第17話 宿敵P51

 その日の空は、澄み切っており、曇り空一つ無い晴天であり、正彦は、戦争ではなかったら晴美を乗せてこの空を散歩するように飛びたいなという初期衝動に駆られるのだが、戦争の二文字が、命のやり取りを行う緊迫したリアルに引き戻される。


 正彦達、紫電改と雷電の混成部隊の下の空には民間が広がり、そこから先に行った場所にはここら辺では少し規模が大きく、戦闘機のプロペラを作るという工場地帯がある。


 残り少なくなった雷電には、桜花用のロケットブースターが装備されている、これも、高高度で飛来するB29に一撃を加える為だ。


(雷電には、噴出式ロケットが付いている、これで一万メートル上空にまで飛び上がり攻撃を仕掛ける。……もうじきに飛び立つときだ。……ん!?)


 正彦の裸眼視力2.5には、銀色に反射する米粒状の飛行物体が一キロ先に見えている。


(あれは……写真で見たP51とシルエットが一緒だ! いやがったな!)


『ワレP51発見ス、紫電改部隊は迎撃体制に入れ、雷電部隊は爆撃機への迎撃へと向かえ……!』


 正彦は、つい最近ようやく設備が整った空中無線機で友軍機に指揮を執り指示を出した後、目の前に見えるP51の群れを睨みつける。


 向こうさんは紫電改よりも遥かに高速なのか、みるみるうちにお互いの機体が見え、すかさず正彦は弾丸発射ボタンを押す。


 だがそれよりも早く、弾丸が低進するブローイング13ミリ砲の特性なのか、P51の放つ弾丸の束が正彦達に襲い掛かり、正彦は慌てて機体を横にずらす。


 数分後、瞬く間に互いの機体が入り乱れる混戦、緑と銀色の翼を持つ鳥達に空は覆われる。


「クソッタレ!」


 正彦は自分達よりも高速のP51の一撃を、自動空戦フラップによりひらりとかわして、後ろにつき、電光照準器に映るスマートなフォルムのP51の機体に狙いを定めて弾丸発射ボタンを押す。


 弾丸が当たる寸前で、P51は速度を上げて照準器の外へと消えて行った。


「畜生、速度が違いすぎる! 紫電改の性能では太刀打ちできないぞこれは……!」


 ガンガン、という音が聞こえ、正彦は慌てて後ろを振り返ると、一機のP51が弾丸を放ちながら正彦に近づいてきている。


 ジュラルミン装甲が抉られ、主翼から火が出るのだが、自動消火装置が作動してその火は消えていく。


 正彦は機体を右に左にずらして速度を上げて、雲の谷間に入り込む。


(クソッタレ、零戦や紫電改ではこいつに勝てはしない、のか……?)


 正彦はある種の絶望を感じながら、基地への進路を取っていく。


 ☠️☠️☠️☠️


 正彦が基地に戻り、乗機から降りた後機体を見やると、機体には無数の弾痕があり、よく自分は生きて帰ってこれたなと、死神の誘いに乗るところだったんだなと安堵して、気持ちを落ち着かせようとタバコに火をつける。


「飛田大尉殿、戦果のほどは……?」


 まだあどけなさが残る、予科練から出てきたばかりだという10代の肌艶の正彦の部下は、絶望しきった顔で正彦に戦果を尋ねる。


「……ゼロだ」


「え?」


「撃墜数はゼロだ、こいつではP51には敵わない……!」


 正彦は吐き捨てるように、部下に呟きタバコの煙を喉に入れる。


「飛田大尉殿……」


 真壁達が複雑な表情を浮かべながら、正彦達の方へと足を進める。


「何だ? こいつではもう、P51には勝てないぞ……」


「いえ、勝てるかもしれません。醍醐司令が司令部でお待ちしております」


(俺達兵士が、化け物のP51と戦っている時に、自分はのうのうと安全な場所にいるのか……。栗原や乃木山、芝浦達はどうなったんだろうか? 戦死したのか? 勝てるかもしれない? また、42部隊が作り出した得体の知れない兵器でもあるのか? 人の死体を使うなんざ尋常ではない、だが、勝てればいいのだが、何だこの、訳が分からない胸騒ぎは……。兎も角、司令の元へと行こう……)


 正彦は未帰還なのか、まだ見かけていない自分の同僚や部下の事を気に掛けながら、タバコを地面に投げ捨てて、今までの疲労か、ふらふらと司令部の方へと足を進めていく。


☠️☠️☠️☠️


正彦は、いつもなのだが、司令部のある建物に入る時に、極度のプレッシャーに襲われる。


(どうせ今日も、何故戦果が挙がらないんだとか不満をぶちまけるのだろうな……クソッタレ! 俺達には死線に行かせ、自分はのうのうと安全な場所にいやがる! ……本当にこの戦争は、勝てるのだろうか……? 負ける? いや、負けるわけにはゆかぬ! 晴美が、国民が酷い目にあうのはこれ以上見ることはできない!)


戦争でいつも犠牲になるのは、罪がないといえば語弊があるのかもしれないが、戦闘行為に加担しておらず、人種や国が違うだけで戦争に巻き込まれる非力な国民である。


正彦はいつも、迎撃に行き、焦土と化した市街地を見るたびに胸が鷲掴みにされている気持ちに襲われる。


(せめて、燃料だけでもまともなものがあれば……! 普段我々が使っている燃料は、開戦以前に備蓄していた自動車用の燃料で、オクタン価は低いし戦闘機向きではない、点火プラグもマトモではない……。紫電改の誉発動機の潜在能力を最大限にまで引き出せない……!)


「そこにいるのは誰だ? 飛田か? 入れ……!」


扉の向こうにいる醍醐が正彦の気配に気がついたのか、入れとドア越しに言い、正彦は慌てて部屋に入る。


部屋の中には、芝浦達ベテラン航空兵が雅彦の生還を心から喜んでいる表情を受かべている。


「飛田大尉、戻りました……!」


「戦果は……ふん、ゼロだろうな。他の隊員から聞けばわかる事だ、P51に全く歯が立たないと……」


醍醐は、情けない奴らだ、と言いたげに侮蔑の視線を正彦達に浴びせかける。


「はっ、申し訳ありません、性能が違いすぎて、一撃すら与えられず、追うにも速度が紫電改とは比べ物になりません……!」


正彦は、自分が紫電改に乗り、P51と戦ってみろと言いたい気持ちを抑えながら、新型の兵器がまだあるのではないかと淡い期待を感じている。


「ふん、恥晒しが……だがな、喜べ、42部隊から新型の燃料が届いた。オクタン価200のものだ。明日、米軍の大規模な襲撃があると偵察部隊から聞いた、全機を持ち、この燃料を使い迎撃に当たる。……死んでも撃ち落としてこい、下がっていいぞ……)


醍醐は後ろを向き、壁に掲げられた日の丸の国旗をじっと見つめている。


(これも、人体兵器なんだろうか……一体どんな製法なんだ? だが、勝てればいい、晴美達国民を守る為に、米軍を皆殺しにできればいい、だが、……なんだ、この、胸を締め付けられるような胸騒ぎと、熱病に罹ったような悪寒は……?)


正彦は醍醐のような軍人の風上にも置けない卑怯者と一緒の空間にいるのが嫌なのか、足早に司令部から立ち去っていく。

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