第19話 新型燃料

 その日は、雲一つない晴天であった――


「米軍、本土侵入、全機出撃セヨ……! 繰リ返ス、全機出撃セヨ……!」


 開戦前に作られたという、年季が入り雑音だらけのスピーカーからは、先日情報を入手したばかりの米軍機の侵入を知らせる報が伝えられる。


 この日を待っていたのか、すでに準備態勢をしていた整備兵たちが紫電改や紫電のプロペラを回している。


(……?)


 正彦は、紫電改の、いつも回しているプロペラの回転音に妙な違和感を感じ、操縦桿を引き、滑走路を走らせる。


 ☠️☠️☠️☠️


 真夏の晴天の空の下、青色には不釣り合いな銀色の細長い金属状のプロペラのついた物体が50機程、高速で航行しているのか、ジグザグに飛んでいる。


 P51ノースアメリカン……


 第二次世界大戦中の傑作機と呼ばれるそいつは、性能面で数段階劣る日本軍機を、蚊を払い落とすかのようにして情け容赦なく屠り続けた。


 そいつに乗っている、顔にそばかすがある、正彦とさほど年齢が変わらない白人種の男性パイロットは、流行のジャズミュージックを口ずさみながら、まるで七面鳥を狩りに出かけるかのようにして日本軍を舐めてかかり操縦桿を握り締めている。


「ヘイ、ジョン! 日本軍機は来るかなあ?」


 隣にいる僚機に、そいつはへらへらと笑いながら尋ねる。


「さあな! 俺らが毎日爆撃してるから、もう飛べる機体は残ってないだろうな! それに、どうせ日本軍機は俺たちよりも性能は下だ! 速度は俺たちの方が上だ!」


「そうかもな! おい、早速見つけたぞ!」


 そいつは、目の前に映る、緑色の米粒を見て機体をバンクさせる。


「こちら、第2小隊のアレン……! 日本軍機を見つけた! 戦闘態勢に入れ!」


 その緑色の米粒は、高速で飛んでいるのか、どんどん大きくなっていき、アレンは思わず二度見をする。


 ☠️☠️☠️☠️


 正彦の目にはP51が映り、自分達が高速なのか、それとも向こうが近づいてきているのか、機体がみるみるうちに近くなっていくのが分かる。


(これは、今までとは違う……!)


 正彦は、新型燃料を満載にした紫電改の性能が今までとは桁違いのものだと感じ、驚きを隠せない表情を浮かべながら、操縦桿を握りしめ、先頭のP51に狙いを定める。


 P51は慌てて機体を横に滑らせて散開するのだが、正彦は奇襲とばかりに弾丸発射ボタンを数秒押す。


 横に逃げたP51に正彦は狙いを定め、操縦桿を操作し、追尾をする。


 電光照準器にはP51の機体が映り、速度を上げているのか、照準器から離れていくのだが、スロットルを絞ると機体に追いついた。


(速い……!)


 新型燃料を満載した紫電改の今の最高速度は750キロ以上出ており、P51の最高速度は700キロ程だが、大人が子供を追いかけるようにスピードが正彦達の目には鈍く映る。


 P51と互角に戦える事が出来たのは、陸軍の五式戦闘機と四式戦闘機疾風だけであったと言われており、紫電改は含まれてはいない。


『6000メートルのライトフィールドで紫電改に勝てる戦闘機はなかった、兎も角戦場ではうるさい存在であった』――


 戦後、紫電改をテストしたパイロットは、紫電改をそう評価した、米軍が使っている燃料でのテスト結果は、かなり優秀だったのである。


(ここだ)


 正彦は、淡々と弾丸発射ボタンを押す。


 20ミリ砲の洗礼を受けたP51は、ジュラルミンの破片と燃料を撒き散らし、大破して空に消えていった。


 ☠️☠️☠️☠️


 正彦は、意気揚々として紫電改を滑走路に着かせる。


 心に滾る戦意に任せ、長時間空戦をしたのか、燃料タンクには燃料が満載の時の3分の1以下しか残っていない。


 タイヤが地面を走り、プロペラが止まるのを見計らい、整備兵達が数名、正彦の元へと歩み寄ってくる。


 その中に、なにか酷い目に遭い気分を害したのか、やけに青ざめて、思いつめたかのようにしてやつれ果てた高橋と、他の整備兵の姿がある。


 正彦は風防を開け、身体を起こして紫電改から降り、タバコに火をつける。


「飛田大尉殿、戦果は……?」


 高橋は、何かに怯えたような表情を浮かべながら、正彦に戦果を聞く。


「こいつは凄いぞ! 10機撃墜だ! あいつら、全く手が出せなかった! 速度が750キロ以上出ていた! この燃料は増産はできないのか!? これが大量にあれば日本は勝てる!」


「いえ……これは、量産はしてはならないのです、決して……!」


「何故だ!? こんな素晴らしいものが! ……なぁ、この燃料の中身は何なのだ?」


「それは……」


 高橋は正彦の問いかけに、言いたくないのか言葉を濁している。


「私が説明しよう」


 正彦の後ろからは、醍醐の声が聞こえ、正彦は後ろを振り返る。


 そこには、上機嫌の表情を浮かべた醍醐がいる。


「これには、勤労動員の婦人や乙女の血が入っている」


「……え?」


「松音重油に、勤労動員の婦人達の血を混ぜる、これにより、オクタン価は200近くまで上がる。貴様の妻の晴美は、他の者達と共に自分の身体を実験に捧げた。その遺体は特別に保管してあるから、後で取りに来い……」


 醍醐は、がはは、と笑い声を上げて、司令部へと足を進めていく。


(晴美が、実験材料に……?)


 正彦は醍醐が言った事が理解できていないのか、呆気にとられた顔で暫く立ち尽くした。








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