は追い詰められ、

刑事たちにやられようとしていた。


これから先、いつ殺人鬼がやられてもおかしくはない。

殺人鬼がやられる。

つまり、恐怖の場面がなくなってしまうということだ。


男の子も、さっきまでに比べて、びくびくしなくなった。

映画にくぎ付けで、じっと座っている。


映画の放映時間的に、もう残り時間は少ないと思われる。

ホラー映画なのだから、怖くて救いようのない結末が待ち構えているかもしれないけど、それだけに希望を託すわけにはいかない。

私は、今見ているホラー映画の結末を知らないのだから。


このままでは、男の子に抱き着かせることはできない!


私もどうして自分がそこまでムキになっているかわからないけど、

とにかく、男の子を自分に抱き着かせようと、割と必死だった。


そうだ。映画以外で怖がらせてみよう!

ホラー映画はもう頼りないのだから。


私の頭の中には、ブレーカーを落として停電させる案が思い浮かんでいた。

ホラー映画を見ている最中に、突然の停電。

私でも、何も知らなければ、めちゃくちゃビビると思う。


まあ、ブレーカー落とすのはやりすぎだと思うので

部屋の照明を落とす程度にしておくか。


男の子が映画に集中しているところを見計らって、

私は、座っているソファから、音を出さないようゆっくりと離れ、

そろりそろりと電気スイッチのある壁に近づいていく。

抜き足、差し足、忍び足……。私はニンジャ。


壁の電気スイッチに、私の指がのびる。

男の子は、映画に集中していて、まったく気づいていない。


よし、電気スイッチをオフだ!

思う存分怖がるがいい! そして、私に抱き着いてきて!


と、そのとき、私の足元を、黒い何かが通過していった。



つづく

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