血弾ー真打版

第一章:黒の零戦

第1話 帰還

 1944年某月某日の事だーー


「敵機だ」


 操縦席の方から聞こえる情けない声を聞き、飛田正彦は半月ほど前に、ラバウルで熱病にかかった時の如く、背筋がぞくりとする。


「攻撃態勢に入れ!」


 正彦が乗っている四式重爆撃機飛龍の隊員達は、すぐさま迎撃体制に入る。


 だが、迎撃とは言っても、たった一機だけであり、飛龍よりも高速の戦闘機にかかれば、硫黄島から引き揚げの隊員が数名乗っている鈍重の飛龍は、いくら装甲板があるとはいえ火達磨になるのは明白である。


 正彦は風防から外を見やる。


 F6Fヘルキャットが2機、飛龍に狙いを定めているのが正彦の目には飛び込んできた。


(あれは、最近米軍で出てきたF6Fだ……! あいつらは零戦よりも高速なんだ、俺の命運もここで尽きるのか……?)


 正彦はいよいよ死を決意したのか、お守り袋の中に入っている写真を見やる。


(晴美……!)


 少しふくよかな顔つきで、目は人形のようにぱっちりとしたその女性は、正彦の妻であり、現在生きているのかどうかわからないのだが、少なくとも、死んだという電報が届いていない為死んではいない筈であり、晴美の優しい顔つきや、まだ内地に食糧が残っていた頃に作ってくれた手料理の味を思い出す。


(君を守ってあげれなくて済まない、俺はここで死ぬのかもしれないぞ……?)


 ガンガン、という不気味にまで心地が良い弾丸の炸裂音と共に風防は割れ、機内には火花が飛び散り、肉をえぐられた搭乗員の叫びが聞こえる。


「おいあれ、我が軍の零戦ではないのか!?」


 正彦の隣にいる名が朧げにしか思い浮かばない航空兵は、ひび割れた風防の外を指差す。


(ダメだ、零戦ではあいつらには勝てない、単なる気休めにしかならない……!)


 正彦は、同期の航空兵から米軍のF6Fは零戦よりも高性能で歯が全く立たないと聞いており、多分死ぬのだろうなと覚悟を決める。


「ん?」


 その零戦は、鴉のように真っ黒く、赤の日本マークが目立つようになっており、「ひょっとしてあれは夜戦ではないのか?」と正彦は錯覚する。



 ☠☠☠☠


「ヘイあれは零戦ジークだ!」


 とあるF6Fパイロットは、黒の零戦を見て僚機に無線で話す。


「高度を上げるぞ、あいつらは低空でしか力を発揮できないんだ!」


 そいつは、かなり余裕な表情を浮かべており、黒の零戦を舐めた目つきで見やる。


「2対1でやれば、楽勝だな!」


「ああ、こいつらは、七面鳥だ!」


 マリアナ沖海戦で無数の零戦をばたばたと撃ち落としてきた彼らにとって零戦は七面鳥のようなものであり、大戦初期には零戦は無敵を誇ったのだが、もうこの頃になると対策が練られており、どの戦闘機にも勝てなくなっていた。


 彼等は空中戦のマニュアルに書いてある通りに、二体一で挑むようにし、零戦が最も苦手とする高度での空戦に挑むようにする。


 だが、この零戦は普段彼等が交戦している零戦とはひと味違っていた。


「うん!?」


「どうしたんだ!?」


「引き離せない! 俺達、零戦ジークよりも高速なはずだよなぁ!?」


 そのF6Fパイロットは黒の零戦が自分にぴったりと付いてきているのを驚いた表情で見つめる。


 現在の高度は6000メートル以上、F6Fの最高速度は600キロ以上、零戦の最高速度は550キロ前後方向なのだが、それでも零戦はF6Fにぴったりとついてきている。


(だがこいつには装甲板が付いている、20ミリ砲をもってしても落ちやしないんだ!)


 米軍機全てには装甲板が付いており、それは零戦の20ミリ砲をもってしてもなかなか撃ち落とせはしない。


 だが、そのF6Fの主翼に大きな穴が空き、火をもうもうと吹き出している。


「20ミリじゃない、30ミリ砲だ!新型の零戦ジークだ!」


 そのF6Fは、僚機にそう伝えた後、通信が途絶える。


「な、30ミリだと……? しかも、俺達と同じかそれ以上の性能だと……?」


 僚機が撃ち落とされたF6Fは、情けなく黒の零戦から逃げようと速度を上げるのだが、ぴったりと背中に付かれている。


(高度6000でも引き離せない、何者なんだこいつは!?)


 黒の零戦から、情け容赦なく30ミリ砲が逃げ纏うF6Fに向けて発射される。


 そのF6Fは、肉片と化して太平洋へと落ちて行った。


 ☠☠☠☠


「全機、撃ち落としたぞ!」


 飛龍搭乗員は、追っ手のF6Fが黒の零戦により全て撃ち落とされたことを確認して、安堵の表情を浮かべる。


(零戦よりも性能が上のF6Fを撃ち落とすとは、やるな、あのパイロット……)


 正彦は、黒の零戦のパイロットに向かい、敬礼をする。


「貴君の奮闘に感謝す……!」


 副操縦士は、黒の零戦に向けて空中無線で話しかけるのだが、何も答えはしない。


「本土が見えてきたぞ!」


 操縦士は13ミリ機銃で肉を抉られた腕を抑えながら、眼下に広がる本土を見て歓喜の声を上げる。


 黒の零戦は、彼らを護るかのようにして、旋回しながら飛んでいる。


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