第4話 ババアは僕のベッドで寝てはいけない
暦という名前なのだからババアの狼藉に対しては『人間強度が下がるからもう来ないでくれ』とか言っておいた方がいいのかな?
「暦ちゃん、良い空気だね」
ババアこと仁奈が僕の部屋の窓勝手に全開していた。
外の空気が入ってきて、確かに心地良い。
積もりに積もっていた陰惨な空気が洗われているとも言える。
「……ババア。僕の許可もなく勝手に窓を開けないでくれるかな?」
仁奈の我が物顔での行動が許せない。
「ダメだよ、暦ちゃん。こんなじめっとした空気を吸っていたら、ダメ人間になっちゃうよ。だから空気の入れ換えは必須なんだよ」
「もうダメ人間だから問題ないんじゃない?」
「そんな事を言っちゃダメだよ。ダメ人間っていっても、じめじめっとして、ふにゃふにゃっとして、ポイズンの要素がありそうなキノコみたいな人間の事だよ」
「言っている意味がよく分からないんだけど?」
「キノコ人間じゃなくて、きちんとした人間だから暦ちゃんはダメ人間なんかじゃないんだよ。だから、安心してって意味なの」
「何が言いたいのかやっぱり分からないので、出て行ってくれるかな、ババア」
僕の存在を肯定して、更生でもさせたいのかな?
その手に僕は乗ったりはしないよ。
「う~んとね、出て行くのは、暦ちゃんの方かな? 埃がたまっているから掃除しないといけないし」
「そんな事しなくていいから出て行け、ババア」
「暦ちゃん、パソコンって大事なものだよね?」
仁奈がちらりと机の下に置いてある僕のパソコンを見た。
ババアは僕にとって命の次に大事なものがなんであるのかを知っている。
それを人質に取るぞというのか。
ならば、僕は!
僕は!!
「分かりました。この部屋を仁奈様に掃除していただきたく思います」
素直な良い子になろう。
「暦ちゃんが素直で、お姉さんは嬉しいな」
「……くれぐれもパソコンを壊さないでね」
あのパソコンを壊されたら、僕の上位互換である『漆黒のファルネーゼ』が消滅してしまう。
それは僕自身の喪失に等しく、精神的なダメージは無限大だ。
「最初から触ったりする気はないよ。暦ちゃんの健康のために、ちょっとそれっぽく言ってみただけだよ」
仁奈は舌をぺろりと出して、愛嬌を見せた。
「終わったら、呼んでね。くれぐれも、掃除以外はしないでね、ババア」
僕は仕方なく部屋から出て、下の階にあるリビングルームへと向かう。
不安はないような、あるような。
でも、ここはババアを信じるしかないかな。
僕の機嫌を損なうような事を嬉々としてやるような人でもないし。
リビングルームに行って、リビングの先にあるキッチンに入ると、冷蔵庫を開けて中を見た。
食べ物はそれなりにある。
あるといっても惣菜ばかりだ。
レンジで温めて食べられる、賞味期限が長いものしかない。
手料理だとかその類いのものは一切ない。
僕はそんな惣菜には目もくれず、コーヒー牛乳の一リットルパックを取り出した。
どうせこれを飲むのは僕だけだから直接飲んだ。
「……さて」
リビングに来たがいいが、やることがない。
テレビをつけても見る番組がない。
「果報は寝て待て……かな?」
コーヒー牛乳を冷蔵庫に戻した後、僕は床にごろんと横になって目を閉じた。
カーペットがあるから直に寝ているワケじゃないけれども、床が硬くてちょっとだけ痛い。
けれども、寝るのには慣れているので、すぐに眠れそうだ。
某のび太君みたいに数秒で眠れはしないけど、一分か二分あればもう眠りの海に落ちている。
引きこもりになった僕が得たアビリティは、速眠術だ。
「……あれ?」
しかしながら、眠りが浅いのが玉に瑕だ。
もっとぐっすりと眠っていたいのだけど、そうは問屋が卸さないといった感じで一時間くらいしか眠れていなかった。
どうやら浅い睡眠……なんていったっけ?
