第6話 撃墜
米軍による本土への襲撃はB29の爆撃だけでなく、F6FやF4Uなどの艦載機による襲撃があり、ある日の昼間、正彦は警報を受けて零戦に乗り昴基地を発つ。
僚機には山之内の操縦する零戦怨型と、紫電11型甲がおり、彼等は4000メートル上空で米軍機を迎え撃つことになった。
(艦載機相手には、紫電はもう太刀打ちができない、鈍重すぎる……芝川大尉は零戦はやめろと言ったのだが、俺は零戦がいい、乗り慣れているからな……!)
その芝川は、被弾するとすぐに火が出る零戦を嫌悪しているのか、それとも臆病者なのか、軽快な零戦とは違い装甲板と20ミリ機銃4門が付いている、一応は新型の紫電に載っている。
正彦は零戦52型丙の操縦桿を握りしめて、コクピットの片隅に置かれている晴美とともに写っている写真をちらりと見やる。
(晴美、お前のいる工場は幸い爆撃を受けてはいないのだろうが、仮に爆撃があったら俺は体当たりしてでも米軍を道連れにするからな……!)
正彦の頭によぎるのは、最後に晴美と会った時の思い出。
『御国のために戦って』――
晴美は死の恐怖に軽く怯える正彦に、この時代では至極当たり前な、軍国主義に洗脳された言葉をはっきりと大きな声で言い、背中を後押しした。
『500メートル上空、敵機!』
山之内の声が正彦の耳元に聞こえて、正彦は上空を見やる。
そこには、雲の影に隠れているF4Uが3機程いるのが正彦の視界には飛び込んでくる。
(あいつ、あんな分かりづらいところをすぐに気がつくとは……女にしておくのは勿体無いな。だが何故、この無線は聞こえがいいのだ?他の無線は聞こえが悪いのだが、まるで心に直に聞こえるかのようだ……!)
当時の日本軍の空中無線は粗悪品で、話をしようにも言葉が途切れ途切れになり、雑音が入る始末、軍部が無線の重要性に気がつき、きちんと整備されて聞こえるようになったのは大戦末期である。
山之内の無線はかなり性能がいいのか、まるで隣で話しているかのようにはっきりと、体育会系のお兄さんのように明瞭に聞こえる。
(これも、新型の怨型だからか……? こいつには一体どんな仕組みでできているんだ? まぁ、仮にそれが人体兵器だとしても、米兵に勝てれば問題はない! ……問題は、無いんだ……!)
正彦は、42部隊に疑問を感じながら、山之内と共に敵機に向かう。
『雲の谷間を飛びましょう!』
山之内は彼等に無線で呼びかけて、主翼をバンクさせて先頭を切る。
零戦や紫電の速度は20キロほどしか違わないはずなのだが、怨型は彼等よりも高速なのか、ジグザグに飛び、雲の谷間に入り込んだ。
(女ごときに、仕切られるのか……まぁ、それはいいとして、雲の谷間に入り、敵を落とすとするか!)
現代もそうなのだが、戦時中にももっとはっきりとした男性優位の時代があり、女性の山之内に仕切られるのを複雑な気持ちで正彦は零戦のスロットルを絞る。
雲の谷間に入ると、水蒸気が風防につき、正彦は目を凝らす。
眼下には、綺麗な海と、そして、宿敵F4Uの逆ガルの翼が見える。
「いたぞ!」
正彦はあてにならない無線で僚機に伝え、目の前にいるF4Uに狙いを定める。
F4Uは正彦に気がついたのか、旋回運動をして攻撃を行おうとするのだが、正彦の方が早く、零戦の真骨頂、左捻り込みでF4Uの後ろにつき一撃を喰らわせる。
そのF4Uは、主翼から火を吹いて海面に落ちていくのを見て、正彦は安堵の表情を浮かべる。
☠️
「アランがやられたぞ!」
頰に傷があるその米軍パイロットは、正彦に撃ち落とされたF4Uを見て、顔が恐怖で引きつる。
「落ち着け! 相手はたかがジークとジョージだけだ! 性能は我々よりも劣る!」
僚機からの無線を受けて、そいつは平静さを取り戻し、目の前を飛ぶ零戦怨型を睨みつける。
(俺には、米国で帰りを待つ家族がいるんだ……! こんな時代遅れのポンコツが俺達を落とせるわけがないんだ!)
そいつはすぐに自信を取り戻し、スロットルを絞り、怨型よりも高度を上げる。
(ジークの弱点は、脆弱な装甲と、高度での戦闘だ、我がF4Uは零戦よりも高高度性能は上だ、引き離して、一撃で叩き落としてやる……!)
零戦の弱点は、脆弱な装甲と低馬力エンジンの為に高速が出せず、排気タービンがないために、高高度性能が発揮できない。
(マニュアル通りにやれば、撃ち落とせる。現に俺はそれで30機以上のジークを落としてきたんだ……!)
そのF4Uは、マニュアル通りに高度を上げて怨型を引き離して一撃離脱戦法を行おうとするのだが、怨型は速度は落ちず、ぴったりとくっついてきている。
「な、高度7000メートルでも引き離せない! 何者なんだこいつは!? 新型のジークだ!」
そいつは無線で僚機に伝えて、回避しようと旋回運動を行う。
『貴様を……撃ち落とす……』
女性の声が聞こえ、そいつは後ろを振り返ると、鬼のような形相を浮かべた山之内の顔が近くで見えて、思わず操縦桿から手を離す。
「ひぇぇ!」
ガンガンという炸裂音が機内に響き渡り、主翼から火が出始める。
「新型の
そいつは慌てて機体から脱出しようとするのだが、零戦怨型の7.7ミリ機銃が情け容赦なくそいつの脳髄を貫いた。
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