第2話 ババアに女豹のポーズをとらせてみた




「来るなって言っているだろ、ババア!」


 玄関のドアを開けると、ババアこと多久仁奈が笑顔で僕の事を待っていた。


 そんな多久仁奈に僕は怒声をぶつけた。


「ババアじゃなくて、お姉さんでしょ? いつも言っているでしょ、暦ちゃん」


 年は十七歳。


 僕の家の隣に住んでいる女子高生だ。


 結構胸は大きくて、目のやり場に困るほどな上、お尻も大きかったりして、誰かに言わせると安産型だそうだ。


 そんな豊満な体型をしている上、おっとり系というか、天然が入ったおっとり系という上位種だったりするのだから手に負えない。


 通っている高校はおろか外の世界でも引く手あまたのはずなのに、何故かしら僕に構っている。


 いや、むしろ、かまけている。


 その理由は未だに良くは分かっていないのだけれども。


「うっせえ、ババア」


「暦ちゃんは素直じゃないなぁ」


 仁奈は笑顔を絶やさない。


 毎度の事だけど、拒絶を僕の照れ隠しだと思い込んでいるらしい。


「僕は素直だよ。年が三つの上の女なんて、みんなババアだ。だから、帰れ、ババア」


 僕がドアを閉めようとすると、仁奈は僕を押しのけるようにして玄関に入ってきた。


「暦ちゃんの事、お姉さんはよく分かっているんだよ。だから、素直にならないと」


 母性溢れる笑顔なのかな?


 仁奈はそんな笑顔でニコニコしている。


「僕に構うなって言っているだろ」


 そう言いつつ、僕はいつものように仁奈の胸を両手で鷲づかみする。


 僕の手では収まりきれないほどの大きなおっぱいで、僕をたらしこむための武器だと認識している。


 武器ならば、武器破壊必殺技を使って、武器を無力化しなくてはならない。


「やんっ……」


 仁奈が変な声を出してものだから、僕は思わず手を引っ込めてしまった。


 妙に色っぽい声だった。


「暦ちゃんはやんちゃなんだから。おいたはしちゃダメだぞ」


 若干頬を朱色に染まっているから、揉まれるのは恥ずかしいのかもしれないが、どうしてそこから拒絶してこないんだろう?


 いつもこうやって受け止められてしまう。


 僕はひきこもりで放っておけないからなのかな?


 たぶん、そうじゃない。


 もっと別の理由によるもののはずだで、きっと僕が見当付かない何であるはずだ。


「ババア。何度も言っているよね? 僕を暦ちゃんって呼ぶな。漆黒のファルネーゼと呼べ」


「また変な事を言っているよ。暦ちゃんは暦ちゃんだよ?」


 そういうものでしょ? と言いたげな表情をしている。


「だから僕は漆黒のファルネーゼが本名であって、暦は偽りの名前なんだ」


「それってピコピコの中での話でしょ? だから、暦ちゃんは暦ちゃんだよ」


 仁奈は信じて疑わないような温和な表情で僕を見つめている。


 そんな目で見られても……。


 ちなみに、ピコピコというのは、ゲームの事だ。


 仁奈の家は、任天堂のファミリーコンピューターが未だに現役という懐古主義を通り越して化石主義のようなところだったりする。


 丸ボタンのコントローラーではなく、四角ボタンの奴だから初期型という物持ちの良い家だ。


 しかも、遊べるカセットが『スペランカー』だとか『カラテカ』だとか初見殺しのゲームが多数あり、僕が小学生の頃は仁奈の家に遊びに行くたびにそんなゲームを遊んで、見事にやられたものだ。


 プレイステーション4だとか、スイッチはおろか、ドリームキャストやら、PCエンジンだとかさえ無縁な家なのだ。


 そんな家だから、ゲームの事を家族揃って『ピコピコ』と呼んでいる。


 ようはゲームの事に関しては、ファミコンで時代が停まっている奇特な家族だ。


「ババア、家に帰れよ。とっとと帰れ。というか、山に帰れ」


「山に家はないから帰れないかな?」


 僕の言葉を真に受けてか、苦笑を浮かべた。


「仕方が無いな、じゃあ、妥協案だ。僕の言う事をきいたら、一時間くらいは家にいてもいいぞ。ババアがやれたらだけどな」


 このままここで押し問答をしていてもらちがあかない。


 無理難題をふっかけて追い出しにかかるとしよう。


「何を? 何をやればいいのかな? 暦ちゃんのためなら、お姉さん、なんでもしちゃうよ」


「ほぉ……」


 仁奈は本気でそう思っているのか、真剣な眼差しを僕に向けてきて、お題が何なのかわくわくさえしているようだ。


「女豹のポーズ」


「ん?」


 僕の言葉の意味が分からなくてか、小首を傾げた。


「女豹のポーズをここでしてもらおっかな。そうしたら、一時間は僕の家にいてもいいよ」


「ふふん、お姉さんにできないポーズはないのです」


 仁奈は有り余る胸を張って、鼻を鳴らしそうなほど自信満々で言い切った。


「じゃあ、してみてよ、ババア」


「お姉さんを甘く見ちゃいけないぞ」


 恥ずかしがったり、躊躇ったりする様子を一切見せずに、仁奈はその場で四つん這いになって見せた。


 しかも、上目遣いで僕の事を見てきて……。


 どきり、と心の臓が鳴った……ような気がした。


 こ、こ、こ、こ、これは誘惑している?!


