第14話 ホラー映画編4

「その……かせいふさん」


男の子は、そのあと何か言ったのだが、小さくて聞き取れない。

顔を赤らめて、ぼそぼそ言っている。


私は、聞こえないその言葉を聞くため、顔を数cmのところまで近づける。

男の子の吐息が少しだけ顔にかかった気がする。


「わっ、わっ……」


男の子は、私が顔を近づけすぎたためか、明らかな動揺をしている。

それに、わたわたと、口をおさえている。


「んー? 君の声が小さくて聞き取れないなぁ」


男の子の動揺する姿がかわいくて、

追い打ちをかけるかのように、「聞き取れない」という言葉をぶつける。


「なな、なんでも、ない」


男の子は、恥ずかしそうに、少しだけ私から離れた。


「そんなに離れないで。

 あっ。もしかして、怖いから、抱き着きたいとか?」


「……」


「ふーん」


「こくり」


男の子は、目をつぶって、とっても恥ずかしそうに、うなずいた。


わぁ。やっぱり抱き着きたかったんだ。

恥ずかしくて言えなかったんだね。

ホラー映画、怖いもんね。


「君ならいいよ」


「えっ」


「抱き着いても!」


むしろ私のほうから抱き着いていった。

男の子の薄い肉体を、私のほわほわした肉体が包み込む。


「むぐむぐ……」


男の子は少し苦しそうにしていたが、

ちょっとだけうれしそうな顔をしている(私の主観)


そして男の子は、息も絶え絶えになりながら、私につぶやきかける。


「いまは、いまは、怖いとこじゃないから、いいよ」


「すぐに抱き着くようになるよ」


「うーん」


ぱっと、離れる。

テレビのほうをちらっと見る。

今はたしかに怖い場面ではない。

殺人鬼対策のため、刑事たちが会議をしているところだった。


しかし、怖い場面はすぐやってきた。


刑事たちの会議中に電話がかかってきたのだ。

その電話は、もちろん、あの殺人鬼からだ。

若手刑事は、鳴り出した自分のスマホを取り出し、顔をしかめる。


わ、若手刑事が殺される!

男の子は身構えた。そして、私のほうをちらりと見る。

このチラ見は、たぶん抱き着く合図だ。


さあ、抱きついておいで!

私は両手をオープンにして、ぐわっとした雰囲気で男の子に迫った。


だが、現実は非情だった。


映画の中では、年配刑事がブチ切れていた。

「会議中はマナーモードにしろと言っただろ!}

怒られた若手刑事は電話に出ず、そのまま切った。


あっ。電話に出なかった。

殺人鬼キャンセルされた。殺キャン。


男の子は、ほっと胸をなでおろした。

むー。

殺キャンのせいで、抱き着かれなかった。


肝心なところで、殺人鬼は外してくれる。

むー。役立たず! 早く登場人物を〇せ! 〇せ!

それができないなら公衆電話と一緒に燃えろ!


おっとっと。ちょっと荒ぶりすぎた。

こう見えても、私は、優しいお姉さん家政婦なの。


私の内面が少しばかり沸騰したけれども、

外面上は終始にこやかにしているつもりだ。

にこにこ。にこにこ。


映画の中の殺人鬼はその後も殺人を重ね、

その場面が出るたびに、

恐怖した男の子は、やや控えめに、私の腕に触れたりしてきた。


抱き着いては来ない。


この気弱な男の子にも恥(?)やプライド(?)や倫理(?)

みたいなものがあるのか、

そうそう簡単に、フルマックスで抱き着くようなことはしてこない。


しかし、私も家政婦の端くれ。

男の子に抱き着かれないでは、済まされない!

私の家政婦としてのプライドの炎が燃える。(※家政婦関係ないと思う)



私は、このホラー映画が終わるまでに、必ず1回は!

男の子を抱き着かせてみせるっ!


当時の私は、こうして謎の決意をするのだった。


つづく

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