第2話 新型の零戦

 正彦達は黒の零戦の護衛のお陰で何とか命かながら鹿児島の暁海軍航空隊に着き、機体や主翼に穴が空いた飛龍を見て溜息をつく。


(よく燃料タンクに被弾しなかったものだ……しかし、黒の零戦に乗っていた航空兵は一体何者なんだ?)


 弾丸で肉を抉られた飛龍搭乗員は担架で運ばれていくのを正彦は見て、心配な表情を浮かべる。


 黒の零戦は、飛龍が基地に着いた時には既におらず、どこかの基地へと行ってしまったのか、暁基地にはいない。


(零戦の航続距離は、確か硫黄島からギリギリの距離だったはずだ、しかも、増槽は付いていなかった、あれは幻なのか、それとも夢だったのか……?)


「飛田中尉殿、司令がお呼びです」


 中年の整備兵は、戦闘機の整備中だったのか、身体中にオイルを付けており、目の下にクマができており、過酷な作業現場であることが正彦には容易に想像ができる。


「分かった」


(どうせ、俺達が逃げて帰ってきたことを叱り飛ばすのだろうな……)


 軍隊の教えは、1に御国の為、2に命を捨てて国を守れである。


 当時の軍関係者や民間人ならば、その教えを洗脳だとは疑う余地はなくすんなりと従うのだが、正彦は本当の事を嗅ぎ分ける嗅覚があり、根性論だとか気合いだとか、命を捨ててまで国を守れだとかという教えに疑問を感じている。


(この国はもうアメリカには太刀打ちができない、あんな、20ミリ砲が通用せずに高速の戦闘機が沢山いる国と俺達はどうやって戦えばいいんだ? 停戦条例を結べば、沢山の犠牲が出なくなる。……畜生、もっと、質の良いガソリンと、高性能のレーダー、高速で落ちない戦闘機があれば、俺たちは少しでも有利に進められる。……もう、手遅れなんじゃないのか?)


 暁基地には、10機の雷電と6機の月光、20機の零戦があるのだが、黒の零戦は見当たらない。


 この基地からは、何機もの練習機や旧式の零戦が250キロ爆弾を胴体にくくりつけて敵艦に体当たりをしていくという。


 ーー特別攻撃隊、統率の外道と呼ばれた、人の命を犠牲にして敵艦を沈める悪魔の作戦である。


(俺を特攻隊に入れるというわけではないだろうな……?)


 正彦は、自分ではどうにもならない運命の歯車を感じながら、司令部へと足を進める。


 ☠☠☠☠


「来たか……」


 本城、という名の丸坊主で側頭部に弾丸の跡がある50代ぐらいの司令官は、死の恐怖を達観として受け止めている正彦を見つめる。


「はっ、話というのは……」


(ほぼ、9割方特攻隊だろう……)


「話というのは他でも無い、隣にいる山之内と共に本土へと移り、本土防空の任務についていただきたい……」


「……!?」


 本城からそう言われて、正彦は隣を見やる。


 全身白の死装束を着た、正彦と対して年の変わらない女性がそこにいる。


(コイツ、いつここにいたんだ!? しかも女!? 気配がない!! しかし、なんでこんな格好をしているんだ!?)


「明日の朝、貴様らは一式陸攻に乗り、昴基地へと向かえ、雷神部隊に所属しろ、連絡はしてあるからな……下がって良いぞ」


「はっ」


 彼等は本城に敬礼をして、司令部を後にする。


 ☠️☠️☠️☠️


 正彦は当然の事ながら、山之内とは全く面識はない。


 司令部を後にしてから、山之内とは全く話さずに、宿舎に戻る。


(何者なんだコイツは……?)


 本来航空兵は、空中勤務に耐えうる格好をするのだが、山之内の格好は、死装束と呼ばれるものであり、飛空帽は被っているのだが、それでも兵士とは言い難い格好であり、正彦は一抹の恐怖を感じる。


 宿舎のベットに横になり、正彦は一枚の写真を見やる。


(晴美……俺は明日、君がいる首都へと向かう、それまで生きていてくれ、必ず俺は君のことを守るからな……)


「……」


 正彦の耳に、念仏のようなものが微かに聞こえる。


 その念仏は、戦闘機の置かれているドッグから聞こえてくる。


「何の声なんだ……?」


 正彦は、ベットから立ち上がり、ドッグの方へと足を進める。


 ☠☠☠☠


「……祓いたまえ、清めたまえ……我、血となり肉となりて、鬼畜米英を……」


 ドッグの中にある、黒の零戦のそばには神棚のようなものが置かれており、先程の山之内が座り念仏のようなものを唱えている。


「山之内、貴様は何をしているのだ!?」


 山之内は、正彦をじろりとみやり、再び神棚に目線を戻して念仏を唱え始める。


「貴様……!」


 正彦は山之内の態度が気に食わないのか、山之内に掴みかかろうとしたのだが、周りにいる兵士達に止められる。


「飛田中尉、止めろ、これは大事な儀式なのだ……!」


 大尉らしき男は、正彦を制する。


「儀式……?」


「零戦怨型の力を発揮するために必要な儀式なのだ……! 邪魔してはならぬ……!」


「零戦……怨型!?」


「この零戦の実験型だ」


「はぁ……」


「ともかくお前は、宿舎に戻ってゆっくり養生する事だ、これから忙しくなるぞ……!」


「はっ」


 正彦はその、大尉らしき男に敬礼をしてドッグを後にする。


(零戦……怨型……?)


「祓いたまえ、清めたまえ……」


 山之内の声が、いつまでもドッグの中で木霊している。

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