第25話 ババアはよりかからなくていい



 僕と西念さんが食べ終わった頃に、ラストスパートとばかりに仁奈がテーブルに置かれている料理を美味しそうに、しかも、ちゃんと噛みながらも、超速度で食べ尽くした事で食事が終わった。


「食事の後は映画の上映会だよ」


 口の周りをハンカチで拭いた後、待っていましたとばかりにババアが言い出した。


「映画って……面白いの?」


 アニメの映画は見た事があるけど、実写の邦画だとか洋画だとかはあんまり縁が無いので見た事がなかったりする。


「分かってないな、暦ちゃんは。デートに映画は必須なんだよ」


「うん、分かっている。当然分かっている。絶対に分かっていたって」


 そうは言っても、僕は全然分かっていないけど。


 そもそもデートのなんたるか、デートは何かさえ分かっていない僕だから分かっている振りをする必要があるのかもしれない。


 そうしている方が良いって僕が勝手に思っているだけなんだけど。


「おおがたプロジェクタ~!」


 ババアがリビングルームの端っこの方においてあった大きなボストンバッグをうんしょうんしょと引きずってもってくるなり、国民的青猫アニメを真似た口調でプロジェクターを取り出した。


 そんな真似しなくてもいいんじゃないかな?


 大した秘密道具でもないし。


 そもそも秘密道具でもないし。


「プロジェクタスクリーンも用意しています。百インチです。大画面です」


 西念さんもリビングの奥にあったスクリーンを持ち出してきて、設置し始めた。


 僕の家にあったのかな?


 なかったよね、あんなもの。


 ババアの?


 それとも、西念さんの?


 僕が疑問に思っている間に設置が完了したようで、プロジェクタスクリーンに映像が映し出され始めた。


 それは用意していた映画ではなさそうで、あくまでもちゃんと映像が映るかどうか試すための映像のようではあった。


「でも、なんで僕の幼年期を映し出すかな?」


 なんかスクリーンにどう見ても僕、しかも、幼年期の僕の動画が流れていた。


「これって映画じゃないよね?」


 おそらくは小学校低学年の頃の運動会だ。


 僕が百メートル走に出場している場面が映っている。


 スタートした直後に転倒して、なんとか立ち上がり走り出したらまた転倒して、再度立ち上がるもまた転倒して泣きじゃくっている姿が流されていた。


 誰だ、こんな映像を撮ったのは。


 僕は初めて見るんだけど!


「前に暦ちゃんのお父さんが撮影していたのをもらったものだよ。プロジェクターの調子を見るのによかったんで」


 ババアは、えへへと照れたような笑いを見せた。


「そんなの流さないでよ! 肖像権の侵害だ!!」


 こんなのを僕の家以外で流されたりしたらたまったものじゃない。


 僕と気づいた人達が笑いものにするに決まっている。


 たかが百メートル走で何度も転ぶのは僕くらいなものだろう。


 僕は笑いものになるために走っていたのではないし。


「うん、うん。しょーぞーけん、大事だよね? お姉さんしか見ない事にするから安心してね、暦ちゃん」


 分かってなさそうだけど……いいかな?


 このババアに何を言っても無駄な気がするし。


「それじゃ、映画を流すね! 大人の恋愛映画って事で有名な映画なんだよ! お姉さんはまだ見た事ないけど、絶対に面白いはずだよ! 暦ちゃん、そこのソファーに座って」


 ババアは二人がけのソファーを指さした。


「うん」


 僕が右側に腰掛けると、


「違う違う。暦ちゃんは真ん中、真ん中」


「え?」


「お姉さんが右側なんだよ」


 反する暇もなく、僕の押しのけるようにして右側にババアが腰掛けて、


「左側、失礼しますね」


 僕の左側には西念さんが腰掛けた。


 二人がけのソファーに三人だからぎゅうぎゅう詰めだ。


 サンドイッチにされている感が強い。


 まだ二人とも、水着にエプロン姿で、僕に当たる肌面積も多いっていうのに遠慮がないし。


 ババアからは甘ったるい匂いがしているし、西念さんからもババアとは違うバニラっぽい匂いまでしていて、鼻がむずむずしてくるし……。


 その匂いのせいなのか、素肌が僕に触れているからなのか、変なところまでむずむずするし……。


 こんな状態で映画なんて見られるのかな?


 そう思っている間に映画が始まったのだけど、


「……」


 二十分後。


 ババアも、西念さんも可愛い寝息を立てて寝てしまっていて、僕にもたれかかってきている。


 左右から寄りかかられているものだから逃げようがない。


 こんな状態で僕にどうしろと?


 名作だかなんだか知らない本当に面白くない恋愛映画を僕だけが見ている現状はどうしようもない。


 でも、この状況は僕にはとても危険水域過ぎる。


 目と鼻の先……右側にはババアが、左側には西念さんの顔がすぐ傍にある。


 しかも、寝てしまっていて無防備だ。


 前に読んだ漫画でこんなシチュエーションでキスしたりしているのを見た事があったけど、二人の頬ならばキスすることは容易そうだ。


 まあ、しないけど。


 してみたくはあるけど、僕にはできそうもない。


 試しにできるかどうか試してみたいけど、僕はやらない。


 絶対にやらない。


 たぶんやらない。


 おそらくはやらない。


 でも、試すくらいはいいかな?


 ババアくらいならば……。


 前にキスされたお返しとかで……。


 でも、相手がババアだから僕は絶対に絶対に、百パーセントしない!



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