第13話 ババアは僕の水着を買ってこなくてもいい




「……ちょっと話が戻るんだけど、預かった通帳にはいくら入っていたの?」


 ベッドから抜け出して、話しながら部屋の中まで入ってきた仁奈に問いかけた。


 衣服の事はおいておくとしよう。


 両親ともに天国に召されてしまったのだと考えるしかないとして、今後、僕はどう生きていけばいいのかの指針がその通帳から分かるはずだ。


 下手したら高校にいくお金もなければ、この家を維持するためのお金さえない可能性があるんだし。


「三千万円かな? それと月々十二万円が振り込まれているよ。三千万円は暦ちゃんの学費だって言っていたから安心してね。引きこもりから卒業したくなっても未来は用意されているからね」


 大学までの学費は用意されていると。


 生活費とかは自分で稼げとか言われそうだけど、そうなったら覚悟を決めるしかなさそうだ。


「……分かった。僕は安心して引きこもるよ」


 今のところお金の心配する必要はなさそうだ。


 天国に行ったことにした両親には、その点では感謝したい。


 お金を送金してさえくれれば、僕的にはもうどうでもいい存在にしてしまったし。


「うん、今はそれがいいと思う。心の整理がつくまでは、ゆっくりとひきこもらないとね」


「そこは『家にばかりいないで外に出ないと』とか言うんじゃないの? 引きこもりのままでいいの、僕は?」


「お姉さんは暦ちゃんにそんな事を強要しないよ。自発的に外に出たくなったら出れば良いんだし、そうじゃないと意味がないでしょ? つまり、お姉さんは暦ちゃんの自由意志を尊重しているんだよ。引きこもるのも自由、外に出るのも自由。全ては暦ちゃん次第なんだよ」


「それってただの放任主義じゃなくて?」


「違うかな? 暦ちゃんが人の道を踏み外しそうになったら、お姉さんが全力で止める。例えお姉さんが傷つく事になっても絶対に止める。だから、放任じゃなくて、見守っているってところかな?」


 僕にはいまいち分からない。


 仁奈が何を考えて、僕の所に来ているのかが。


 母性じゃなくて、好きだからっていう理由だけではどこか希薄すぎる。


 恋人になりたいでもどこか弱すぎる。


「……というか、なんで僕にそこまでしてくれるの、ババアは?」


「それは、お姉さんだからだよ」


「……お姉さんだから? それ、意味が分からないんだけど」


「お姉さんにはお姉さんなりの思いがあるって事なんだよ、暦ちゃん。これで、その話はおしまいね」


 ババアは柔和な笑みを浮かべるなり、この話はこれで終わりとばかり投げキッスを放り投げてきた。


「カトンボが」


 僕はババアの投げキッスの射線上からさっと身をかわして回避する。


 僕のファーストキスがこんなババアの投げキッスに奪われてしまったら目も当てられない。


 頬にキスをされたのは事故だとして、今の投げキッスの射線上に僕の唇があったら大惨事になってしまっただろう。


 とはいえ、直接唇と唇と重ねる事になるのであればやぶさかではない。


「暦ちゃんはどうして避けるかな?」


 ババアは眉根を寄せて、残念そうにぼやいた。


「唇と唇を合わせるのであればいいよ。前に条件をつけたババアにはできないだろうけど」


 僕は腰に手をやり、ふっと鼻を鳴らせた。


「できるよ」


「へ?」


「暦ちゃんがお姉さんをデートに連れ出して、それで、雰囲気の良い場所で暦ちゃんがして欲しいって言ったらしてあげてもいい、って言ったけど、今、暦ちゃんにキスをしてもいいんだよ?」


 僕はそう言われて鼻白んで、言葉につまる。


「だから、できるよ」


 僕は気力を振り絞って口を開き、


「……遠慮します」


 ババアのキスは遠慮したいような、したくないような……。


 キスってのを一度でも体験してみたくもある。


 けれども、このババアとはちょっと……。


 何故か拒絶反応がある。


 やっぱり年上すぎるからだろう。


「じゃあ、デートの時だね。暦ちゃんとキスをするのは」


 僕に拒絶されても、そんな僕を受け入れてくれているそんな包容力のある笑顔を見せた。


 なんでこんなに僕には優しいんだろう、このババアは。


 ずっと昔から思っているけど、謎なんだよね。


「できるものならね」


「じゃあ、しちゃう。絶対にしちゃう。でも、お姉さんだけがキスするのはもったいないから、西念さんにもキスしてもらおう。うん、それがいいね!」


「はい?」


 今、ババアが何かおかしな事を口走ったような。


「あ、水着も買ってあるから試着だけはおいてね。またね、暦ちゃん」


 仁奈はパッと顔を輝かせて、僕の部屋から急いで出て行ってしまった。


 僕とババアがキス?


 それと、西念さんと僕がキス?


 どうしてキスをする事になるのかな?


 全く分からない。


 あのババアが何を考えているのかが……。


「……服か」


 いくら考えてみても、どういう経緯でそういう展開になるのか想像できなかったので、ババアが買って来た服と水着とを確認してみることにした。


「何よ、これ!!」


 あのババアが買って来た水着は、男用のビキニだ。


 布の面積があまりなくて、試着してみると、どうしても大事な部分がもっこりとしてしまう。


 しかも、中身がちょっとでも動こうものなら、すぐにポロリしてしまう。


「着られないって! こんなビキニ着られないって!! ポロリしちゃったら僕生きていけないって!!」


 あのババア!!


 僕にこんなものを着て、ぽろりしろっていうの!!


 ひどいじゃないの!!



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