第18話 ババアは僕の頭を撫でないでいい
「……あれ? 水着?」
さっきババアは裸になるとか言っていなかったっけ?
どうしてそれが水着になんて着替えているんだろう?
あれって、僕の勘違い?
「暦ちゃんは裸の方が良かったのかな? お姉さんとしてはそれだとやっぱり抵抗があったから水着に着替えたんだけど残念だったかな?」
仁奈がすまなそうな顔をして僕を見つめてくる。
着替えた事に対して罪悪感があるのか、それとも、それ以外の僕には分からない感情が生まれているのか。
「そ、それでいいよ。ババアが裸なんかだったら、それはそれで気まずいし……」
こんな狭い空間で、ババアが裸でいたりしたら、それはそれで事故が起こりそうだ。
僕が事故を起こすんじゃなくて、ラッキースケベというようなイベントが発生してしまいそうで怖い。
「……良かった。じゃあ、お風呂に……あ、そっか。お風呂わかしていなかったね」
仁奈が空っぽの風呂釜を見て、苦笑した。
「これでお風呂に入るという行為そのものができないワケだね。だから……」
「じゃ、まずは暦ちゃんの身体を綺麗にしないとね。お風呂を沸かすのは身体を洗いながらでもできるし」
「はい?」
切り替えが早すぎる。
そこはお風呂は僕一人で入ってね、っていう展開じゃないの?
僕の身体を洗わないと気が済まないの?
「暦ちゃんは椅子に腰掛けて。早く早く」
仁奈がお風呂にお湯を入れ始めた後、お風呂場においてある椅子を洗い場の中央に置いて、僕に座るよう促してきた。
「はぁ……」
もしかして、この二人というか、ババアに身体を表せないとここから出られないのかな?
だとしたら、さっさと洗ってもらった方がいいね。
「分かった。大人しくするよ」
僕は観念して置かれた椅子に腰掛けて、仁奈に背中を向ける。
「さ、煮るなり焼くなりして」
もうなるようになれ。
僕の身体を洗いたければ洗えばいい。
「暦ちゃんは良い子、良い子」
「……私はどうしましょうか?」
「フケだらけだし、ベタベタしているし、まずは頭を洗った方がいいからシャワーをお願い。お姉さんが洗ってあげるね」
「は、はい」
仁奈が座っている僕の前に回り込んで、シャワーヘッドを手に取った。
そして、そのまま、僕の背後に立った西念さんにすっと手渡す。
美容室でもないのに、どうして僕は女の子二人に頭を洗ってもらうことになっているんだろう。
ババアは僕に構いたいから分からないでもない。
でも、西念さんは理由が希薄な気がしないでもない。
友達になったばかりの僕にここまでしてくれる義理なんてこれっぽっちもないはずだ。
それなのにどうしてなんだろう?
「シャンプーで洗うから目を閉じててね」
仁奈が膝を折って僕の前で前屈みになる。
目を閉じてと言われても、僕の目の前に小ぶりなスイカを思わせるようなものがぶらさげられたような状態になっていて、雀の涙ほどに気にかかる。
いやいや、男の子としてはどうしても目が向いてしまうものじゃない。
馬の目の前ににんじんがぶらさげられているようなものだし。
「暦ちゃん、目を閉じてって言っているでしょ?」
若干責めるような目で、じっと僕を見つめていた。
「あ、うん……」
仕方なく僕は目を閉じて、身じろぎもしないで待つ事にした。
シャワーから水が放出されている音が耳にはいってきたと思ったら、ほどよい勢いのお湯が頭にかけられ始める。
ほどよく濡れたところで、僕の髪の毛の間にすうっと指が入っていくのが感覚として伝わってきた。
「泡立ちがよくないね」
仁奈の指が僕の髪の毛をかき回す。
優しく、そっと撫でるように。
爪を立てないように気遣う指使い。
強くもなく、弱くもない、滑らかな動きで、僕の髪の毛を風でそよがせるようにして洗っている。
僕に身体を寄せているからなのかな。
仁奈の息づかいや言葉ともに漏れ出てくる息がこそばゆく身体にかかる。
「背中にはあせもができているんですね。ひっかき傷もありますし、痒くなってかいてしまったみたいですね。洗い終わったら、きちんとケアした方がいいかもしれませんね」
西念さんには背中の細部まで見られちゃっている感じか。
それでも幻滅していないのは救いだな。
「西念さんもそう言っているし、暦ちゃん、清潔にしないとダメだよ」
頭を撫でるように髪を撫でているように感じる。
「……いえ、そういうワケではないです。あせもとかが痛々しいなと思って……」
「毎日、お風呂くらいには入らないとダメだよ、暦ちゃん。清潔さも男の子には大事なんだよ。そういう細かい事を放置していたら、大変な病気に繋がる事だってあるんだからね。分かった?」
「……はい」
僕は風でかき消されてしまいそうな声でそう返事をした。
「うん、うん、心がけは大事だからね。毎日できないとしても、気づいた時にはやらないと」
「……はい」
僕はこんな二人に気にかけてもらってもいい存在なのかな?
普通は引きこもりの僕なんかにはこんな事をしてくれるはずもない。
同情心だとか、母性愛だとか、そんな可能性があったけど、そうでもないような気がする。
なら、理由は何なんだろう?
「西念さん、シャワーで流してあげてね」
「お湯かけますよ。暦さん、我慢してください」
一声かけてから、西念さんが頭上からシャワーを浴びせてくる。
シャンプーのほのかな甘い香りがお湯と共に下へと降りてきて、嗅覚をくすぐっていき、そこはかとなく気持ちいい。
こうやって誰かに世話をしてもらうのも悪くはないものだね。
今度からは誰かにやってもらうんじゃなくて、自分でやらないとね。
こうして裸にされて、してもらうっていうのはどうかと思うし。
「人の頭にシャワーをかけるって案外難しいんですね」
西念さんなのか、僕の髪の毛に手を添えて、泡を洗い流すように髪をわさわさとかいていく。
ババアとは違って、恐る恐るといった調子だ。
けれども、それが改善としていて、心が落ち着いてくる。
「……はい。終わりました。もう目を開けても大丈夫ですよ」
西念さんの声を背中に受けて、僕は目をそっと開けた。
僕は自分の手で顔についたままになっている水を拭き取り、
「……ありがとう」
と、自然に感謝の気持ちを言葉に表していた。
「うん、うん、素直、素直」
目の前にいるババアが僕の顔をのぞき込みつつ手を伸ばして、頭を撫でてくる。
「調子に乗るな、ババア。僕の頭を撫でるな」
「頭の汚れと何かが落ちた雰囲気がありますよ、暦さん」
「え?」
西念さんが言う『何か』って何だろう?
そんな疑問を解消しようとしていた時に、
「次は身体を洗わないとね。西念さんは背中をお願い。お姉さんは前を洗うから」
ババアがギョッとすることを口にした。
二人して本当に僕の身体を洗うの?!
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