第12話 ババアは僕の財布の紐を握られなくていい



 デートってどうすればいいんだろう?


 西念さんとババアが帰ったあと、僕はベッドに潜り込んで、あれこれ考えていた。


 デートなんてするのは生まれて初めてだ。


 しかも、僕の家でするという。


 母親が男とどこかに行ったことは衝撃だったが、今となってはそんなことは詮無いことだ。


 あんな奴はどこかで勝手に幸せになっていればいい。


 もう忘れることにしよう。


 母親は僕が小さいころにお星さまになってしまったんだ。


 それよりも、今は僕の事が重要で、デートについて、あれこれ考えを巡らせていた。


 デートって何であるのかが全く分からない。


 話に聞いたことはあるし、漫画とかそのあたりの知識はある。


 しかしながら、実際には何をするのか。


 何をどうすればいいのか。


 僕は全くと言っていいほど知らないのだ。


「ここは僕よりも年齢が上の人たちに意見を求めるべきではないのかな?」


 僕一人の頭脳で解決しないのならば、他者を頼るしかないかな?


 僕の友好関係でデートについて訊けば解決するかもしれない。


 急いでオンゲーにログインして、ギルドでデートについて訊ねると、


【ミラクル小川】「でゅふふっ、デートなんてものは、疲れたと言ってホテルに連れ込めば終了でござるよ、でゅふふっ」


【ロンギヌスのトンファー】「デート? とりあえずどっかに行って、女を喜ばした後、合体すれば終わるもんじゃね? 相手もそれを望んでいることが多いしな」


【阿修羅姫トミコ】「デートはね……良い雰囲気にしちゃえば、女って抱かれたがるものよ」


【荒野のスキンヘッド侍】「デートなんてしゃらくさい。今の世の中はセフレだ。どっかで落ち合って、ホテルに行けばOK」


 ……なるほど。


 デートとは過程はどうあれ、最後は男女の営みをするのが常識なようで。


「えええええええええええええええっ!! 難易度高過ぎ!!!」


 僕は即座にログアウトして、ベッドに逃げ込んだ。


 ババアとか、西念さんとそうしないといけないの?


 無理ゲーだ。


 僕にはクリア不可能だ。


 デートなんて僕にはできない。


 できないんだったら逃げればいいんじゃないか?


 そうすれば……。


 って、僕に逃げ場所なんてないじゃないか。


 引きこもっている家から出てしまったら、どこに行けば良いんだろう?


 もう……腹をくくるしかないのか。


 無理だって、僕にはデートなんて……。


「……お悩みのようだね、暦ちゃん」


 どこからともなく、ババアの声が飛んできて、僕は狼狽して周囲をきょろきょろと見回してしまった。


 すると、ドアが開けられていて、そこからババアが僕の様子をじっとうかがっていた。


 心配そうな顔で僕をじっと見つめていた。


 絵面的にはホラー映画っぽいけど、入るには入れなかったからそこ留まっていたという雰囲気だ。


「いつからそこに?」


「暦ちゃんがパソコンに向かって何かぶつくさ言っている時からかな? いつになく真剣な表情をしていたから話しかけづらくって。そして、絶叫していたからお姉さん心配しちゃった」


「……お、おう」


 見られていたのか、大声を出していたところを。


 入りたい。


 穴があったら入りたい。


 このババアには変なところを見られてばかりだ。


「デートに着ていく服がない。暦ちゃんはそう思っていたりしないかな?」


 そうする事が当然といった態度で仁奈が僕の部屋に入ってきて、したり顔でそんな事を言った。


「なんだっていいだろ、服なんて」


「分かっていないなぁ、暦ちゃんは。清潔感がある方がもてるんだよ」


「引きこもりに清潔感もへったくれもないような?」


「ノン、ノン。それじゃダメだよ、暦ちゃん。引きこもりにだって身なりは重要なんだよ。変な格好をしていると近所でも評判になっちゃうし、あのご両親の事もあるし、余計に変人に見られちゃうかもしれないんだよ?」


「……両親に見捨てられている今、世間の目なんてもうどうでもいいんだ。僕は最初から天涯孤独だったんだ」


「暦ちゃんは本当にそれでいいの? ずっと引きこもりでいて、一人で生きていく気なの?」


「それは……」


 あんまり良くはない。


 母親は男についていったし、父親は若い男と駆け落ちをした。


 そして、僕は一人取り残された。


 どう生きていけばいいのかまだよく分かっていない。


 僕には道しるべになるようなものがないわけだし。


「だから、暦ちゃんはお姉さんに甘えなさい」


「なんでそうなる? なんで、ババアに甘えないといけないんだ」


 やはり、このババアの思考回路は理解不能だ。


「お姉さんに甘えれば、辛い事なんてすぐに忘れられると思うんだよ。だから、甘えちゃえ」


 仁奈はにこにこしながら、当然受け入れられるものと思っているのがありありと窺えた。


 しかし、そうは問屋がおろさない。


 僕はこんなババアに甘える気はとんとない。


「それだけは絶対にヤダかな? ババアに甘える趣味はないし、西念さんだったら甘えてもいいんだけどね」


「西念さんは生真面目で純情な女の子だから変な事したり、変な事を教えたりしたらダメだよ、暦ちゃん。それに……」


 仁奈は含みのある笑みを見せながら、身体を前に突き出して、上目遣いで僕を見てくる。


「お姉さんにそんな事を言っていいのかな?」


 笑いをこらえているかのような口元が何故だか妙に癪に障る。


「どういう意味?」


「お姉さんね、君のお母さんに通帳を託されたんだよ。駆け落ちしたお父さんが毎月お金を振り込んでくる通帳をね」


 この事実をどう受け止めますかとばかりに、ババアは我慢仕切れなくなったのか口元をゆるめた。


「は?」


「だから、欲しいものがあったらお姉さんに言ってね。一考して買うかどうかお姉さんが判断するから」


「はいいいいいいいいいいいい??」


 通帳を渡されたのは、僕じゃなくて、このババアなの?!


 僕が信用できなかったからなの?


 それとも、このババアの方が信頼できたって事なの!?


 あの母親、ホントにダメな奴だな。


 僕をこんなふうに扱っているだなんて!!


「それでね、お姉さん、判断したんだ。デートに着ていく服が必要だって。だからね、洋服買っておいたんだよ。廊下においてあるから明日は絶対に着てね」


「いらないって」


「買っちゃったからもう遅いよ。それとね……」


 仁奈はくんくんと鼻を鳴らして、何かの匂いを嗅ぐような素振りを見せるなり、


「お風呂にも入っておいてね。暦ちゃん、ちょっと臭いよ」


「そんな事どうでもいいじゃん」


 確か五日はお風呂に入ってなかったかな?


 一週間は入らないのが普通になっていたりするし、まだ大丈夫だろうから入らないでおこう。


 というか、僕の財布の紐をこのババアが握っているって事なんだよね?


 どうしてこうなったんだろう……。


 僕の生活がこのババアに支配されちゃって事なの?


 そんなの嫌だよ。


 引きこもりの僕には決定権がないって事なの?


 それってどういう事なんだよ……。


 誰か教えてよ……。






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