第13話 KA

 向日葵の花が咲き乱れる場所に、正彦はなぜか1人でいる。


(ここは……確か、あいつが一番好きだった場所だった筈だ……)


 正彦が出征する前、晴美と出かけた場所は一面の花畑で、向日葵が咲き乱れており、正彦は晴美と共に散歩をした。


 真夏の暑い盛り、晴美は戦時中ということもあり、戦前の時のようにお洒落はできない風潮があって白シャツにモンペというシンプルな格好だったが、赤子のような甘い香りがしており、思わず正彦は抱きしめた。


 ーー俺は必ず行きて帰る、仮に戦死してになっても、英霊となり鬼畜米英からお前やその家族を必ず守るからな……


 その時の様子は未だに正彦の脳裏に鮮明に残っている。


 ふと、正彦は空を見上げるのだが、何故か太陽は一つだけでなく、二つか三つ程ある。


(……!? 何故太陽が複数あるんだ? ここは黄泉の国なのか? それとも、夢なのか?)


 正彦は、地球上とは思えない世界に酷く不安を感じ、思わず頰をつねる。


「痛っ……!」


 頰に感じるはっきりとした痛みで、これが夢の世界ではなく、現実なのだなと正彦は感じる。


(痛みがあるということは、これが夢ではなく現実世界だという証拠だ、……ここは、いったいどんな世界なのだ?)


 現在のように、科学や地理、天文学が発達していない時代でも、星の瞬きや風の流れ、そして太陽などの常識的な事は正彦は尋常小学校で習っており、自分は別の世界に紛れ込んだのではないのかという不安に襲われる。


『ジャリジャリ……』


 後ろから、砂を踏みつける音が聞こえて、正彦は後ろを振り返る。


「!?」


 そこには、真っ黒い和服を着ている晴美がいる。


「うっ……!?」


 晴美の不気味な格好に、思わず正彦はのけぞってしまう。


「晴美!?」


「正彦さん……久しぶりね」


 正彦は晴美の元へと駆け寄る。


「お前、勤労動員はどうしたんだ?」


「……」


「ここはいったいどんな世界なのだ!? 太陽が複数あるだなんて、尋常ではない!? 戦争はどうなったんだ!? 日本は!?」


「助けて……」


 晴美は小さな声を出す。


「私を助けて……!」


「え!?」


 正彦は晴美の頭を思わず二度見する。


 そこには、大きな穴が空いており、空洞になっている。


「どうしたんだ、この傷は!? 空襲でやられたのか!?」


「……ククク……馬鹿なのね、自分達がしてきたことに気がつかないだなんて……」


 晴美は含み笑いをして、正彦に手を伸ばす。


 その手は、肉がなく、骨だけとなっている。


「うっ、うわぁあ……!?」


 晴美の笑い声が、この空間中にこだましている。


 ☠️


「うわあああ!?」


 正彦は自分の悲鳴で目が覚めた。


 真夏だというのに冷や汗が滴り落ち、寝ている布団は汗でぐっしょりと濡れている。


(あれは、夢だったのか……? 晴美、お前は今何をしているんだ? 生きているのか? それとも本当は死んでいて、夢枕に立ったのか?)


「飛田中尉殿、酷くうなされておりましたが、大丈夫でしょうか……?」


 隣のベッドで寝ていた霧山は、不安な表情で正彦を見やる。


「あぁ、いや、ちょっとした悪夢を見ただけだ……」


「そうですか……もしかしたら、ヒロポンが関係しているのかもしれませんね……」


「ヒロポンが?」


「軍医殿に聞いたのですが、飲みすぎた場合、幻覚が見える事があると……」


「そうか……」


 ヒロポンと聞いて、正彦は思い当たる節がある。


 連日の迎撃で、極度に疲弊した正彦は軍医にヒロポンを打ってくれと頼み、注射して貰った。


(これは、悪魔の薬かも知れないのだが、頼るしかない、いくらタヒ1が性能が素晴らしくても、扱っているのは生身の人間だ、無理矢理栄養を取らないと体が壊れてしまう、だが、そうでもしないと、晴美達国民がB29に皆殺しにされてしまう……!)


 空襲警報が発令し、正彦達はすぐさま立ち上がり、戦闘服に着替える。


 霧山が一枚の写真を見ているのを、正彦は不思議に思い尋ねる。


「それは、貴様のKAか?」


「ええ……先日祝言を挙げたのです」


「そうか、憎きB29を倒しに行くぞ!」


「はっ!」


 正彦は晴美の顔を思い浮かべながら、宿舎を後にした。


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