第16話 疑惑

 正彦が昴基地に無事に帰還し、被弾した紫電改の機体を見ると風防ガラスに2.3発被弾した跡があり、そのうち一つは正面だが、ヒビが入っただけで貫通はしてはいない。


(これが最先端の防弾技術なのか……)


 主翼には被弾した箇所が10個ほどあるのだが、どれも火が出てはおらず装甲板と自動消火装置により大事には至ってはいない。


「飛田大尉殿! お怪我はありませんか!?」


 高橋や畑中達整備兵が熟練整備兵に混じり、工具を持ちながら正彦の元へと心配しながら駆け寄ってくる。


「大丈夫だ、この通りピンピンしている」


「醍醐指令がお呼びです」


「あぁ、分かった、今から行く」


 正彦は、ふと、胸のポケットに入っている晴美の写真を見やる。


 晴美の顔を見る度に、正彦は得体の知れない不安に襲われる。


(何だ、この不安な胸騒ぎは……何もなければ良いのだが……)


 正彦は紫電改を見ながら、たった一機で3機ものF6Fを撃ち落とした性能を素晴らしいと思いながら、司令部へと足を進める。


 ☠️☠️☠️


 兵士一人の命を、将棋の駒のように軽く扱い、自分はのうのうと安全な場所に行き、餓死する国民が出てきているのにも関わらず、闇流れの食品を食べては醜く太っている醍醐に、胸の奥に浮かび上がってくる、上官なのだが人として尊敬していいのか、こいつは人の命を何だと思っているのだという複雑な感情を正彦は吐き出そうとはせずに、醍醐の前に立ち敬礼をする。


「飛田、戦果はどうだったか?」


「はっ。F6F3機撃墜です。これならば、F6Fは敵ではありません」


 正彦は、先程撃ち落としたF6Fの事を、意気揚々と話す。


 その戦果を醍醐はため息をつき、タバコを地面に投げ捨てて口を開く。


「確かにこいつではF6Fは敵ではないのだろうが、問題はP51だ、あれを倒さなければならない。……貴様に出撃を命ずる、工場地帯を爆撃するB29の群れがいるとの連絡が入った。雷電4機と紫電改5機で出撃しろ、貴様は雷電の護衛だ。……P51を撃ち落としてこい!」


「はっ……」


 出撃し終えてまた出撃をするので疲弊しているはずなのだが、初めてのP51との空戦あると聞き、パイロットの血が騒ぎ出したのか、正彦の体は熱がこもり、気のせいか、煙が上がっているように醍醐には見える。


「下がっていいぞ……軍医に栄養剤を注射してもらってこい。それと、42部隊が作っている新型燃料がじきに出来上がる。それまで、従来の燃料で頑張るんだ……!」


「はっ、失礼します」


 正彦は敬礼をして、司令部を去っていった。



 滑走路には、紫電改が5機と、もう残りが幾ばくもない雷電が数機並んでおり、高橋達が全力で整備に当たっている。


(これで、米軍機に勝てるのか……? 米軍機の最高速度は650キロを超えるものが殆どだ、我が軍の機体の最高速度は、陸軍の百式司令部偵察機で640キロそこらだ、時速が580キロ程度しか出ない紫電改では一撃を与えるのが精一杯だろう……!)


 正彦は、溜息をつき、配給品のタバコに火をつける。


「実験だが……」


「ん?」


 正彦がいる場所から少し離れた樹の下で、真壁達が何かを話している声が正彦の耳に届く。


「あれは、勤労動員の……でないと……」


「この戦争には……負けた場合には、この燃料が交渉に有利に……」


 油蝉とクマゼミの鳴き声で、その声は途切れ途切れだったのだが、勤労動員、燃料の単語が正彦の耳に入り、正彦は不安な気持ちに襲われる。


(晴美……まさか、勤労動員は、晴美も関係しているのか!? だが、こいつらの部隊は、ここでは極秘だ、詳しくは聞けん。燃料……何が使われているのだ!?)


 正彦は、彼らの話が気になっているのだが、出撃のサイレンがあり、仕方なく滑走路に足を進めた。


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