 ぼぼぼぼぼぼぼくが、そそそそそそそそんな誘惑に僕が負けるはずはない。


「どう?」


 媚びるような、それでいて、しめっぽいねっとりとした視線を僕に向けてくる。


 これは『メス』の目だ。


 こんな目で見られたら、僕は……僕は!!


 思わず視線を下にそらすと、おそらくは下着に収まりきれていない胸が重力に従って垂れてしまっているのだろう。


 それが制服を着ても分かるくらいに垂れていた。


 どうしようもなく垂れている。


 これが重力の偉大さか。


 いやいや、ババアの垂れたおっぱいに見惚れてどうする。


 このババアを僕の家から追い出すためにもっと無理難題をふっかけないと。


 ババアが拒絶するくらいの要求だ。


「まだだ、まだ足りないよ」


「う~ん? こうかな?」


 仁奈は右腕を上げて、招き猫のポーズをした。


 そして、猫のようにも見えるし、犬のようにも見えるような、女豹っぽい表情を繕いながら、くいっくいっと何かを招くように仕草をしてみせる。


「……くっ?!」


 なんだ、このポーズは。


 僕の心に何かが突き刺さる。


 も、もしや……また誘惑してきている?!


 もしかして、僕が襲うように仕向けてきて、事件か何かを起こさせようとしているとか?


 手を出したら最後、それをネタに強請る気かもしれない。


「ふっ、そんな手にのると思ったか? この漆黒のファルネーゼ様が」


「またピコピコの話をしている。どう? まだ足りないの?」


 仁奈は上目遣いのまま、不服そうに口をとがらせた。


「……ババア。そこから一回回って、ワンって言ったら認めてやろう」


「暦ちゃん、知っている? ヒョウはワンって鳴かないんだよ? ヒョウはネコ科に近いからガオーだよ? でも、ユキヒョウはニャーって鳴くんだよ、知ってた?」


「でも、僕の中のヒョウはワンって鳴くんだけど、仕方がないから今日は史実モードで、ガオーでいいよ」


「間違いを認めない、暦ちゃん、可愛い」


 小馬鹿にしているワケではなくて、僕の事を心の底から可愛いと思っているのが明かな表情だ。


 どうしてそんな顔を見せられるのかな?


 わからないよ、僕には。


「可愛くないからさっさとやれよ、ババア!」


「一回回って……」


 仁奈は何の躊躇いも見せずに、手と足を器用に動かして、くるっと半回転して、僕にお尻を向けている格好となった。


 仁奈はスカートをはいているから、そのスカートの裾がひらひらと動く上、太ももの動きに合わせて、ちらりとその下に『ある』ものがちょこちょこと顔を覗かせる


「し、白……」


 白い下着が眩しい。


 無防備にも下着を見せてしまう仁奈に驚きを隠せない。


 それとも、この下着は見せても大丈夫な奴なのだろうか。


「え? 女豹の名前はシロなの?」


 お尻を向けたまま、仁奈は回るのを止めて、僕の方を振り返る。


 スカートが微妙にめくれていて、白い下着が綺麗に『こんにちは』をしている。


 下着は白い。


 だからなのか、ちょっとした汚れも目立ってしまう。


 清潔感のある下着というものばかりをパソコンやスマホの画面で見続けていたからなのか、生活感の残っている下着を見て、僕はなんだかドキドキしてしまった。


「……何でもない」


「そうなの?」


 何の疑いもせずに仁奈は回り始める。


 ようやく一周して、


「がおー!」


 招き猫のポーズで最後を締めた。


「……ご、合格だ。僕の家に一時間いてもいい」


 なんで僕の心臓は激しく動き始めているのだろう。


 こんなババアの、なんとなく愛嬌のある表情を見てしまったからなのかな。


 それとも……


「やったー!」


 四つん這いからパッと立ち上がり、万歳とばかりに両手を上に挙げて破顔する。


 表情が相変わらず豊かすぎやしないかい、ババア。


「ちょっ!?」


 そして、万歳したまま、仁奈は僕の部屋の方へと向かっていく。


「ちょ、待てよ! 僕の部屋に入る許可は出してないよ!! また勝手に入らないでよ! ババア!」


 仁奈はどういうワケか僕の部屋に入りたがる。


 そして……




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