第21話 ババアは乙女にならなくてもいい
二人は渋々といった様子ではなくて、そそくさとお風呂場から出て行った。
僕のをあれこれ言った事に対して、後ろめたさみたいなものを抱いてしまったからなのかもしれない。
僕は二人が出て行ったのを確認してから事故処理をした。
タオルを丹念に洗い、ぬめりが残っていないかとかちゃんと確かめた。
幸いな事に二人は僕の粗相に気づいていた様子はなかった。
もし気づかれたりしていたら、僕はもう誰も相手にされない存在になっていたかもしれない。
というか、ちょっと触られただけで爆発してしまうだなんて想定外だった。
もしかすると、いや、もしかしなくても、僕は敏感すぎるのかもしれない。
「はぁ……」
お風呂から上がると、すぐに僕の部屋に行き、ババアが買って来た服を着た。
無難なデザインの量販店のものだったが、
「……ありがてぇ……ありがてぇ……」
どこに行っても問題なさそうな服で、ついついそんな感謝の言葉を漏らしてしまった。
その服を着て、僕は自然とリビングルームへと向かった。
自然と足が向かっていた。
「なんだろう、この甘い匂いは? 足が意思を持って動いちゃう……」
二人とのデートを楽しみたいのではなくって、美味しそうなお肉の匂いとデザートの甘い匂いの混在した誘惑に惑わされて、だけど……。
ババアと西念さんが僕を歓待したいと言うのであれば、僕は受け入れる。
胃と共に。
「呼びに行く必要はなかったんだね」
リビングルームの扉を開けると、笑顔のババアが僕を迎え入れてくれた。
二人は水着にエプロンという姿でなんとも挑発的だ。
どうあっても僕をその気にさせないとしか思えない。
だけど、そんな笑顔や格好に欺される僕じゃない。
僕はご飯とデザートを食べにここに来たのだ。
この二人とデートをしにきたワケじゃない。
「お待ちしていました」
西念さんがぺこりと頭を下げた。
「暦ちゃん、お腹がすいていると思ったから先にご飯にすることにしたんだよ。さあ、お食べ! お姉さん達が心を込めて用意したんだよ!!」
ババアが右手を振りかぶった後、テーブルの上をさっと指し示した。
そこには、厚く切られたステーキやら、サラダやら、何かのパイやらが所狭しと並べられている。
僕が着替えたりしている間に全部用意したとは考えられず、もしかしたら、自宅である程度調理していたりしたのかもしれない。
「おお……」
久方振りに心が躍った。
こんな豪勢な料理を目の当たりにしたのはいつ以来だったかな?
両親がまだ狂っていなくて、三人でどこかのホテルで食事をした時だっけか?
あの頃は幸せだったな……。
でも、あの頃はあの頃であって、今はどうなんだろう?
「で、暦ちゃん」
料理に目を奪われていた僕の前にババアが立った。
「ん?」
「ご飯にする? それとも、わ・た・し・た・ち?」
僕の思考がその一言で止まった。
ババアが照れくさそうにしながらも、そんな事を口にする。
西念さんも照れているようで顔が赤いし、僕を正視できていない。
どういう意味なの?
「暦ちゃんはデートだって聞いて、用意したんだよね?」
「何を?」
僕は何一つ用意なんてしていない。
「……もう、暦ちゃんは素直じゃないんだから」
「だから、何を?」
「お姉さんの恋人になったら、これみよがしに置いておく必要なんてないのに……」
ババアが年甲斐もなく、ポッと顔を朱色に染めて、もじもじし始める。
「だから、何の事だっていうの?」
「……だから、これだよ、暦ちゃん……」
仁奈はテーブルの上に置かれていた小さめの箱を愛おしそうな表情をして手に取った。
その箱には『0.0×』とか書いてあって、何が入っているのか僕には検討も付かない。
その箱がどうしたっていうんだろう?
「……暦さんは……その……私達と……そ、そういう展開を期待していたんですか?」
「だから何を?」
西念さんに言われても、僕は全然理解できていない。
「……とぼけてないよね?」
ババアが僕に確認を取るように言う。
「具体的に言ってよ。何の話なの?」
「それは……その……」
ババアが気持ち悪いくらい乙女になっていて、
「……にんぐ」
と、全く聞こえない声でそう呟いた。
「はい? もう一度お願い」
聞こえなかったので、僕は問い返した。
「……んぐ……」
さらに声のボリュームが落ちて、ババアの乙女度が増した。
「だから、聞こえるように言って」
こんなババアは初めて見る。
何があるっていうのかな?
「……コ、コンドーム……で、です。これは暦さんが用意していた……のですか?」
言葉を発する事もできなくなった感じのするババアの代わりに、西念さんが言う。
言葉に恥じらいが含まれていて、ところどころ聞き取りづらかったけど、意味は分かった。
だけど、出て来た単語と僕とがどう結びつくのかが理解に苦しんだ。
「コンドームを……僕が?」
あり得るのかな?
いや、可能性はなくはなくもない。
僕が多重人格ならば……。
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