第3話 42部隊

 午前10時頃、正彦を乗せた一式陸攻は、山之内が操縦する黒の零戦の護衛で本土にある昴基地まで出向くことになった。


(この黒の零戦は一体何でできているんだ……?)


 白装束に身を包んだ山之内は、何かを達観した表情を浮かべて、一式陸攻の隣を飛んでいる。


 一式陸攻には爆弾の代わりにある荷物がある、その荷物は木箱の中に厳重に保管されている。


 正彦の他に、2人の民間人が乗っている、彼等は、複雑な表情を浮かべながら、先程からしきりに、黒の零戦の方を見やる。


(これには一体何が入っているというんだ……?)


「硫黄島の占領が本格的に始まったらしいぞ……」


「あぁ、地形が変わるほどの攻撃らしいな……」


 搭乗員のやりとりを聞き、自分は首の皮一枚が繋がって生き延びることが出来たのだと、正彦は安堵する。


「首都が見えてきましたよ……」


 副操縦士は、今か今かと本土にたどり着くことを願っている正彦達に吉報を持ってくる。


「昴基地から、護衛の紫電が上がってきているぞ……」


「これはそんなに重要なのか……?」


 昴基地からの打電を、操縦士達は疑問視しながら受け取る。


(紫電は運動性は劣るのだが、辛うじて米軍機と戦える戦闘機だ、それがわざわざ上がってきているとは……?)


 正彦は、3機の紫電を不穏な表情を浮かべて見守る。


 ☠☠☠☠


 サイパンが陥落しB29の中継地点となってから、日本への空襲は日に日に激化していき、日本は防空戦闘機部隊を組織せざるを得なくなった。


 だが、肝心のパイロットが不足しており、台湾などの外地にいる熟練パイロットを本土に呼び寄せる事となり、真珠湾攻撃に参加してからラバウル、ニューギニアで活躍してきた撃墜数50機の正彦にお呼びがかかった。


 紫電の護衛に守られながら、正彦達は昴基地に着き、引き継ぎもそこそこにして司令部へと足を進める。


(この民間人は一体何者なんだ……?)


 正彦は、暁基地から乗ってきた民間人の2人をちらりと横から不穏な目で見る。


 彼等は手に、先程一式陸攻に積んである木箱を大事そうに持ち、一言も発しない。


 山之内も同様にして、何も話さずに口を噤んでいる。


(緘口令が敷かれているのか……? だが、こいつらは一体何者なんだ?)


 彼等は司令部に入ると、そこには司令官の醍醐英臣が真剣な眼差しで彼等を待ちわびている。


「飛田、戻りました」


「うむ……飛田、真壁、萩原、山之内、ご苦労であった、本土の状況なのだが……」


 醍醐は一呼吸入れて、口を開ける。


「米軍の空襲が酷く、特に工場地帯の空襲が連日のようにある、硫黄島が陥落するのは時間の問題だろう、貴様らには、昴基地で本土防空の任務にあたって貰いたい、飛田、お前は雷電を使い迎撃しろ、山之内、お前は飛田達迎撃部隊を新型の零戦を使い護衛しろ……飛田、お前は下がっていい、真壁、萩原、山之内、貴様らに話したい事がある……」


「はっ、失礼致します」


 正彦は不思議な顔をして、敬礼をして部屋を後にする。


 ☠☠☠☠


 正彦は隊員達と軽く顔を合わせるのをそこそこにして、これから乗るであろう雷電が整備されているドッグへと足を進める。


「なぁ、聞いたか? 42部隊の噂……」


 若い整備兵は、休憩中なのか、煙草を吸いながら、同僚に話す。


「あぁ、人の体を使って兵器を作っているらしいな……」


(人の体?)


 正彦はその雑談が気になり、彼等の元へと足を進める。


「おい、その42部隊というのはなんだ? 詳しく教えろ」


「はっ……私達も噂でしか聞いた事がないのですが、42部隊という部隊が、人の体を使い兵器を作っていると……」


 その整備兵は、緊張しながら正彦に伝える、それもそのはず、今の正彦は極度のストレスで目は血走り、ほおは痩せこけており、側から見たら危険な人間にしか見えないのだ。


「42部隊……? 聞いた事がない部隊だな……?」


「はあ、それも私達には情報が全く来ないのです」


「分かった、情報が入り次第教えてくれ、貴様らの名前は何だ?」


「はっ、高橋です」


 ニキビ満開の20代前半ほどの肌艶の整備兵は敬礼をする。


「畑中です」


 丸眼鏡を掛けた貧相な整備兵は、高橋と同じ年のように正彦は感じ、「分かった」と一言を告げて、彼等から離れて雷電のあるドッグへと足を進める。


(42部隊……? 確か何処かの部隊は、捕虜を使い人体実験を繰り返していると噂で聞くのだが、それではないのか……? いずれにせよ、人の体を使い兵器を作る等、決してあってはいけない事だ……)


 正彦はそう思いながら、ドックへと入って行く。

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