第21話 慰霊碑

 1945年の8月某日、正彦は新型燃料を満載した紫電改と一式陸攻の側におり、プロペラが回転するのを見て、複雑な気持ちに襲われる。


(この燃料のオクタン価は200以上なのにも関わらず、なぜ護衛がいるんだ……確か実験では、陸攻は500キロ程度しか出なかったが、600キロ以上出ていたはずだ……だが、それはもう関係がない……!)


 正彦は何かを決意したのか、タバコを地面に落として、年季が入った軍靴で吸い殻をもみ消して、醍醐が来るのを待つ。


 待つこと数分、上機嫌の醍醐と42部隊の人間が数名、大きめのバッグを持ち正彦の元へと歩み寄り、正彦は敬礼をする。


「うむ、出撃するのには最高に良い天気だ。ではこれから、燕飛行場へと向かう、護衛を頼むぞ……!」


「はっ……!」


 正彦達は、それぞれの機体に足を進めていく。


「飛田大尉殿……!」


 紫電改に乗り込んだ正彦の元に、昨日よりも更に老け込み、老人にしか見えない高橋が息を切らせてコクピットの方へと近寄ってくる。


「嫌な予感がするのですが、くれぐれも、早まった真似はしないで下さい……!」


「高橋! 俺はそこまで馬鹿ではない! 安心しろ!」


 正彦は風防を閉めて、高橋に主翼から降りろと指示を与え、高橋が降りたことを確認し、操縦桿を握る。


 紫電改は滑走路を走り、徐々に機体が浮かび上がり、完全に滑走路から飛び立った。


 陸攻も遅れて飛び立ち、正彦の後ろを飛んでいる。


 正彦は操縦桿を握りしめて旋回し、陸攻の後ろに付き、弾丸発射ボタンを押す。


(高橋、忠告を守れなくてすまなかったが、俺は軍人である前にひとりの人間だ、晴美と俺とは深く愛し合い、心が一つになっていた。晴美がいない世界で俺は生きたくないんだ……!)


 一式陸攻は、後期型ではゴム式の防弾板は付けられたものの防御能力は殆ど無いに等しく、20ミリ砲を主翼に受けて、翼内インテグラルタンクから火が巻き起こり、瞬く間に火達磨となり、地面に落ちてゆく。


 正彦は、一呼吸をし、基地の方へと進路を取り、司令部が眼下に見えてきたところで急降下をする。


「晴美、お前の元へ今すぐ行くからな……!」


 司令部にいる、上層部の人間達が慌てて逃げていくのが正彦の視界に入り、弾丸発射ボタンを彼らに狙いを定めて押した。


 ☠️☠️☠️☠️


「う……」


 正彦は、まるで熟睡して、体内時計が自動的に動き目が覚めた時と同じ感覚に陥る。


(なんで体が軽いんだ……。いや、ここはどこなんだ!?)


 久方振りの気持ち良い目覚めと共に、目の前に広がる、赤や青や緑、ピンク、オレンジ色など地球上のあらゆる色を混ぜた、見たことがないのだが、不気味なほどに綺麗な花畑の中に、正彦は寝ていたのか、立ち上がって辺りを見回すと、自分と同じように初めてこの場所に来た時のようなリアクションに襲われている人間が数名いる。


(ここは……? 司令部の連中はどうなったのだ? 体当たりをして皆殺しにした筈なのだが……)


 自分のいる世界がどこなのか、無限に広がる花畑を正彦は歩いていると、大きな川に差し掛かる。


 川岸には、花柄の和服を着た、女性らしき髪の長い人間が後ろ向きで座っている。


 女性は正彦の気配を感じたのか、立ち上がり後ろを振り返る。


「な、お前は……晴美!」


 正彦は、目玉を抉られ、血を抜かれて死んだ筈の晴美が、血色の良い顔つきで目の前にいるのに驚きを隠せず、幽霊なのではないかと思わず足元を見やる。


「あなた、ずっと待ってたわ……!」


「晴美……ここはどこなんだ? 花畑があるということは、まさか、あの世、なのか?」


「ええ、そうよ、悪人も善人も関係なく、楽園が待ち構えていて、時期が来たら転生する場所よ……」


「そうか、では、当面お前とは一緒に居られるんだな……!」


 正彦は晴美の体を抱きしめる。


「貴方、お迎えが来たわ。私達はこの三途の川を渡って、あの世の楽園に行くのよ……」


 晴美が指差す方向には、小さな船を漕いでいる、白装束の男がいる。


「行こう、晴美……あの世で、一緒に暮らそう……もうお前を手放さないからな……」


 正彦は晴美の手を握りしめて、渡し人が待つ川岸へと足を進める。


 ☠️☠️☠️☠️


 都内にある、昴飛行場の跡地には、戦時中にここにあった司令部の建物に墜落した戦闘機があったと記録には語られている。


 同じ市内には、戦時中の工場の跡地があり、そこにも慰霊碑が建てられており、作業中に不慮の事故があって死んでいった勤労動員の人間達の魂を沈めるのだという。


乙女の血液を使い、燃料にしたという事はどこの文献にも書いてはおらず、関係者も亡くなり、歴史の闇に葬り去られたのである。


 夏になると、この辺りに小川が無いのに、沢山の蛍が集まって来るという。


 まるで何かにおびき寄せられるかのようにして。


 その慰霊碑には、飛田晴美の名前が刻まれていた。








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血弾ー真打版 @zero52

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