よく覚えてないけど、その状態だったようで、眠ったような気があんまりしない。
「まだ終わってない?」
掃除が終わったら、あのババアが起こしていそうなものなんだけど。
「一時間で掃除を終わらせる事ができないとは、ババアもモウロクしたものだな。やれやれだぜ」
リビングを出て、自分の部屋の前まで行き、ドアに耳を近づけて中の様子を窺うも、掃除をしているような音は一切聞こえてこない。
掃除を終えて、帰ったのかな、あのババアは。
リビングで寝ていた僕を起こすのが忍びなくて、何も言わずに帰ったのかな。
なんという殊勝な心がけなんだろう。
僕を起こさないで帰るとは成長したものだ。
「……さて、ログインして漆黒のファルネーゼになるか」
そう呟きながら、僕はドアを開けて中に入ろうとしたのだけど、
「……おい」
部屋の中にとある一角を見て、僕は自分の部屋だというのに中に入ることを躊躇ってしまった。
「すぴぃ……」
仁奈が僕のベッドで眠っていたのだ。
ただ横になっているだけだったら、どれほど救いがあったろうか。
「すぅ……すぅ……」
僕の枕に横顔を埋めていて、しかも、よだれまでだらしなく垂らしていた。
僕の枕を唾液で穢すとはなんという罰当たりだろうか。
「しかも、無防備だし……」
寝相が悪いからなのか、それとも、だらしない格好でベッドに倒れてそのまま寝てしまったのか、制服のスカートがめくれていて、例の生活感溢れるパンツが丸見えになっていた。
それだけならまだ良かったろう。
その下着がお尻の肉に抗いきれなかったからなんだろうけど、めくれてしまっていて、お尻が半分くらい見えてしまっている。
美尻とでも言うのかな?
すべすべとしていそうで、それでいて、肉付きが良くて、掴んでしまいたくなる肉感だ。
「何故ババアは僕のベッドで寝ている?」
その疑問を解消する前に、とりあえず仁奈の尻をじっくりと観賞した。
この尻は芸術品に違いない。
ババアの尻とは言え、芸術品だと僕が認定したので食い入るように観賞する。
美術品は愛でるものというが、その通りの事を僕はした。
エロゲーならば、この姿をスマホか何で撮影をして、強請のネタにする事だろう。
だが、僕は違う。
何よりも対象がババアなので、写真に撮影する必要性を感じないのだ。
撮影した画像を誰かに発見されて、盗撮したと思われたりしたりして、僕が犯罪者扱いされる事を回避したいからじゃないぞ?
「……さて」
芸術鑑賞の時間は終わりだ。
ババアを起こして、掃除が終わったのかどうか尋ねないと。
「起きろ、ババア」
僕は仁奈の傍まで行き、そう声をかけた。
「……ん?」
僕の声で起きたようで、ババアは薄目を開けて、僕をぼんやりと見やる。
「なんで僕のベッドで寝ているんだ、ババアは」
僕がそう問いかけると、仁奈はほんわかと微笑んで、
「……暦ちゃん。こっちに来ないと。桜が綺麗だよ……」
どうやら寝ぼけているようで、僕の手を取り、ぐいっと引っ張り寄せようとする。
「それは夢だ!! 桜なんてこの部屋にはないぞ!」
そんなのを想定していなかった僕は抗いきれずにそのままベッドへとダイブした。
ベッドには当然仁奈がいたワケで、なんていうか僕はものの見事に抱き寄せられてしまった。
「ふごっ?!」
しかも、僕の視界は即座に真っ暗になってしまった。
妙に柔らかいものに顔が挟まれてしまっていて、動かす事もままらない。
それだけではなく、抱きしめられているせいか、身じろぎすることもできず、寝ぼけている仁奈にされるがままとなるしかなかった。
「……ッ!!」
僕の顔は谷の底にあるかのようだった。
二つの山に挟まれているかのように、むぎゅっとした何かに僕の顔が押しやられている。
「……」
微かな汗の匂いに混じって、気持ちがほぐされていくような甘ったるい匂いがあって、嗅いでいるだけで全身から力が抜けていく。
良い匂いだ。
この匂いに包まれているだけで、瞼が重くなっていく。
しかも、力が自然と抜けていき、まどろみに身体が支配されていくのが分かる。
ババアのくせに良い匂いさせて……。
こんなの反則だよ……。
……もうダメだ。
身体が動かない。
ババアのくせに……ババアのくせに……。
僕こと漆黒のファルネーゼともあろう者が、ババアからする良い匂いにやられるとは……。
四天王の面汚しじゃないか、これは……。
ああ、ダメだ……。
ババアこと多久仁奈の身体から漂うフルーティーと表現すべき香気にすっかりやられてしまい、睡魔の捕虜になってしまった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます