第8話 ババアは勝手に僕を独占しようとしてはいけない
「絶対にストーカーだよ。暦ちゃんの家の前をうろうろしていて、家の様子をじっと窺っていたりしたから絶対だって! お姉さんには分かるんだ!」
仁奈は興奮気味にそう早口でまくし立てた。
そして、連れてきた人を僕の前へと突き出してこようとする。
「……や、やぁ……」
僕はその人と目があったので、気まずさを感じながらも、ぎこちない笑顔を慌てて取り繕って、片手を上げて親愛の情をそれとなく示した。
「こ、こんにちは」
相手の女の子も目を右往左往させた後、一度俯いて、さっと顔を上げるもまた俯いて、また上げてを何度か繰り返してようやく決意したかのように、気まずそうに挨拶を返してくる。
「……あれ? 知り合い?」
僕達の様子がおかしいを察して、ババアが早とちりに気づいたようだった。
僕はババアに苦笑を向けて、軽く肯定する。
女の子の服装が僕の通っている……と言っても不登校なので正確には通ってはいないけれども、その学校の制服なのだから分かりそうなものだ。
おさげ、と言われる髪型をしていて、古風というか、流行廃りとちょっと距離を置いている感じがする。
そばかすも特徴的だったりするし、どこか和風な雰囲気がする子だ。
けれども……。
この女の子の名前はよくは覚えていない。
昨日、仁奈に名前を呼ばれて、『あの子はクラスの中で疎まれているだけの味噌っかすだった僕にさえ声をかけてくれる天使のような子だった』と唐突に思い出した人だ。
僕の事なんてすっかり忘れているんだろうな、と思っていたのだけど、そうではなさそうだ。
「でも、三十分くらい暦ちゃんの家の前でうろうろしていたんだよ? 挙動が不審だったからストーカーかと思ったんだよ。泥棒じゃなさそうだったし」
「三十分って……」
僕の家の前でそれだけの時間うろちょろされていたら、さすがのババアも不審に思う。
僕もそんな人がいたら不審に思う。
だけど、そんな不審人物を家に上げるかな、普通。
おかしいよね、それって。
「本当なの?」
僕はクラスメイトの女の子に顔を向けて、確かめてみることにした。
「……えっと、は、はい。ほ、本当です……。担任の先生から安否を確かめてこいと言われたので、それで来たんですけど……勇気が出なくて……それで……」
女の子はしどろもどろ、視線を泳がせながら、たどたどしく説明した。
「……担任だと? 先生なんだからお前が安否を確かめに来いって言いたい……かな?」
先生が責任放棄して、クラスメイトに押しつけるとかどういう了見なんだろう。
「……は、はい。家が近いからって理由で……」
「家が近いから言われたの? そんな理由で?」
「……は、はい。小学校を卒業してからこちらに越してきて……それで近くに住んでいますし……」
女の子からおどおどした態度が消え始めていて、通常に近いものになっている気配があった。
ババアに無理矢理連れてこられて、混乱していたに違いない。
そこからようやく回復してきたみたいだね。
「近くってどこに?」
本当についでなのかな?
そうじゃないなら、この子に悪い事をさせちゃったな。
「正確にはお隣ではないんですけど……空き地を挟んだ向こう側です。空き地がなければ、お隣って言ってもいいんですけど……」
女の子はおそらくは自分の家がある方を指さした。
その方角には確かに空き地がある。
そういえば、その先に新築の家ができていたっけ。
その新築の家に住んでいるというのか。
今日、この子に告げられるまで全く知らなかった。
驚きの事実だ。
「ある意味お隣さん……なんだね」
「はい。入学前から何度か見かけていました。空き地で昼寝している猫に『カンパネルラ、銀河鉄道はどこから出発しているんだろうな』とか言っていて、楽しい人だと思っていました」
「ははっ……はぁ……」
乾いた笑いしか出なかった。
近所の猫と銀河鉄道の夜ごっこをしていたのを目撃されていたようだ。
しかし、その話で分かった事がある。
この子は僕の事を事前に知っていたからクラスではどこかフレンドリーだったんだ、と。
楽しい人だと思われていたのか。
それは良いことだ。
僕の家庭環境がおかしくなっているのを知りながらも、手の平返しをしていなかったみたいだし。
「……お友達?」
話に入ってきても大丈夫だと判断したのか、仁奈がちょっとひきつった笑顔をしながらそう言ってきた。
僕とこの子が話しているのをよく思っていないのかな。
もしや嫉妬かな?
ふっ、ババアのくせに嫉妬か。
「僕は人間強度が下がるから友達を作らないから違うかな」
反射的にそう口にしてしまって、ハッとなった。
オンゲーの中でよく口にしている台詞を言ってしまったのだ。
しかも、某物語の主人公が言っていた台詞そのものに近い事を。
さすがに、この子にひかれちゃったりしないかな……。
「……えっと、確かお名前は御木本暦さんですよね? 暦繋がりですか? 私、好きなんですよ、あの物語が」
女の子がパッと目を輝かせた。
どうやら興味がある以上の作品のようだ。
「僕は知っているという程度かな」
僕は名前が同じという事でからかわれたり、ネタにしたりしているので記憶している程度だ。
一応は全話見てはいるけど。
「……そうなんですか。私は大好きなんですよ」
こういう事を口にするのはちょっと恥ずかしかったのか、僕を目を反らせて、顔をゆでだこのように真っ赤にさせていた。
この子、ちょっと可愛いかも。
見た目は地味だけど、良い子だね。
「暦ちゃんは」
ババアの声が上から降ってきた。
その声に合わせるようにして、目の前の女の子の視線が上へと向かう。
どんと何かが頭の上に乗っかってきて、僕の頭がぐらついた。
「お姉さんのものだからダメなんだよ」
と、ババアの意味不明な言葉が飛んで来て、僕も目の前の女の子も、
「はい?」
と同時に口にしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます