第4話 性能不足
昴基地の最寄駅から3駅、電車で15分ほど離れた場所に紅羽工業団地がある。
そこでは航空機の部品が作られており、当然のことながら米軍の爆撃のターゲットになっている。
その工業団地に、正彦の妻の晴美は勤労動員で行っている事を正彦は手紙で知った。
正彦は本土に帰還してからまだ晴美には会ってはいない、会いに行こうとした矢先に出撃の命令が下ったのだ。
(晴美……俺が守るからな……! 無事でいてくれよ!)
正彦は雷電に乗り、3機の雷電と共にB29の迎撃に向かう。
☠☠☠☠
(高度6000キロまで、5分足らず、か……だが、本当にそうなのだろうか……?)
正彦は操縦している雷電が不安で仕方がない、それもその筈、この頃の日本の工業力は空襲により削がれつつあり、熟練工が戦死する中で勤労動員の女学生が作る戦闘機はまともに飛べるものが少なくなっている。
高度5000メートルに差し掛かった頃、正彦の不安が的中した。
「な!? クソッタレ、回転数が上がらない!!」
正彦の乗る雷電は上昇せず、ふわふわと上空にかろうじて漂っている。
(やはり、今の日本の工業力ではこれが限度なのか……!)
「ワレ敵と遭遇ス!」
無線が入り、正彦は酸素不足に陥りながらも辺りを見回す。
一機の雷電が上空を飛ぶB29の群れを見つけたのだが、正彦と同じ状態であり、かろうじて空中を漂っている。
(B29だ……クソッタレ、落とさなければ、だが、コイツでは戦えない……!)
正彦は溜息をつき、基地へと帰還するように無線で伝える。
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正彦が基地に戻った時、雷電は1機だけしか戻ってこなかった。
エンジントラブルが起き、しかも運が悪いことに搭乗員は酸素マスクの不調で酸欠に陥り墜落してしまったのだ。
(やはり、日本の工業力では、アメリカには敵わない、のか……?)
「飛田中尉殿」
高橋は正彦の方へと足を進める。
「醍醐司令がお呼びであります」
「分かった」
(また小言でもいうのか……そんなに俺たちが歯がゆいのならば、自分が出撃すればいいのに……)
戦時中、軍のお偉いさん達は部下に命令をするだけ、危険な場所で人殺しなどを命じている間に自分達は安全な場所で闇流れのウイスキーだとか牛肉の缶詰だとか庶民の方が滅多にお目にかかれないものを舌鼓しながら談話をしている。
正彦は上官を何度も殺そうと考えたことがある、自分達をまるで将棋の駒にしか見てなかった為だ。
(この戦争が終わったら、俺のやり方で責任を追及させて貰おう……ん?)
正彦の目の前50メートル付近には、山之内が珍しくタバコを吸っている。
(あいつも、人間的な部分はあるのだな……)
正彦は頬を緩め、司令部へと足を進める。
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「……では、5000メートル付近でエンジンに不調があったと言う事か……」
醍醐は案の定、テーブルの隣にウイスキーの瓶を置いて、タバコをふかしながら正彦を見つめる。
「はっ。エンジン不調を起こし、基地に引き返しました」
正彦はバツが悪い顔をして、俯く。
「……そうか。それならば仕方がないな。これから実験型の雷電が届く。次の出撃はその雷電を使い迎撃につけ。新型零戦を護衛に回す。とは言っても、あれは一機だけしかできないがな……」
「怨型ですか。あれは量産はできないのですか?」
「あれは、実験型のものだ。42部隊が製造したもので、実戦投入をした上で量産するか決める」
「……42部隊、ですか」
「ああ、我が軍の実験部隊だ、この戦争に貢献してくれるであろう……」
「……」
「下がって良いぞ……」
「はっ」
正彦は醍醐に敬礼をして、司令部を立ち去った。
☠☠☠☠
2月の寒さに息が白くなりながら、正彦は体を鍛えるために宿舎の中で腕立て伏せをしている。
(42部隊、黒の零戦……?)
軍隊と言えども情報漏洩があり、醍醐は詳しくは42部隊の事は教えてくれなかったのだが、実験部隊というのが正彦にとっては気がかりである。
(人体を使って、戦争兵器を作る部隊の噂があるのだが、本当にそうであるのならば、もし仮にそれを使ってしまったのならば、俺は地獄に真っ先に落ちるだろう、人体兵器などあってはいけないものだ……)
「飛田中尉殿」
扉のそばから、正彦を呼ぶ声が聞こえ、正彦は腕立て伏せをやめて立ち上がる。
そこには、高橋がいる。
「どうした?」
「飛田中尉宛に手紙が来ております」
高橋は、正彦に手紙を手渡す。
それは、晴美からであった。
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