第3話 ババアは丸めたティッシュを触ってはいけない



 僕の制止を振り切るかのように、仁奈は階段を駆け上がり、二階にある僕の部屋に入っていった。


「うん、うん、暦ちゃんはやっぱり健全な男の子なんだね」


 僕はすっかり出遅れてしまっていた。


 運動不足がたたってか、急ぎ足のババアを追い越せなかった。


「はぁ……はぁ……」


 ババアに追い越そうとちょっと走っただけで息が上がったとは……。


 どうやら僕は運動不足だったようだ。


 今の言い回しだと、秘蔵のエッチなお姉さんの画像がたくさんのっている本が発見されたのか!?


「暦ちゃんは元気なんだね」


 何か白くて、くしゃくしゃに丸めてある物をいくつか手の平の上に載せて、仁奈は安心しきったという朗らかな笑みを浮かべていた。


「ん?」


 エッチな本かと思ったのだけど、なんだろう、あれは?


「くん……くん……臭いのも健全な証だって話だったから一安心かな?」


 仁奈は丸い物に顔を近づけて鼻を鳴らしてその匂いを嗅いで、安堵しきったのかホッと胸をなで下ろした。


「んん?」


 あんなもの、僕の部屋にあったかな?


 丸めたティッシュみたいな質感だよね、そういえば。


「……」


 ティッシュ?


 しかも、丸まっていて、僕の部屋にあったもの?


 ……あった……かな?


 いや、あるよな……それって……あっ?!


「いやああああああああああああああああああああああああああああ!! 見ないで!! 触れないで!! 匂いを嗅がないで!! いやああああああああああああああああ!!」


 部屋に入ってパッと仁奈に駆け寄って、手の平に乗っかっているゴミをかっ攫うように奪うなり、部屋を出て台所へと行き、そこのゴミ箱に放り込んだ。


 その後は、急いで自分の部屋に戻り、


「僕の部屋のゴミを漁るなよ、ババアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 と、思いっきり怒鳴り散らしてやった。


 僕の部屋のゴミを漁って、あまつさえ事後のティッシュを首検分のようにあらためるなんてどういう了見なんだ。


「え?」


 仁奈はキョトンとした表情をして、僕を見つめている。


 何が悪かったのか全然理解していない様子だ。


「何をしていたのか分かっているのかよ!! 普通そんな事しないぞ!!」


「お姉さんね、うつ病かもしれないって心配していたんだよ」


 ようやく自分のやった事がいけない事だと分かったのか、仁奈はシュンとしてしまった。


「うつ病? 僕が?」


「うつ病で無気力になっているんじゃないかって思ったんだけど、お姉さんの思い過ごしみたいだね。ああいうゴミがあったら、男の子として健全だって聞いてから調べてみたの。ごめんね、暦ちゃん」


 僕を心配しての事だったのか。


 なら、強く言わない方がいいよね?


 でも、誰だ。


 自慰行為のゴミがあれば健全だなんて、このババアに吹き込んだ奴は。


「ねえ、暦ちゃん。あのゴミって何なの? カピカピになっていたんだけど、鼻水とは違うみたいだし」


 仁奈は興味がありますと言いたげな面持ちで僕の目を見つめてくる。


「……ええと……」


 仁奈は高校生なんだし、男女間でのそういった行為をもう済ませている奴らが周りにいてもおかしくはない。


 知識はあるから説明すれば分かってくれるんだろうけれども。


 でも、一人でいたした後のゴミとはさすがには言えない。


 恥ずかしいのもあるが、何よりもこのババアに知られるのが嫌だし、知ったら知ったで、根掘り葉掘り訊いてきそうだし、それになんか説明するのが僕的には無理だ。


「男には秘密があるんだ」


「秘密?」


「……そう、秘密だ。時期が来たら説明するよ……たぶん」


「暦ちゃんとお姉さんの二人だけの秘密だね」


「ああ、そういう事だ。二人だけの秘密だ」


 吹聴されても困るからね。


 こんな事が世間で広まったら、僕の引きこもりが加速しちゃうしね……。


 でも、ババアにきちんと説明したら分かってくれそうではあるよね。


 他の奴だと『汚い!』とか言って腫れ物に触るように扱いそうだけど、このババアなら納得してくれた上、『健全な男の子だからしょうがないよね』とか言いながら受け入れてくれそうだ。


 仁奈が誰かと付き合っていたとかそんな話をこれっぽっちも聞いた事はないし、そういった経験は当然ないんだろうけど、何故かそう思えるんだ。


 隣同士として付き合いが長いからなのかな?


 それとも、仁奈を心のどこかで信頼しているからなのかな?


 それがちょっと分からないけれども……



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