第2話 男の子、泣く
「あの、家政婦の者ですが……」
チャイムを鳴らしても、反応はない。
「なかなか出てくれないわね……」
おそらく、男の子が出てくるはずだった。
気弱な子だとは聞いていたが、なかなか出てこない。
それとも、家にいないのかな?
これは困った。
出てきてほしいんだけど……。
出てきてくれない。
日曜の朝、ぽつんと一人で立ち尽くす私。
ちょっとさみしい気分になった。
「合鍵、使おうかしら?」
一応、合鍵はもらっているので、すぐ開けることもできる。
でも、いきなり開けて入るのも、怖がらせてしまうので、
男の子が出てくるのを待っていた。
私は、反応のない玄関をあとにして、
邸宅のまわりをうろうろする。
庭には、赤やオレンジ系の花々が風に揺られている。
植物多いなぁ……。
庭の植物も私ひとりでどうにかお世話しないといけない。
もちろん、家の中の仕事もある。毎日、毎日。
そう思うと、結構な仕事量があるんだなと感じていた。
「あの……か、かせいふさん?」
消え入りそうな小さな声が、私のすぐうしろからした。
びくっとする。心臓が飛んだ。
今まで人の気配がなかったからだ。
でも、私はあまり驚きの感情をあらわにせず、
余裕の笑みを作りながら、
「はじめまして、家政婦です」
と、あまり驚かせないように、落ち着いた声で伝えた。
文字どおりの、気弱そうな男の子がそこにいた。
眉は八の字に曲がり、
肩をすくめてオドオドしているかのようなポーズをとっている。
あ、そうだ。目線を合わせなきゃ……。
身長は私のほうが高いのだから。
その男の子の身長は、私のお腹のあたりまでだろうか?
私は膝を曲げて、自分の目と、男の子の目線を合わせるように調整する。
「わっ……」
男の子は、私と目があうと、
恥ずかしそうに、すぐに目をそらしてしまった。
あれ? 目を合わせるのが得意じゃないのかな?
私はあまり気にせず、話を続ける。
「ねぇ、おうちの中に入れてくれるかな?」
男の子は、無言でこくりとうなずくと、
玄関のほうに、こそこそと歩いていく。
そして、私と、男の子は、一緒に玄関をくぐる。
「わぁ。大きなおうちだねー」
真っ白な壁、高そうな絵画、
広い廊下、多くのドア……。
洋館というレベルではないが、2階建ての家としてはかなり
きれいで大きめな家だ。
かなりのお金持ちなのかもしれない。
報酬はいくらでも払うって言ってたし……。
男の子は、家の中に入ると、すぐこう言ってきた。
「すぐ出られなくて、ごめんなさい」
「え? どうかしたの?」
「お父さんとお母さん以外の大人の人と話すの、怖いから……。
なかなか外に出られなくて」
ずっと下を向いている。
びくびくしている様子が、今も見てとれる。
こんなに弱気な子、初めて見た。
ふふふ。なんだかおもしろい。
いつも元気な子供ばかり見てたから、
ここまで弱気な子だと、つい、意地悪したくなってしまう。
「そうなんだー。
でも、君が早く出てこないから、お姉さん困っちゃったなぁ。
もう帰ろうかなと思っちゃった」
「ごめんなさい。
僕、次はちゃんと玄関に出るから……。
いなくならないで。
うう……うう……」
泣きだしてしまった。
まずい。解雇される。
気弱な男の子のメンタルを軽く考えてはいけなかった。
でも、男の子の泣き顔もかわいい……。
その顔もっとお姉さんに見せてほしいな。
私の胸は高鳴った。ぞくぞくとした。
うふふ。これはこれで……。
いいものを見せてもらって……。
おっと、いけない、いけない。
正常になれ、私!
私は、ハンカチを取り出すと、
男の子の頬からつたう涙をゆっくりと拭いた。
男の子の小さな涙が、私のハンカチに吸収され、じっとりと濡れた。
この涙は、天然水よりずっとおいしく飲めるかもしれない。
「ごめんね。さっきのは冗談だよ!
お姉さんは帰らないし、これからずっと一緒だよ!」
「うう……ぐすっ。ほんとう?」
「本当だよ」
ずっと一緒、は言い過ぎかもしれないと思ったけど、
泣き止ませるための言葉だった。
こうして、ずっと一緒かはわからないけれど、
私の家政婦(偽)の生活が始まるのだった。
つづく
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