第三章:血弾

第15話 紫電改

  正彦が昴基地に来てから、二ヶ月が経とうとしていた。


 その間、米軍の攻撃は苛烈を極めており、50機いた零戦と紫電と雷電は半数以上まで激減した。


 それには理由がある。


 零戦は開戦当初は最先端の戦闘機で敵はいなかったのだが、オクタン諸島ほぼ完全な機体が米軍側が鹵獲してしまい、徹底的な分析で弱点が知れ渡り対策を練られてしまい、七面鳥とまで言われる始末である。


 雷電は初めは迎撃戦闘機として造られたのだが、運動性や視界の悪さ、離着陸の難しさで航空兵から敬遠された。


 爆撃機用をコンセプトとして作られているのにもかかわらず、B29の飛行する高高度までは飛ぶのが困難を極めており、護衛のD51やP51が飛来するようになってからは被害が増大した。


 ならば、紫電はどうかというと、これも視界と運動性が零戦よりも悪く、速度もあまり出なかった為に米軍機の餌食となってしまっていた。


 この頃になると、時速700キロ台のP51が出てきており、零戦達では敵わず、出撃をしても撃ち落とされていくだけである。


 だがそんなおり、紫電の新型が昴基地に届いた。


 ☠️


 正彦は、紫電の新型、紫電改を見て溜息をつく。


 他の隊員も同様にして、紫電改に期待の視線を送っている。


(何て素晴らしく綺麗な機体なんだ……ひょっとしたら、P51やF6F達と戦えるのではないか?)


「飛田」


 紫電改のフォルムに見とれている正彦達の後ろから、醍醐が声を掛ける。


「これは紫電21型、通称紫電改だ、中翼を低翼に改造したものだ。エンジンは紫電と変わらずに誉エンジンを使っている、それと、新型の空戦フラップがついている。こいつならば、質が良い燃料があれば陸軍の疾風と同じようにP51と互角に戦えるだろう……貴様には今日から、こいつに乗って米軍と戦ってもらう、慣熟訓練をしろ……」


 醍醐は書物を正彦達に手渡す。


「司令官殿、これは?」


「紫電改の操作書だ、これをよく頭に叩き込んでおけ……」


「はっ」


 醍醐はそう言うと、踵を返して立ち去っていった。


「高橋」


 紫電改の整備をしている高橋達に、正彦は声を掛ける。


「これから、紫電改の訓練を行う、整備を整えておけ」


「はっ」


 高橋はそう言うと、紫電改に乗り込み、エンジンをかける。


 ☠️


 高度5000メートルに、正彦の乗る紫電改は悠々と飛んでいる。


(これが紫電改か、視界は良好だが……空戦フラップの様子はどうなのだろうか?)


 正彦は試しに、旋回運動を行う。


「うん!?」


 零戦とまではいかないのだが、良好な機動性が正彦には確認できる。


「次は、最高速度だ……」


 正彦は機首を水平に保ち、スロットルを絞る。


 580キロを過ぎたあたりで、エンジンの息が付いてきて、スロットルを緩める。


「うーむ、これは問題だぞ、今の米軍の最高速度は700キロが当たり前だ、これではP51に勝つのは難しいのかもしれない……」


 正彦は複雑な表情を浮かべて、溜息をつく。


 曳光弾の光が紫電改をかすめて、正彦は思わず後ろを振り返る。


 裸眼視力2.5以上の目には、3機のF6Fが映る。


「クソッタレ!」


 正彦は機体をずらして、スロットルを絞り、旋回をして一機のF6Fに狙いを定める。


 F6Fは旋回をするのだが、正彦に後ろをつかれる。


「ここだ」


 正彦は弾丸発射ボタンを淡々と押す。


 そのF6Fは20ミリ機銃に機体を貫かれ、爆発四散した。


 ☠️


「ヘイなんだこの機体は!?」


「新型の機体なのか!? ジョーンがやられた!」


「落ち着け! きっとこいつは零戦か何かだ! 我々よりも性能は下だ! 撃ち落とすぞ!」


 二機のF6Fは、正彦の操縦する紫電改へと攻撃に向かう。


 正彦は旋回運動を続けながら、彼等に向かう。


「俺が落とす!」


 正彦と年は同じぐらいなのか、血気盛んな年齢のその米軍パイロットはスロットルを絞り、上空から正彦に攻撃を仕掛ける。


 13ミリ機銃の攻撃を受けた正彦の操縦する機体は主翼から火が出ており、高度が落ちていくのが彼等の眼に映る。


「やったか!?」


 だがその火はすぐに消えていくのが彼等には見える。


「な!? なんだ、火が消えたぞ!?」


「自動消火装置付きの新型だ!」


「だが、俺たちの方が性能は上だ!」


 そのパイロットは、あくまでも自分が有利だという傲慢な考えで単機、正彦にもう一撃を仕掛けようとする。


 正彦の乗る紫電改は高度を上げながら、彼の乗るF6Fに攻撃を仕掛ける。


 F6Fは旋回運動を続けながら回避し続けるのだが、正彦の技量が上なのか、空戦フラップが効いているのか、直ぐに背後につかれ、被弾する。


 20ミリ機銃4門の威力は凄まじく、F6Fの主翼を抉り、自動消火装置が作動し脱出する間も無く、そいつは火を吹いて落ちて行った。


「トニオ! この野郎!」


 トニオという撃墜された兵士と最後に残ったパイロットとは昔からの知り合いなのか、出征前にお互いの彼女と共にピクニックに出かけた思い出が頭をよぎり、十字を切り、正彦を睨みつける。


「仇を討つからな!」


 そいつは、正彦に機首を向ける。


(落ち着け、こいつの自動消火装置はもう無くなっている筈だ。どうせ、日本軍機の装甲板などは脆いんだ、木を使っているとかだろう、真正面から撃ち合う……!)


 正彦もそいつが反航戦を挑んでいるのに気がついたのか、機首を向ける。


「勝負だ、このイエローモンキー!」


 13ミリ機銃のスイッチを入れながら、正彦へとそいつは向かう。


 ☠️


「うおおおお!」


 正彦は操縦桿をずらしながら、真正面にいるF6Fに向けて弾丸発射ボタンを押す。


 機体には、何かの炸裂音が聞こえる。


 曳光弾が風防に当たるが、防弾ガラスにヒビが入っただけで、正彦には被害はなく、淡々と目の前をジグザグに飛ぶF6Fに攻撃を仕掛け続ける。


 F6Fのエンジンに弾丸が当たったのか、そいつは火を吹いて落ちていったのを見て正彦は安堵の表情を浮かべる。


「ワレ被弾ス、昴基地6000メートル上空……」


(こいつは、零戦や紫電とは比べ物にならない機体だ、一機で3機のF6Fを撃ち落とした。だがそれよりも問題は、P51だ……)


 正彦は被弾した跡から火が出ていないのを知り安堵して、昴基地への帰路をとる。

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