第23話 ババアは検索しなくてもいい
「うん、うん、分かっているよ、暦ちゃん。暦ちゃんの性癖くらい、お姉さんは受け止めてあげる。避妊具は暦ちゃんが自分のために使っていたんだね」
ババアがにっこりと僕に笑いかけてきた。
全然分かってない。
というかどういう誤解をしているワケで?
「私は特に気にしていないです。男の人の生理現象は兄から聞いていますし、無意識のうちにしてしまうこともある事も目の当たりにしています」
西念さんは家庭環境に何らかの闇を抱えているのでは?
のぞき見してみたい気もするけど、関わらない方がいい気もする。
まだ熟知しているワケじゃないし、今はあまり突っ込まないでおこう。
「お姉さんは女だから分からないんだけど、男の子特有の悩みみたいなものがある……っていう認識でいいのかな?」
「うん、そんなところだね」
理解しようとしている。
納得しようとしている。
そんな雰囲気があって、僕はホッと胸をなで下ろした。
「まずはご飯たべよっか。この話を続けていると冷めちゃいそうだし」
多少は得心できたようでババアは気を取り直したようだ。
「そうだね。お腹すいているから楽しみだよ」
どうやらこれでこの話題は終わったみたいだ。
良かった、良かった。
「さて……」
気持ちを入れ替えて、僕は椅子に腰掛けた。
僕はテーブルの上に並んでいる料理をざっと眺めた。
厚めのお肉は、おそらくはサーロインステーキだ。二百グラムはありそうで食べ応えがありそうだ。
彩りが鮮やかなサラダが山盛りになっているお皿があったり、中に何が分からないけど芳醇な香りを漂わせているパイらしきものがあったり、フライドチキンがあったり、金目鯛の煮付けまである。
どこにそんなお金があったんだと思ってみたものの、亡くなった事にした親の金だろうと即座に思い至った。
たまにはこういう豪華な料理はいいかもしれない。
食べに行くなんて事は引きこもりの僕にはできないから、こんな料理を提供してくれたババアと西念さんには感謝したい。
というか、料理だけを作りに来てくれれば喜んで迎え入れるかもしれない、ババアの事は。
「お腹いっぱい食べてね、暦ちゃん!」
さっきの事はもう忘れてしまったかのように微笑む仁奈。
有耶無耶になったし、良かった。
「いただきます!」
僕はさっきまでの事をすっかり忘れるためにも、食事を楽しむことにした。
ステーキを厚めに切って口に放り込んで、かみ切れない! っていうのを楽しんでみたり、金目鯛の目玉付近の身を食べて見たりと、普段はできない事をやってみた。
食材を無駄にするのはいけない事なのでそういった事は一切していない。
普段はできないようなちょっとした非日常的な事をしてみただけだ。
「……う~ん?」
西念さんは僕と同じように食事をしていたけど、ババアは椅子に座ってスマホをずっといじっていて唸っている。
僕はちょっと幻滅したかも。
ババアが食事よりもスマホを優先するような人だった事を知ってしまったからだ。
「お姉さん、ようやく理解できたよ! そういう事だったんだね」
お腹がいっぱいになってもう食べられないとなった頃に、ようやくババアがスマホから顔を上げて、嬉々として言った。
「何が分かったの?」
何の話なんだろう?
「お姉さんって男の子の事はあまり知らなかったんだね。お医者さんに相談してみた事も暦ちゃんの事がもっと知りたいって欲求からだったんだけど、今、検索をしていっぱい知識を仕入れたからわかり合えるようになったかもしれないね」
「だから何が?」
「マスターベーションの事だよ」
「へ?」
【悲報】あの話は終わっていなかった。
今、不穏な単語がババアの口から出て来ませんでしたか?
「暦ちゃんがどうしてするのかっていうのが気になって気になって仕方がなかったら検索していたんだよ」
「……お、おう」
「すればするほど、前立腺ガンが回避できるんだってね」
「……僕はそのためにやっているワケじゃないんだけど」
「射精した刻にセロトニン? っていう幸せホルモンが出て、ストレス解消になるんだってね」
「……そ、そうなんだ……」
知らなかった。
そんなホルモンが出ていたんだ。
「それに、ドーパミンかな? それも分泌されるって書いてあったから鬱にもなりにくくなるって書いてあったよ。だから、暦ちゃんは引きこもりなのに元気なんだね」
「それは違うと思う」
僕はそういう行為をしているから元気なのではない。
漆黒のファルネーゼである自分が存在している別世界があるから、この世界に拘らなくてもいいだけだし。
「だからね、お姉さんは決めたんだ。暦ちゃんがそういう行為をする事を推奨しようって」
「推奨されても困るんだけど」
どこまでこのババアは頭が緩いんだ。
僕みたいな引きこもりに構っている時点でアレだとは思っていたけど、ここまで頭がゆるゆるだとどうしようもないような?
「もしかして、暦ちゃんはマスターベーションをするのがあまり好きじゃないの?」
「ババアは、そうじゃないのは分かっているよね? 僕が棄てた、丸まったティッシュを確認さえしていたんだから」
「あっ……」
ババアが何かに気づいたような声を上げた後、耳までピンク色にして僕から目を反らしただけではなく、顔を逸らしてしまった。
「……あれ、暦ちゃんの精子だったんだ……。お姉さん、匂いまで嗅いじゃって、ごめんね……。お医者さんから何かまでは聞いていなかったから……ごめんね、暦ちゃん。お姉さん、分別が無かったし、配慮が足りなかったね……。暦ちゃんの精子だって気づいていたらあんな事しなかったんだよ。ごめんね、暦ちゃん」
ババアは僕の顔さえもうまともに見られないようで、ずっとうつむいている。
「そんなに精子精子連呼されても困るよ」
とりあえず、明日からはババアの目の届かないところに棄てるようにしよう。
そうすればこの問題は解決するはずだ。
「でもね、暦ちゃん」
ババアがようやく顔を上げるも、顔は真っ赤なままだ。
「お姉さんが恋人になれば、そういう心配をしなくてもいいんだよ? だから、ね? よく考えてね、お姉さんの恋人になることを」
「……お断りします」
僕の恋人になりたかったら、僕と年の差をプラスマイナス三歳にしていきてください。
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