第二章:呪われし月光

第10話 月光鬼型

 山之内の死に様は壮絶なもの、全身から黒い血を流して、白目で痙攣をしてその場に崩れ落ちていった。


 呪いを一身に受けていた人間は、あの世に行ったとしても極楽浄土には行けないと、真壁は悲壮な顔で呟いた。


「山ノ内の代わりは幾らでもいるだろう、全国から巫女を使えばいい」――


 根っからの軍人である醍醐は、人1人の命を使い勝手の良い駒だとしか受け止めてはいない。


 醍醐の一言に、正彦は疑問を通り越して憤りのようなものを感じている。


(人1人が死んで、しかも極楽に行けないだと……? 冗談じゃない、俺達軍人は、死んだ後に靖国に御霊として崇められ、あの世、極楽浄土から国民を見守るんだ。……なのに、あいつは極楽浄土には行けずに、無間地獄を彷徨うだと……? これでは、あいつは浮かばれない……)


 宿舎では、日本酒を片手に、兵士達は束の間のひと時を過ごしている。


 まるでそれは、場末の居酒屋のようであり、彼等の本当の意味でのバイタリティが宿舎から感じ取られており、この雰囲気は戦後でも醸し出される事はないだろう。


「なぁ、……本当にその42部隊とやらは、人の肉体を使って兵器を作っているのだろうか? もし仮にそうだとしたら、俺達は犬死にで終わるのではないか?」


 ある兵士は、疑問を浮かべながら皆の前でそう呟く。


「馬鹿野郎、俺達の体が国に生かされるんだ、それに、人の肉体と言っても、死体だったろ? ならば問題はないはずだ!」


 またある兵士はまだ若く、血気盛んであり、日の丸の鉢巻を頭に巻いてそう言い放つ。


「……やめろ、その話は……」


 正彦は、彼等にそう言い、日本酒をちびりと口に運ぶ。


 一升瓶を丸々一瓶空にしているのだが、全く酔えずに、正彦は複雑な表情で配給品のタバコを口に運ぶ。


「……ですがね、幾ら戦争と言っても、人の体を使って戦うのはね……。何も罪がない国民達が戦争に、しかも親から貰った身体を差し出すのは……」


「あ!? 非国民だな貴様! 俺達は日本が勝つ為には仕方のない事だ……! それとも殴られたいのか?」


 その兵士は、弱気な発言をした兵士に殴り掛かろうとする。


「やめろと言ってるんだ!」


 正彦は、机を思い切り叩き、ふらふらと外に出ていった。


 ☠☠☠☠


 満月で星空が綺麗な夜、それは排気ガスが充満する現代の都会ではまず見られない、本当の意味での純粋な自然光景。


 滑走路には、数機の零戦と紫電、そしてつい先日に来たばかりの月光が10機ほど並べられている。


(42部隊が作り上げた、実験機か……改良されたレーダーが付いているというのだが、これは誰が乗るんだろうか?)


 胴体に鬼の顔が書かれた一機の月光を見て、正彦は複雑な気持ちに襲われる。


(俺達がしていることは、悪魔の所業だ、人の体を使って兵器を作り出すことなど絶対にやってはいけない行為だ。もし仮に戦争に負けたら日本は裁かれるだろう。人体を使うなどの禁忌をしているのだから当然の事だ。……山之内、貴様は死んだのだが、ある意味貴様は幸福かもしれない、罪に問われないのだから)


 正彦は、山之内の遺族に遺品を渡したときのことを思い出す。


 痩せていて眼鏡をかけていた山之内の母親は、山之内が戦死したとの出鱈目を本気に信じ、山之内の遺品である髪の毛を握り締めて泣いた。


 山之内の遺品は、自分の爪や髪の毛が入った手製のお守り袋である。


「山之内さんは、立派な軍人でした……」


 正彦は山之内の遺族に、ごく当たり障りのない言葉を伝えたのだが、流石に怨型の事は話してはいない。


 もし仮に、彼等が42部隊や零戦怨型の事を知ったならば怒り狂うだろう。


(晴美、教えてくれ、俺は軍人なのか、それとも側から見たら鬼なのか……?)


「飛田中尉殿」


 やや甲高い声が正彦の後ろから聞こえ、正彦は後ろを振り返る。


 そこには、がっしりとした体型の中背の男がいる。


「貴様は……確か、月光搭乗員の、霧山、だったな」


「はっ。皆が探しております」


「そうか、分かった。……次の出撃、宜しく頼むぞ」


「はっ」


 霧山は、やや緊張した顔つきで敬礼をして、宿舎に戻っていった。

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