第9話 呪縛
「痛っ」
正彦は腕に軽い痛みを覚える。
着ているカーキの飛行服の右腕のところから赤い血が流れている。
(被弾した時に、怪我を負ったんだな……)
正彦は、自分が乗ってきた雷電を改めてみると、風防は割れており、ところどころに被弾をした跡が残っている。
(よく爆発しなかったものだな……晴美、君が俺を守ってくれたのか?)
正彦はポケットの中の写真を見やる。
そこには、晴美と祝言を上げた時の写真が写っている。
「飛田中尉殿、早く救護室に……」
高橋は不安そうに正彦にそう伝える。
「あぁ、そうだったな、雷電の整備を頼むぞ……」
正彦は高空病でふらふらとしながら、救護室へと足を進める。
☠☠☠☠
正彦が救護室に向かうと、ベットの上に山之内が寝かされており、身体中に包帯が巻かれており、出血が酷いのか所々に血が滲んでいる。
隣には民間人の真壁達がおり、山之内は深刻な表情を浮かべて彼等と何かを話しているのが正彦の耳に聞こえる。
「……呪いが強すぎるのです、操縦するのには……」
「清められないのか……?」
「……神職に就いているものでなければ……無理か……」
(呪い? 神職? 清め?)
正彦は、戦争には不必要な言葉が出てきているのに疑問を感じながら部屋の中に入る。
「山之内……」
山之内は、第三者に聞かれたくなかったのか、バツの悪い表情を浮かべて正彦を見やる。
「体は平気なのか?」
「……いえ、辛いです」
「山之内、聞きたいことがある、その、呪いだとか清めだとかさっきそこの民間人の方と話しているのが耳に入ったのだが、それは、黒の零戦の事なのか……?」
真壁は、複雑な表情を浮かべて、下を俯く。
「真壁さん、もうこんなご時世ですし、飛田中尉に話しても構いませんか? 極秘とか言っている場合ではありませんよ……」
「だが……しかし、これは、断じて話しては……」
「話しても構わん」
後ろから、醍醐の声が聞こえて、彼等は後ろを振り向く。
そこには、深刻な表情を浮かべる醍醐が立っている。
「……分かりました、では話させていただきます、私達は煉獄部隊、通称42部隊の研究員で、人体を使った兵器の製造を行なっております。先程の黒い零戦は、空襲で戦死した民間人や、戦死した兵士の遺骨や骨肉を使って作ったものです。山之内はテストパイロットですが、神主でして、急遽養成したのです。黒の零戦には呪いがかかっており、神のご加護を受けていない人間は乗って数分で気が狂い死んでしまいます。霊感が強く、除霊経験のある山之内ならば、呪いをものともせずに操縦できるのですが、それでも怨霊の呪いは強すぎて、1日に3時間ほどの飛行しかできません。そうでもしないと、山之内は悪霊に取り憑かれて死んでしまい……」
真壁がそう言い終える前、山之内はどす黒い血をベット一面に大量に吐く。
「山之内!」
正彦は慌てて、山之内の元へと駆け寄る。
「飛田中尉、お願いがあります、私の形見と遺書を、静岡にある私の家に届けてください。醍醐司令、お願いがあります、黒の零戦を廃棄して下さい、あれは、呪いが強すぎるのです、人の霊が行き場をなくしており、このままでは基地の人間全てが怨霊に取り憑かれてしまいます。……これから、除霊の儀式を行いますが宜しいでしょうか? 後生です、お願い致します……!」
醍醐は山之内の命懸けの願いを聞き、少し考えて口を開く。
「分かった、42部隊には別の実験型の戦闘機がある、それを受領しよう、これには呪いはない、人間のある臓器を使って作られたものだ、念の為に除霊師に除霊して貰っている。……黒の零戦を廃棄しよう、あれは最初で最後の戦闘機だ。だがそれをもってしても、P51は墜ちないだろう……!」
醍醐は複雑な表情を浮かべて、咳払いをする。
「あれは陸軍の四式戦しか太刀打ちができない化け物だ……! 除霊の儀式が終わった後に、説明を行う、それと、山之内、貴様は本日をもって除隊だ、黒の零戦が使えない以上、戦闘経験が乏しい貴様では米軍機には太刀打ちができないだろうからな……」
「分かりました……」
山之内は服を吐いた血で黒く染めながらふらふらと立ち上がる。
「これから、黒の零戦のところまで案内のほどをお願い致します……!」
正彦は鬼気迫る山之内の表情を見て、死期が近いのだなと察する、霊感のない正彦でも、山之内の後ろには真っ黒い何かが蠢いているように感じるのだ。
☠☠☠☠
黒の零戦、通称零戦怨型は、ドッグに置かれており、どす黒い液体のようなものが流れ落ちているのだが、整備兵は得体の知れない何かに恐れているのか、誰も整備しようとはしない。
高橋は零戦怨型を顔が恐怖で引きつりながら横目で見て、先程B29を迎撃してきた雷電の整備を行なっている。
「高橋……」
正彦は零戦怨型を見ながら、高橋に尋ねる。
「なぜ貴様は怨型の修理をしないのだ?」
「はっ、それが……」
「それが?」
「触ると、どす黒いものが頭の中に浮かび上がってくるのです……」
「どす黒いもの? どれ、試しに俺が触ってやろう」
正彦は、山之内達が話していた怨霊などの存在を半信半疑で受け止めており、半ば霊など非科学的なものは存在しないだろうと思いながら黒の零戦に手を触れる。
『ぶっ殺す……』
正彦の視界がどす黒く歪み、無数の髑髏が目の前に浮かび上がり、口々に恨み辛みの言葉を投げかける。
『早く俺たちを楽にしてくれ……』
『貴様も道連れだ……』
「うわあああ!?」
正彦は慌てて手を離して、黒の零戦を見やる。
黒の零戦の機体は、まるで人間の体のように血管が浮かび上がり、筋肉のような繊維を身に纏っている。
「分かりましたか、怨型の恐ろしさが……」
山之内はゲホゲホと咳をしながら、正彦の肩を叩く。
「これから除霊の儀式を行います……」
真壁は抱えていた木箱から、一升瓶を取り出す。
「これは?」
「御神酒です、怨型が使い物にならなくなった時に清めて廃棄するためのものです……」
「……」
「祓給え清め給え……」
山之内は念仏のようなものを唱える。
真壁は、怨型に御神酒を掛け始める。
「我、汝の魂を……」
怨型からは、どす黒い煙のようなものが出始めており、周囲の人間達は軽い悲鳴をあげる。
怨型の血管は消えていき、筋肉も消えていく。
黒だった機体の色は灰色になり、真壁は線香の束を取り出して火をつけて、怨型のそばに置く。
山之内はブツブツと念仏を唱え始める。
「敬礼!」
醍醐は周囲に敬礼をするように言い、敬礼をして怨型を見送る。
怨型は灰となり、その場から消え去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます